<従者相見2>
 


知らせを聞いた政宗は、当然顔を輝かせた。
「真田幸村が近くにいるのか!」
「……という、報告です。どうなさいますか」
一応形ばかり尋ねてみると、そりゃ決まってんだろうと立ち上がった。
「軍が安全なところに出るまでは、武田軍を足止めしておく必要があるからな」
もっともな判断だったが殿を伊達政宗が勤めるのはどうかと思う。
思うが言わぬ。小十郎は政宗の部下である。
「Let's PARTY!」
そうなると思った、と小十郎は溜息をついた。
こと真田幸村に関しては主の忍耐を欠片も期待していない。

「では、成実様に軍勢を率いていただきましょう」
「Okay. お前はついてくるんだな」
政宗は意気揚々と馬にまたがって言った。
「野暮はなしだぜ、小十郎」
「はい、ご存分に、政宗様」
いつものやり取りを交わした後で馬に乗って、主を追いかけながら小十郎はふっと思う。


そういえば真田幸村には従者がいなかったか。
いたような気もしたし、いなかったような気もした。
否、虎の若子とすら言われている彼に従者がいないわけもない。
では決闘の場に姿を見せていないだけだろうか。そうに違いない。
だとすれば相当の腕前である。ぜひ一度刃を交えてみたいものだ。

つらつらとそんなことを考えながら、小十郎は駆ける。
政宗が止まったのは崖の上で、真下には武田の軍勢があった。
こんなところで止まってどうするのだろうと思っていると、政宗は大きく息を吸って、叫ぶ。

「来てやったぜ、真田幸村ぁ!!」

轟、と政宗の声が響き渡った。
武田軍は足取りを一斉に止める。
それから答えがあった。

「待っていたぞ、伊達政宗ぇえ!!」

待ってたのか。
やれやれと首を振って、小十郎は馬を少し下がらせる。
ここまでこればもう小十郎の役目はしばらくない。
小十郎の仕事とは、ある程度政宗が打ち合い終える頃合を見計らって、双方が傷を負う前に戦いを終わらせることである。
無事に奥州へつれて帰らねば、何人から雷を落とされることか。

「だてまさむねぇええええ!!」
「さなだゆきむらぁあああ!!」
どうやったのか知りたくもないが、崖下から這い上がってきた幸村は、槍を構えて政宗と打ち合っている。
カンッカン! と小気味よくすら響く音に、そろそろ止める頃合か、と身を乗り出した。

「政宗様、軍が危険地域を突破いたしました」
その一言で政宗は幸村と打ち合う大義名分を失う。
「All right」
燃え滾っていた政宗の気が急速に冷えた。
「今日の勝負はこのあたりにしておこうぜ」
「なっ……勝負を半ばで投げ出されるか!」
ちゃきりと政宗は六爪を納める。その態度にこれ以上打ち合う気がないと悟ったはずの幸村は、諦めきれないのか食い下がる。
「し、しかし、次はいつまみえるかわからぬのに……某は、政宗殿と」

「はいはい、いい加減にしましょうね旦那」
ぎゅむ、と幸村の耳が引っつかまれて伸びている。
「何をする佐助!!」
「違うでしょ、まみえて幸運であった、今度は容赦せぬ、とかそれっぽいこと言いなさい」
この場にふさわしくない耳あたりの良い声。
はてこれが真田幸村の従者であろうかと小十郎は視線を向ける。
否、前から向けてはいたはずだった。


嗚呼、やっぱりいる。
南瓜だ。


「ま……政宗殿、次にお会いしたときは某全力でえええええぇえ!!」
「Okay, okay. じゃあな」
ひらひらと手を振る政宗に「政宗どのぉおおお」と咆える幸村。
早く自分だけで奥州に戻りたい、と頭を抱えたくなった小十郎の視線が真横にすべる。

幸村の隣に、南瓜がいた。
南瓜はちゃんと目鼻があったらしい。
割合と凡庸な顔だった。美醜を問われれば醜男にはならないが、美丈夫というものでもない。
第一白い。
いろが抜けてるんじゃないかと思うほど白かった。

顔だけいうなら南瓜ではなく瓜だ。女だったらそこそこ美人だったかもしれない。
もっとも南瓜は男だった。さらに言えば草だった。
くさ。
「行くぜ小十郎」
「はい、政宗様」
主についていきながら、小十郎はもう一度南瓜を見ようかと思った。
思ったがやめた。







視線が自分に向けられた、気がした。
なんだか息が詰まった。

「ま……政宗殿、次にお会いしたときは某全力でえええええぇえ!!」
咆える主を止めようとしたけれど、独眼竜の方がはるかに大人であったので、彼はとっとと去る用意をしていた。いいことだ。
「Okay, okay. じゃあな」
ひらひらを手を振るのも貫禄がある。一国の主はそういうものらしい。

そう思いながら背中を見送る。
あっちは主も節度を知ってるし従者さんも楽なんだろうなあ、とか思っていたら、くるりと従者が身体を動かした。

視線が合った、気がした。
否、そこまで愚鈍ではない。視線は完全に交わしたはずだった。
だが従者の視線が向けられている、気がした。

それは驚くぐらい無遠慮な視線だった。
佐助は忍だ。忍とは本来ヒトではない。
散々人扱いというかオカン扱いしてくる上司共を脇にどけておけば、佐助が人扱いされるのは忍からだけだ。
ヒトではないから視線を向けられることも無い。
いないモノとして扱われることに慣れていたので、じろじろと見られるということなど稀有だ。

不愉快ではなかったのは、その視線が侮蔑も何も含んでいなかったからだと思う。
だがいっそモノでも見るような視線だったら気にせずすんだのに、その視線はそういう類でもなかった。
「佐助?」
幸村に声をかけられて、ようやくとっくに消えた背中を見送っていた自分に気がつく。
「あ、ごめん旦那」
「疲れておるのか?」
「だと思ったらちょっとは俺様の言うこと聞いてね」
うむ、善処する。
真顔で頷いた幸村は、しかしなあと情けなく眉を下げた。

「政宗殿が俺に会いに来ていると聞いて、滾らずにいられようか」
「まぁアレは竜の旦那が悪いけどね!」
あの人は殿を勤めるふりをして幸村と遊びたかっただけである。
「そうか、では」
「今度やったら団子三日抜き」
「佐助ぇえ!?」
悲鳴を上げた幸村に、ちょうどいい御仕置きだよとにっこり笑って、佐助は身軽に崖下へと身を躍らせる。
(サテ、大将に報告に行かないと)
伊達軍がとっくに撤退したなら、のんびり進んでも問題なさそうだ。


 

 


***
というわけで保護者として出会ってみました。
小十郎の思考回路はヘンタイか野菜しかないようです。
戦場で出会う→保護者として出会う→政宗の話→声をかける

次は政宗と小十郎の会話です!
ついでに幸村と佐助の会話もいれないと!!

というかすでに佐助がときめいている気すらする。末期だ。



3へ続く