<従者相見3>
かっぽかっぽと馬を歩かせている政宗の背中に、小十郎は問いかける。
「政宗様……いささか歩みが遅いようですが」
「Ah……いいじゃねぇか」
「一応ここは敵国の領土。早めに抜けておきたいかと」
まじめに進言すると、主は馬上で器用に肩をすくめた。
「武田が追ってくるわけねーだろうが」
「しかし」
「俺たちを深追いするなんて指示を武田信玄が出すわけねぇ」
「真田幸村は」
「これねぇだろ。猿飛はそのへん抜かりないからな」
猿飛? と小十郎は聞いたことの無い名前に首をかしげる。
武田の有能な将の名前程度ならば覚えている自信があったが、猿飛などという姓はいなかった。
「ああ、お前は知らないのか」
笑って政宗は名前を出す。
「猿飛佐助。さっき真田の横に忍がいただろ、あいつの名前だ」
「……さるとび、さすけ」
それが南瓜と結びつくのに少し時間が必要だった。
もちろん南瓜などという名前のわけもなかったのだが、そもそも草に名前があったのだなといまさらながら思った。無いはずも無いのだが。
「忍隊の長で、なかなか優秀らしいぜ」
「よくご存知で」
「真田から聞いた」
「左様で」
南瓜の名前は猿飛佐助と言うようだ。
(猿飛……佐助、か)
あの真田幸村の面倒を見ている(らしい)のだ、相当大変だろうということは理解できた。
「大変でしょうな」
「大変だろうな」
今度会ったら、ねぎらってやるか、と。
保護者連帯感のようなものを感じて、小十郎は落ちてきた前髪を撫で付けた。
馬鹿主も、馬鹿殿も、あの従者の姿も、まだ見えぬ。
従者というか、片倉小十郎のことなのだけど。
(旦那の馬鹿)
わらわらよってくる敵さんに八つ当たりをしながら、佐助はやっぱり勝手に敵陣に突っ込んで行った幸村を追っていた。
(単身で突っ込む馬鹿がいるかっての! 大将も止めろよな!)
とにかく早く合流しないと、という気持ちばっかり空回って広い合戦場で主の姿が見つからない。
そもそも、二つの軍が戦っているところに伊達軍が割り込んでくるのだからたちが悪い。
前回の邂逅のときは、武田軍はどっちにも関与せずに速やかに撤退したというのに。
そう思っている時点で、付け込む隙が無いか調べていたことなんか棚に上げている。
ひらり、と視界の端に赤が映る。
ほうと口から図らずも溜息がこぼれた。
「だん」
な、と言いかけた佐助はやっと幸村を見つけた安堵とか俺様忍だしという余裕もあったのか。
「Hell Dragon!!」
幸村めがけて突っ込んだ政宗の攻撃の余波を浴びて、派手に吹っ飛ばされる。
空中で受身を取るのもお茶の子さいさいのはずだったのだけど、なんだか飛ばされた事実が信じられなくて空で目をぱちくりさせていた。
(あ、いけね、ぶつかる)
地面がぐんぐん近づいてきたあたりで気がついて、どうにか受身を取れるように身体を動かそうとした時だった。
ドンッ
「〜っ、た!」
派手に背中が硬い何かに打ち付けられる。硬いといっても地面ではない。
「おい」
低い声が耳朶をくすぐった。ぞわりと背筋が粟立つ。
それから右肩を何かが押さえていることに気がついた。
ちらりと視線を向ける――拳だ。
反射的に体が動こうとして、指先が背後の障害物に当たった。
これの所為で背中が痛い。
「……っ!」
身体をひねって拳を振りほどく。背後へ向き直れば、憮然とした表情の男がいた。
片倉小十郎だ。
「あ……えっと、えーと」
「下がってろ。ああなったらしばらく止まらん」
「あ、あの、俺様にしゃべりかけてるの?」
「他に誰かいるのか」
真っ直ぐに見つめられて心拍数が上がる。
(落ち着け俺様、一応今は敵じゃない……はずなんだ)
懸命に自分に言い聞かせながら、恐怖だかなんだかで跳ねすぎた心臓をなだめる。
ゆっくり息を吸ったり吐いたりしていたらちょっとは落ち着いてきた。
もっとも、すぐにわけのわからない事項が雪崩のように押し寄せてくる。
(何で? 何で伊達の家老様なんかに話しかけられてるの俺様? あれ、いいのこれ? よくないよね!?)
「ここは俺が見ておく」
顔には一切出さずに混乱していた佐助はまごつく。
「あ、あの」
「……ああ」
佐助のためらいを何だと取ったのか、男は一人で勝手に頷いた。
「俺は片倉小十郎だ」
「あ……」
「猿飛佐助、だな」
「な、なんで……」
そろりそろり、と佐助は後退すると、ある程度の距離をとった瞬間に隠れ身の術で姿を隠す。さらに念のために烏につかまって、すいと合戦場の上を通り過ぎてから森の中に落っこちる。
(な……何だあの人!!)
ぐわんぐわん頭が混乱してきた。頭痛もする。
間近でみたらたいそう怖い顔をしていた。あんなの女子供は例外なく泣くんじゃないか。
(でかかった、し)
背中がぶち当たったのはあの男の体そのものだろう。何であんなに硬いんだ、生き物だろうに。
それから肩をつかんだ拳もあの男なのだろう。
頭痛がひどくなってきて、佐助は木の上でうずくまった。
(うわあ……)
敵国の家老に話しかけられて、触れられた。しかも背後から。
あまつさえ顔と名前を覚えられた。
(最低最悪)
忍としてだめだめな失態に身もだえしながら、佐助はぼんやりと思っていた。
片倉小十郎という男に個体として認識されるのは、
(忍失格だけど、思ったより不愉快じゃない……かも?)
仕事に盛大に支障が出たけども。
(あれ? 何で俺様そんなこと思ってんの? おかしくない? だって敵だし、面倒だし、裏をかかなきゃいけない相手だし……)
あれれ? と首をかしげた佐助がそれを理解するふとしたきっかけが来るのはこの戦が終わってから。
***
これで出会い編消化と言い張る。
せっかくだからべたにドキッ☆にしてみた。
後は佐助の目覚めを書けば完璧。違うか。