<勝負!(後)>




頬を撫でた佐助の手が落ちていくのと同時に、小十郎の手が佐助の服をはだける。
忍装束ではなく薄い色の単衣を羽織っていたから、あっさりと胸元があらわになった。
さっくり腰まではだけられた衣を下に敷いて、佐助は上を見上げる、というか自分を剥いだ男を見上げる。

きっちり後ろに髪を撫で付けて、ビシッと戦装束を着こなして。
常に伊達政宗の右後ろに控え、彼の背中を守る忠臣。
戦力としても軍師としても主を支える。
趣味は野菜を作ることで、特にごぼうが好き。
それから。

「集中しろ」
低い声に注意されて、佐助の目が小十郎へと焦点を結ぶ。
怒っているのかなんなのか判らない厳つい顔が降りてきて、鎖骨あたりに唇が触れる。
「っう……」
舐められるのでも吸い付かれるのでもなく。
鋭く歯を立てられて体が跳ねた。

それでも目を閉じることはなく、佐助は目尻に涙を浮かべて天井を見上げる。
薄く血の滲んだ皮膚を舐め、小十郎はわずかに単衣をとどめている帯を引っ張って解いた。
「ちょ」
待ってよという声を聞かず、小十郎は佐助の下半身に手を伸ばす。
ざらりとした手触りに当たって、手を引いた。
「……麻なのか」
「任務がないって踏んだんだよ。俺様木綿の褌は一つしかないの」
「動くと辛くねぇのか」
「あはは……まあ、ご想像にお任せしますヨ」
小さく笑った佐助の褌の結び目も解いて、引っ張った。
はらりと落として、手を戻す。

性急だよと文句を言う佐助に何も返さず、代わりに小十郎は身体をずらし、彼の腹を軽く引っかく。
爪の形が残るか残らないかの跡を引いて、その跡にまた唇を寄せる。
大きく舐めて、ずるずると上の方まで舐め上げる。
「っぁっ……あ、ひゃ」
かすれた声が喉から漏れて、佐助は男の頭をどかそうと半ば無意識に手を動かす。
だがそれが彼の頭にさわる前に、パシリと手首を捕まれた。
「大人しくしやがれ」
間近で囁かれて身体が声に合わせて震える。
体の奥にどうしようもなくわだかまる熱に、佐助は目を細めた。

「小十郎も、見せてよ」
俺だけはずるいでしょ、と手を伸ばして相手の襟を掴む。
指をかけただけのところですっと身を引かれた。
「いじわる」
真っ直ぐ見据えて呟いてみれば、くつくつと笑われる。
先ほどからずっと相手ペースだが、それほど不愉快ではないので笑われるに任せた。
「頑張って剥がせ」
「え?」
予想外の命令が振ってきて、思わず瞬きをしている間に、ぐいと片足を上げられる。

忍であるから、常人とはかけ離れた脚力を持っている。
それを可能にしているのはしっかりとついた筋肉で。
忍であるから、想像つかぬ体勢も平然ととる。
それを可能にしているのはしなやかな筋肉で。
「やっ……ちょっ、旦那っ」
小十郎の肩の上に担ぎ上げられた佐助の足は見かけ以上にずっしりと重かった。
その重さには少々驚きつつも、小十郎は無言で狼狽する佐助の男根を握りこむ。
「……っ」
声を殺した佐助の口に手を伸ばし、撫でる。


「ひゃっ」
合わせていた歯の根が崩れて、声が零れる。
すでに立ち上がっている自身を握りこまれて、指でゆっくりと抜かれた。
「や……やだ」
緩慢すぎる動作に我慢ならないのに、さらに焦らすように相手の動きは遅くなる。
遅いのに強くて、敏感な皮を隅々まで伸ばされる感覚に佐助の理性が麻痺していく。
「ちょ……まって、ヤ」
くちゅりと先端まで扱き上げた小十郎は、ためらいを見せず身体を折ると喰らいつく。
まだ部屋は暗くない。時間だって夕餉前だ。
冬でもまだ日が落ちきっていない時間。
だからはっきりその姿は見える。

伏せた睫に、赤い口唇。
ちろりと飛び出る舌が、赤くて紅くて。
「ヤ、だあっ……!」
堪えきれない悲鳴を上げた佐助の陰茎を咥え、小十郎がいたぶるようにねちっこく吸う。
もう我慢できないと限界を訴える自身に佐助はどうにもできず、気がつけば小十郎はその両手を押さえ込んでいて。
足を動かそうとしても上げられたほうの足も、下りているほうの足も動かすことができなかった。

にゅぽ、と卑猥な音がする。
それが口から離された時で、ああ助かったと一瞬思ったのに。
「やぁ、だ。ヤメ、て、こじゅ――」
容赦なく男の強い指が握りこんできて、必死の抵抗も全く意味などなくて。
「あ……イヤ……あ――!」
目を見開いたままで、佐助は達する。
噴出した白濁が小十郎の胸にかかってとろりと落ちた。

手が解放され、理性が少し戻ってきて、独特の臭いが立ち込める。
「……ごめん」
小声で謝ると、無言で口付けられた。
蹂躙するようなものではなく、優しく、浅い。
足りないとむさぼりつけば、一気に強くなった。
「ふっ……」
んう、と鼻に抜ける声は甘く。
ひそかに焦がれている人に抱かれている瞬間に自分が没頭しているのがわかる。
それでもなお、身に着けた技量とは無粋なもので。
まだ、彼の髪の毛の一筋一筋が見えている。

嗚呼、欲しい。この髪の一筋も。


プツリと理性がキれた音がした。
忍は冷静たれと解くのは自身であるにもかかわらず。
佐助は意図的に自分の理性を投げ捨てる。


「小十郎」
夢の中で自慰の中で。
何度も呼んだ名前を呼んだ。
「抱いてよ」
最後の一線を要求する。
だってほら、まだ、目を瞑ってないでしょう?

「泣き言いうんじゃねぇぞ」
「これ使って」
はがされた頭巾の中にあった硬い小さな箱を彼の手に落とす。
怪訝な顔をする彼に、軟膏だよと小さく笑った。
「それ用じゃないけど、まあ体には無害だし」
「……用意のいいことだ」
「忍の常備薬だって。ホントは血止めなんだけど」
その辺の材料で作れるから使い切っちゃってもいいよと言ってみると、小十郎は指の先に少しだけとった。
「って、旦那!」
先にとった薬を、小十郎はぺろりと舐める。赤い舌が見えて、佐助は思わず頬を染める。

「な……にして」
舐める行為が先刻の口戯を連想させる。
絶句した佐助がそれ以上なにか問いかける前に、小十郎の指が身体をまさぐった。


なんとなく。
割合容赦なく突っ込まれると思ってた。
今までの行為を見るにこの男はこういう行為に関しては意地悪で乱暴だし、肛門は人体の急所の一つでもある。
いきなり指を押し込まれれば痛いし、辛い。
拷問に使われる器官でもあるのだ。

それなのに入り込んできた指は優しく菊座の周囲をほぐすに留まった。
しばらくなで上げてから、今度は軟膏が柔らかく擦り込まれる。
「っ……ん」
久しくなかった感覚に、小さく喘いで、自由な手を上に伸ばした。
「小十郎……口付けて」
まるで傀儡女のような婀娜めいた言葉を紡ぐ。
女々しすぎる自分に吐き気がしたが、荒れ狂いそうになる自分の心を制するにはそれしかなかった。
「小十郎」
湿っぽく名前を呼んで、顔を近寄せようと指が空を切る。
何度か空しい行為を繰り返しても彼が応じてくれなかったので、疲れきった腕を横たえた。



ゆっくりと、指の先が進入する。
「くっ……ぅあ」
痛みはそれほどでもない。
だけど一瞬目の前にひらめいた記憶が。
それが嫌で、けれどそれでも佐助は目を閉じなかった。

「力抜け」
「ぬい、てるよっ」
「……しょうがねェな。佐助」
「な、」
に、と。
言う前に舌を、唇を、歯を、歯茎を、口内を。
全部が覆われる。彼に、彼の口に舌に熱さに唾液に。
合わせる口だけが熱くて、ああ彼も体温があるのだと思えた。

熱が喘ぎになって鼻から口から抜ける。
それと同じに過去も抜けた。ゆっくりと。
「何がしてぇんだよ」
問いかけられた情事とは無言の言葉に、息を整えてどうなんだろうねえと曖昧にしか返さない。
「わっかんないけど、旦那が欲しいのは確かなんだよね」
「小十郎」
即座に訂正されて、佐助は笑う。
「……旦那、切り替えるの上手いよね」


さっきから一度も自分を忍と呼んでいないじゃない、と。
そう言って佐助は寂しげに笑う。
「もともと、あんまり俺のこと呼んでなかったけどさ」
俺はたくさん呼んだのに。
右目の旦那と呼んだのに。
そう言いたげな目に、小十郎は指を菊座に入れる時期を計りつつ、何気なく返す。
「忍と呼んだら、まぎらわしい」

ソレの意味を佐助の頭がはじき出す前に、ぐいと異物が進入する。
泣き声もうめき声も上げる余裕がなく、ぐるりと回転された。
「……っう」
「なけ」
「い……ヤだよ」
「そうか」
強情だな、といわれた。
二回目の気もする。そうじゃないかもしれない。

断わらずに彼の腕にしがみついた。
爪は立てない。
でも握りこんだ。
「へ、いきだよ」
そうかと答える代わりに、指が増える。
ぐいぐいと押し広げてくる動きに、目尻の涙をこぼしながら、うそつきと口の形だけで罵った。
慣れてるじゃないか。
こんなのに。

無論佐助とて初めてなんかでは誓ってない。
だからいれ易いように身体を動かして、腰を上げる。
男を誘う方法なんて何百と叩き込まれているのに、いたはずなのに。
「小十郎……」
かすれた声で名前を呼ぶことしか、今の佐助にはできなかった。
後門が熱い。じっとりと濡れているのが自分でもわかった。


「も、いいよ」
三本目が十分ナカになじんだところで、佐助はかすれ声で伝える。
小十郎はそれに従うことはせず、そのままねちっこく後ろだけを弄り続ける。
とうに立ち上がっている佐助の屹立は、膨れ上がってびくついていた。
「やぁ、ね、さ、わって」
「黙ってろ」
「いや、ヤ、やだぁ」
首をふるふると横に振って、かすれた声で舌っ足らずに訴える。
その様は艶やかでいやらしくて、扇情的で、そことなく幼い。

つまるところ、ひん剥いて犯して泣かして汚したい。

「あ……やぁっ、も、もう」
ようやっと、佐助の感じる部分へ小十郎は触れる。
少し盛り上がっているそこへ指を這わせると、喘ぎ声が大きく響く。
「やぁっ、だ、あっ、ゃあっ!」
悲鳴を上げて腰を上げる。
叫んでいる目は見開かれていて、そこにはまだ正気がある。



「さすけ」


トばそうと思った小十郎の囁きは、逆効果に終わったようで。
叫んでいたのをやめて、佐助は瞬きを増やす。
「ね、小十郎、限界、でしょ」
しがみついていた手を離して、男の下半身へ指を伸ばす。
ぎりぎり届くかどうかの距離で、少し肩を起こすと下半身に触れた。
厳密に言えばいまだはだけられていない単衣だが。
「いい加減……脱いでよね。俺様だけどか不公平じゃん」
こっちは生まれたままの姿だってのにと文句をつければ、同意はしなかったが勝手に帯に手をかけて自分で解いた。
それから少し腰を浮かせて、バサリと自ら剥ぎ取る。

現れたがっしりとした身体に佐助はため息をついた。
自身が細っこいとは思ってはいないが、無数の刀傷に彩られた男の身体はたくましい。
「おい」
「なに……?」
声をかけられ、視線を男の上半身から顔へを向けた。
「文句言うんじゃねぇぞ」
「……言うってたら止める?」
いたずらっ子のような口調で聞いてみれば、口元を歪めて笑われた。
「まさか」

やっぱり、と返そうとしたときに、ぐいと圧倒的な質量が押し付けられる。
待ってとかやめてとか言うまでもなく、ずぶずぶと体内に侵入してきた塊は佐助の痛みも高ぶりも混ぜ込んでぐちゃぐちゃにした。
「っあ……あ、きゅ、う、すぎっ」
空にさ迷った手を床に下ろして、畳に爪を立てる。
「ひゃ、っあ、う、あんっ」
迷わず、躊躇わず。
いっそ残酷なほどに小十郎の動きは速く深い。
本気でやめて欲しいわけではなかったけれど、あまりに性急な行為に佐助は何度もやめてくれと懇願した。

「や、やめ、ああっ、んっ!」
爪がい草に食い込んで、繊維をずたずたに引き裂いていく。
息を吸う暇も与えてもらえないのに、肺の中の空気は挿入されるたびに抜けていく。
「はぁ、あぁっ、やあっ!」
激しい。と言うも許されぬほどに激しい。
虚空を見つめてただただ無残に喘いでいると、ふいに挿入がやむ。
それでもまだ体内に居座るでかい一物をきゅうと締め付ける自分がいて、嫌悪感が膨れる。

「世話の焼ける野郎だ」
吐き捨てられた言葉の意味が判らず呆然としていると、床をかきむしっていた手が一つ、引っ張られて姿勢が起き上がる。
小十郎の膝の上に座り込むような形になった佐助の両手は、彼の背中に回されていた。
「な、なに?」
愚問過ぎた質問に答えは与えられず、次の瞬間貫かれた。
「ひゃ――ああああっ!」
脳天までぶち抜かれたような、錯覚。
たまらず声を上げる。同時に爪が皮膚に食い込んだ。
耳がいい忍は皮膚を貫く音も聞いてしまう。長くはない爪でも、力が加われば人の皮膚は切裂ける。
「っあ、」
頭がゆっくり冷えていくと思ったのに、また突き上げられて全部霧散する。
悲鳴を上げて爪を立てて、やめて欲しいと叫んだ、気もした。



「っあ……あ、あ、」
ゆっくりと高まっていく身体をもてあましてでもいるように、佐助は叫ぶ。
見開かれた目の片方の瞼に、小十郎は口付けた。
反射で目は閉じられる。これは卑怯な手だろうか。
「ン……」
落ち着いた呼吸を宥めるように、小十郎は首筋をなで上げて。
肩まで落ちている髪の毛をすくい上げて、後頭部を支えた。

軽く口の端に口付けながら、大きく腰を引いて打ち付ける。
はふっと漏れだした息を塞ぐように、口付ける。


強力に打ちつけながら濃厚な口付けだなんて。
どこの遊び人だよと皮肉りながら、背中に立てていた爪を指を離して。
男の首を頭を、引き寄せて。


うっとりと目を閉じて、快楽に身を任せた。







***
戦国時代の褌について:
もしかしたらけっこう高級品でした。
麻は割合前から普及していたようですが木綿・絹に関して相当の高級品でした。
庶民に普及するのは江戸時代のことですが、まあ戦忍なら持ってはいると踏んだ。
でも貧乏性というかアレなので勝負下着は木綿一枚だけデス。

……麻は痛くないのかな?

あと軟膏については逃げました。
別作で幸村を女にしたのも忍者の秘薬だもんで。問題ねぇべ。




 







ごっそりと部屋が暗くなってから、ようやく佐助は寝返りをうった。
身体には小十郎の単衣がかけてあるけど、その下は当然全裸だ。
「……旦那、これどうしよう」
部屋は惨状の一言だった。臭いだけはもう風のおかげでないけれど。
行為にふけった跡は染みなりささくれなりで、がっつり服と畳に残っている。
服は処分……するとしても、畳はどうしたことやら。
「気にするな」
佐助の横で座っていた小十郎はそう言って、彼のつけた畳の跡をなぞった。

すさまじい爪の力だなと言われて、口を尖らせて普通だよと返す。
「人間、一番硬いのは歯で二番目は爪だよ。尖らせれば人の皮膚は裂ける」
「畳のい草は言わずもがなか」
「そのとーり。くの一では研いで武器にする子もいるしね」
薄紅に色づいた女性の爪を、綺麗とは思いこそすれ怖いと思う男はほとんどいない。
それをいい事に、その綺麗な凶器は寝所で牙をむく。
そんなことを戯曲のように語ってやれば、思い切り笑われた。


「そうか、寝首をかけず残念だな」
「……旦那ぁ、勘弁してよ」
だるい身体を引きずって上半身を起こす。
そうするとすぐ傍に小十郎は座っていたので、無理に動かず手を伸ばすと、顎をなぞった。

「俺、旦那が好きだよ。って、言わなきゃわかんない?」

ねえ? と首をかしげた佐助には答えは返らず。
代わりにその手を捕まれて。
「やっ……ちょ、ちょっと旦那!」
突然の奇行に佐助は悲鳴を上げた。
身体の熱がやっと下がったのに、また指先から上がっていく。
「綺麗にしてやろうってんだ」
「湯でも浴びれば一発だよ!」
柔らかく指をしゃぶられる。

「大人しくしてろ、佐助」
「や、ちょ、あんっ……」
親指の次は人差し指。
その次は中指。

薬指。



小指。