<勝負!(前)>
旦那が竜の旦那に会いたいと駄々……要望を訴えるのはいつもの事で、かといってしょっちゅう城を空けるわけにもいかないから、実際にこの二人が会えるのは年に両の指で足りる程の回数になる。
ここで武田と奥州の合戦のひとつでもあればもう少し会う機会は増えるんだろうけど、生憎今は同盟中だ。
……同盟を組んでいなければこうやって奥州の城を訪れる事もできないし、第一戦場で会ったところでそれは「会った」内に入らない。
それを思えば今の状況は旦那にとって良くもないけど悪くもないといったところか。
溜息ひとつをキリとして、最後のひとつを包み終える。
今頃部屋で二人きりの時間を過ごしている旦那達への差し入れもといおやつだ。
外は雪がちらついていて、そんな中買いに町に出るのは面倒だったから、台所を借りて自分で作ることにした。
そこでなんで作るっていう選択肢が出るかはもう突っ込まない突っ込まない。
作ったのは大福だ。
量が多いのは、やたらと食べる旦那のため。
「にしては作りすぎたかなぁ?」
まあ、残りは伊達の人達で適当に食べてもらえばいっか。
できたてのそれを口に放り込んで味を確認して、それなりの出来に少し頬を緩める。
一応形の一番整ったものから順番に取り分けて小皿に盛り、佐助は音もなく二人の過ごしている部屋へと続く廊下に乗った。
むき出しの廊下からは庭に落ちる雪がよく見える。
甲斐でも雪は降るけれど、ここほど頻度は多くないし、気温もそれなりに高い。
さすが北端、と感心の息を吐くと、口元の息が白くなった。
その白の濃さが面白くて、子供のようにわざと口で息を吐き続けていると、背後に気配を感じて、佐助は遊ぶのを止めた。
「猿飛」
「や、右目の旦那」
「大福か?」
「旦那と竜の旦那に差し入れ。離れにいるっしょ?」
「……お前、忍じゃなかったか?」
「一応忍が本職ですけどね」
今更でしょ、と苦笑気味に応えれば、それもそうかと強面が少し緩む。
なんとなく歩調を合わせるように歩く。
何も言わないけれど、おそらく政宗に用があるのだろう。
離れへ伸びる最後の廊下に来ても、彼の歩みは変わらなかった。
「右目の旦那は甘いもの好き?」
「いや、人並みだ」
「そかー。ちょっと作りすぎちゃったんだけど、どうしようかと思って」
「あとで他の奴らにやれば数秒とせずに消えるだろ。俺もひとつくらいもらっておくか」
「そーして」
それなりに上手くできたから、と軽い言葉を交わしながら離れにたどり着く。
片手に小皿を持っている佐助よりも先に、両手の開いている小十郎が襖に手をかけた。
「政宗様」
律儀に声をかける小十郎に、中からばたん、と大きな音がする。
ばたばたとなにかを引っくり返すような音に、中でなにかあったのかと顔を引き締めた小十郎が返答を待たずに横に開き。
佐助共々、同じ顔で固まった。
――畳の上で、押し倒すようにして腕をついている幸村と、その下にいる政宗の衣服は室内とはいえかなり乱れ……というか脱げかけていて。
この寒い中どことなく肌は上気していて、なにより下半身が以下略。
「よう」
「佐助こんなとこsdぐぃswghdwどぃおどぃお」
組み伏されたまま飄々と片手をあげて応える政宗とは対照的に、幸村は顔を真っ赤に染めてあわあわと気を動転させている。
「ここここれはケケケけしてははははれんちなまねではなくええとそのこれは」
「なんだ? ハレンチなことしてくれるんじゃねぇのかよ幸村」
「……オジャマシマシター」
乱入者を気にも留めずに幸村の首に手を絡めて引き寄せる政宗に、佐助は深々息を吐いて襖を閉めた。
もう少し動揺してください竜の旦那。
あと旦那はもう少し落ち着いてね。
それから――
「右目の旦那ー固まってないでくださいねー」
「……おう」
「あ、大福」
まぁどうせ食べられる状況じゃないからいっか。
そう呟いてくるりと踵を返す佐助に、小十郎はいっそ感嘆の眼差しを送りたくなった。
大福は適当にばら撒いて、離れの近くだが音は聞こえない程度に遠くの部屋に二人してひっくり返った。
茶を用意する精神的余裕は双方ない。
お互いなんとか衝撃が解けたところで、というか佐助は回復したところで、口を開いてみる。沈黙はいたすぎる。
「……忍ってさあ」
流れが自然なのか不自然なのか、曖昧な境界線で佐助はつなげる。
座り込んだままでぼそりともらした。
「目ぇあけたままで接吻するんだよね」
「……」
小十郎は無言を打ち返す。
いきなりなんだという顔だ。そりゃ先ほどはそういう情景を見たが。
「試してみる?」
くすりと笑った佐助に、小十郎は眉を上げた。
胡坐をかいて座っているままの右目をちらりと横目で見て、なーんてね、と佐助は笑う。
「俺様に言われてもねえ。あ、可愛い女の子になったら考える?」
それとも美人が好み? とおどけ続ける佐助を見て、小十郎は静かに聞いた。
「閉じたことはねぇのか」
「んー、ないねえ」
「下手糞野郎が相手だったんだな、かわいそうに」
「そーでもないと思うけど、忍って基本諜報がお役目じゃない? 敵陣で背後からぐっさりとかシャレにならないから、情事の間も目を開けてるのは必須なわけ」
相手を殺す機会も窺えるしね。
そんなことを話してへらへら笑った佐助に、問いかけが続く。
「主には言ったのか」
「あはは、まさか。あの反応見たでしょ? そんなこと話したら俺様諜報にいけなくなっちゃうよ」
黙った小十郎に、佐助はちゃらけたまま続ける。
横目を向けるのはやめて、完全に身体を彼へと向けた。
「受容がないとか思ったでしょ? そうでもないんだよね、俺様これでも小さいころは」
「……いい」
「あ、そう」
不自然に間が空いた。
二人とも主の護衛以外の仕事は全部終わっているし、寝るのはまだ早いし、というかやりきれないし。
酒を飲もうという気分でもなかった。双方。
「……ぇのか」
「ん? なに?」
耳がいいと自負する佐助にも聞こえないぐらいの声で言われ、思わず聞き返した。
素で聞こえなかった。
「一度も、目を閉じたことはねぇのか」
「うん。ないよ」
自信を持って即答した。
それは佐助の忍としての誇りでもあり、また一人の人間としての哀しみでもある。
目を閉じて没頭できるような行為とは縁がなかった。
「……」
また間が空く。
じっと床を睨む小十郎の姿に、これが最後かもと内心恐る恐る声をかけた。
「右目の旦那なら、俺をそこまで夢中にさせてくれる?」
それは、からかいの延長。懇願の限界。
言葉にできないことを言葉にしようとしたら、こんな言葉にしかならない。
我ながら惨めだと思って、笑顔で自分の叫びを流そうとする。
「なんて――」
「やってみるか」
「……はい?」
思いがけない声が聞こえて、前に座っていた彼の影がぐるりと動いた。
「生憎さほど経験はないが」
間近で声が響く。
「ちょ……え、本気?」
「貴様が本気ならな」
「……ちょ、それズルくない?」
眉をしかめて文句を言うと、佐助の目の前に来ていた小十郎はくつくつと笑った。
アンタ声出して笑うんだと驚けば、当たり前だとけろりと言われる。
「って、冗談ならこの辺にしてね?」
「割合本気だ」
「……本気の割合が聞きたいけど黙っておくよ」
男の大きな手が佐助の顎を掴む。
佐助自身手は大きいほうだと思うけれど、小十郎の手はそもそも厚みが違う。
……さすが戦場以外では農家をする男。
「義理で閉じる必要はない」
「……はいはい、わかってますよ」
諦めて、体を任せる。
宣言どおりというかもはや習性で、目を見開いたまま迫ってくる男の顔を見上げる。
しかし相手も目を開けたままだ、情緒ないんじゃないのとか思っているとすっと目が伏せられた。
もうすぐで近づくというところで、さらり、と。
軽く、一度だけ、唇を彼の指がなでる。
「……!」
ゾクリとした。背筋を雷撃が走ったようだ。
冷たく合わせるものであるはずの唇に、びりびりと神経が全部集まっている。
それに男の唇が重ねられたのだからたまらない。
「っ……っ」
声にならない悲鳴を上げているのに、小十郎は容赦ない。
そのまま歯の間を割って、舌が進入する。
絡めとって、舐めて、探って、愛撫する。
思わぬ事態に身体を引こうとした佐助の思考を読んでいるかのように、小十郎は顎を持ち上げていた手でぐいと後頭部を引き寄せる。
「ん……ぐっ」
くちゃくちゃと粘膜の合わさる音がし続けている。
食われそうになる息を必死で取り戻そうと喘ぐのに、男は解放してくれない。
「は……ぁ、あ」
途切れ途切れにもれる自身の息が甘くなっているのが判って、佐助は身震いする。
それは喜びなのか、それとも。
「忍」
短く呼ばれる。耳元で。
「先に行くぜ」
「……どうぞ」
「意地っ張りが」
耳元で笑われて、旦那もねと返すとそうだなと囁かれる。
ああ、それダメ。それ弱い。
彼が声を出して笑うところなんて初めてみたのに。
近かった顔がゆっくり遠ざかり、佐助の視界が徐々に傾く。
床につけられた頭から頭巾が外され、赤茶の髪がばさりと広がった。
佐助を押し倒す格好になった小十郎は、自分の服の胸元をガッと緩めて見下ろす。
「……うわ」
鋭く光る眼光に、佐助の身体を束縛する力。
「忍」
低い声に、その仕草に。
何より「雄」を感じる。
「いいよ、でもさ」
自由なほうの手を伸ばして、小十郎の頬を撫でた。
「せっかくだから名前で呼んで? 小十郎殿」
「……小十郎だ、佐助」
上と下で見詰め合って。
二人は勝負の開始を理解した。
さあ――
忍に目を瞑らせて?
***
前 半
後半は……いけるかなあ……でもこのままだとAだけだしなあ……
……ファイト俺。
後半へ続く