<従者相見1>
戦場は赤と黒と茶が交わっている。
時折混じる銀が恐ろしいのではないですか、とかつて言われた覚えがあったが、銀などここでは見えやしない。
人の脂というのは黄色くて、べったりと刃を汚すのだ。
刀を戦場で振るうにはそれなりの技術が必要であったし、よしんば可能であっても基本は槍と決まっている。
引き抜いた槍は黄と赤茶に汚れていた。どれもこれもそうである。
だから銀のひらめきはないのだ。
ほかの色もないのだ。
鎧、帷子、兜。
各々は懸命に豪華絢爛な細工をしようとも、ここで目立つのは不可能に近い。
入り乱れた色はどれもこれも見飽きていた。
だから視界の端に映りこんだ緑に小十郎はわずかに気を取られる。
視界を狭めることなく意識だけ集中させると、緑の色の周りが焦点を結ぶ。
濃い緑の衣服。
黒の手甲。
手に持つのは槍でなく――
(草か)
平素では視界に入らぬ存在である。
だがヒトガタの彼らは時として主の命を脅かす存在でもあるのだ。
「払え」
一言短く命じると、小十郎の周囲に散在していた気配が草へ向かって放たれる。
これでわずらわしいものはなくなるはずである。
主の守りに専念しようかと頭をめぐらせたときだった。
静かに草のコトバが聞こえる。
「片倉様」
「なんだ」
「草の排除に難儀しております」
それだけで草は何も発さなくなる。
草に思想はない、策も感情もない。少なくとも「そういうこと」になっている。
小十郎は一瞬緑の草を見た。
草は濃い緑色だった。それは戦場では少し目立った。
南瓜に似ていると直感的に思った。すぐにそれが草の色のせいだとわかった。
草の服は濃い緑で、それはきっと森の中で木々に溶け込むだろうと思えた。草らしい服だった。
かわりに草の髪は赤かった。炎よりは少し温かみのある濃い橙だった。さぞ目立つだろうと思ったらいっそ笑えてきた。
(南瓜か)
好きな野菜だ。
「こちらが移動する。足止めしろ」
「はい」
ただ無益に散らすのももったいない、とその時の小十郎にとって緑の草はよく熟れた南瓜と同じ認識だった。
(あらら、いっちゃったよ)
遠ざかっていく人影を見送って、佐助は肩をすくめる。
ちまちまと攻撃してくる忍を適当にあしらっていたら、すぐ近くにいたはずの伊達政宗とその側近の片倉小十郎は遠くなってしまっていた。
だからどうというわけでもなく、佐助はのらくらと伊達の忍の相手をしているだけだ。
「ま、今どうこうするってわけじゃないしね」
目を細めて僅かに笑う。
そもそも主に命じられたのは暗殺ではなく諜報だ。
背後からたやすく討てるようであれば討ってしまおうかと思わなくもなかったが、それが特に意味がある行為にも思えなかったのでやめておいた。
もっとも、討とうと思ってもあの側近は佐助の予想よりいい反応をしてくれたのだが。
(うん、俺様を殺そうとしないのは正解)
自慢じゃないがここにわらわらいるどの忍よりも佐助の腕は上だ。全員を倒してさらに彼らに襲い掛かることもできた。
どうして佐助を殺そうとしなかったのかはわからない。殺すまでもないと思われたのか、佐助の腕を見てなかなか強いと思われたのか。
所属を知られているはずもないし、わかったとしても武田は敵対国でしかないだろう。
伊達政宗ならばそんな奇妙なことをしてもそれほどおかしくはなさそうだったが、側近までそうであるはずもない。
……やっぱ気まぐれか。
命の危機を一つ儲けたかなあ、と少しだけ上機嫌のまま、情報を引っさげて主の前に降り立つ。
「帰りましたよ大将、旦那」
ほかに誰もいないことを確かめて発言すると、遅かったではないかと幸村が立ち上がった。
「心配しておったのだぞ」
「そんなもったいない」
へらと笑って軽口を主に返してから、佐助は信玄に向き直る。
「大将の読み通りってとこかな。伊達軍が圧倒的に優勢。ありゃ時間の問題だね」
「そうか。ではこちらも一度退くとしよう」
「何故ですか!?」
声を荒げたのは幸村だった。大きく茶色の瞳を見開いている。
「伊達軍は勢いに乗っているだろう。対して武田は遠征を終えたばかり。今は兵を休ませるのが重要だ」
「……っ」
拳を震わせる幸村は、さぞかし伊達政宗とまみえるのを楽しみにしていたのだろう。
信玄もそれをわかっていたからこその念押しに違いない。
結局、と佐助は思う。
この一直線全力投球な主は、主君の言うことに逆らいはしない。
だからきっと伊達政宗の横を通り過ぎて甲斐に帰ることも否とはしな……
………………いかなあ。
ちょっと心配だなあ。
なんせ旦那ってば、独眼竜の事に関してだけは暴走しちゃうんだもの。
「旦那」
「む、向かっていかぬぞ!」
「……その発言で十分向かって行きたいつってるよ」
むう、とうなった幸村はぼそりとつぶやいた。
こんな機会、滅多にないというに。
(そんなことは言うけどさあ)
俺様仕事増えそう、と佐助は遠い目になる。
まみえたいと思っているのは幸村だけではなく、独眼竜もそうなのだ。
きっと彼から幸村へ向かってくるだろう。
(この仕事も楽じゃないぜ)
あの側近が先に止めてくれるといいのだけど、あんまり期待できないかなあとつぶやいた。
***
こんな流れで。
戦場で出会う→保護者として出会う→政宗の話→声をかける
次は保護者の邂逅です。
2へ続く