<You cannot put old heads on young
shoulders.>
毎日誰かが顔を出して見舞いにコンラートの部屋を訪れる。
向けられる笑顔は純粋に彼の帰還を喜び、気遣ってくれるもので、それが少しだけ胸に刺さるが、それくらいは甘んじて受けようと思った。
ようやく自分がどれだけ馬鹿だったのかわかったのだから。
そして、大切なものが何なのかも。
ようやくベッドから起き上がれるようになったが、まだ寝ている時間の方が多い。
今もそんな時で、うつらうつらとしているところだった。
ばたん、と勢いよく開けられたドアの音に驚いて眠気が飛ぶ。
見ればテッドが何かを抱えて部屋に入ってきたところだった。
あの説教の後から六人の誰一人として見舞いには訪れず、コンラート自身気にはしていても動けない身だったのでどうしようもなかったのだが。
何を言えばいいのかと戸惑っているコンラートにつかつかと歩み寄り、おもむろにテッドはコンラートを、
「起きろ」
と蹴り飛ばした。
ベッドから放り出されて床に体をしたたかに打ちつけたコンラートは、全身に走った痛みに悶絶する。
いくらルッテンベルクの騎士だろうとも、どんなに屈強な戦死であろうとも、数週間で骨折やら打撲やらの数々の怪我を完治させられるはずがない。
「何うずくまってんだ」
「……一応、怪我人、なんだが」
「知ってる」
やった本人達が知らないはずがない。
ほら、と抜け殻になったベッドに持ってきた物を広げる。
それは以前コンラートが着ていた軍服だった。
「さっさと着替えて支度しろ」
「支度……とは?」
起き上がって、見慣れた色の服に指で触れる。
ほんの数ヶ月前まで毎日のように身につけていたものの感触が、数年ぶりであるかのように懐かしい。
訊ねてから気付いた。
まだ療養が必要なコンラートに仕事をしろなんていう者はいなかった。
だいたいそれならグウェンダルあたりが言いにくるだろう。
それをわざわざ、テッドが言いにくるなんて。
「ユーリが戻ってくるそうだ」
会いたいなら早くしろ。
それだけ言って部屋を出て行ったテッドの背中を見て、コンラートは自分の軍服を掴んだ。
ざぶん、と盛大な水音と共に、噴水から姿を現したユーリは、真っ先にグレタに飛びつかれた。
寂しかったと告げる養娘を慰める姿は立派に父親だ。
……この場合、やっぱりヴォルフラムが母親になるのだろうか。
その光景を眩しそうに見て、タオルを手に近寄ろうとしたコンラートの腕をぐいと誰かが引っ張った。
「ねぇコンラート」
「何ですか」
「そのままタオルを渡しに行こうなんて思ってないよねぇ?」
腕を掴んで見上げる瞳はユーリと全く同じなのに、どうしてこうも違うんだろうか。
シグールの言葉はしかし正論であったため、コンラートは素直に謝るつもりだと告げる。
「それだけじゃ駄目だね」
「……駄目、ですか」
「やっぱりここはけじめをつけないと」
「…………」
わかってるね、と極上の笑みで微笑まれて、背筋を凍りつかせながらコンラートはユーリへと近づいていった。
「申し訳ありませんでした」
「……コン、ラッドさん?」
えーと、どうしたんですかいきなり。
突然の再会に、感動する暇も何もあったもんじゃない。
コンラート当人にいきなり土下座されたユーリは、頭に「?」を浮かべながらただただ混乱するばかり。
何しろユーリはコンラートがこっちに戻ってきているだなんて、微塵も思っていなかったのだから。
「ああ、諸事情で戻ってきたんだよ彼」
ギュンターからもらったタオルで髪を拭きつつ、にこりと笑って報告する村田。
ていうか知ってたのに今まで一言も言ってなかったのか。
「戻って……きたって?」
「うん」
「なんでもっと早く言わないんだよ!」
知ったら教えてくれたっていいじゃねぇか!!
胸倉を掴んで詰め寄るユーリに、村田はあははと笑うばかり。
「だって僕らが帰ってくるまで彼が生きてるか保障なかったし」
「何だよそれ!そんなに危なかったのか!?」
「うん、ある意味」
味方に殺される可能性が多分に。
コンラートの少し後ろでにこやかな笑みを浮かべているシグールやクロスを見ながら村田は心の中だけでそう付け足した。
「ほらユーリ、コンラートが困ってるよ」
どうするの?
シグールの言葉にユーリは未だ土下座スタイルのままでいるコンラートに改めて視線を向けた。
……どうするったって。
「コンラート……もう、俺に黙って勝手にどっか行ったりとかしない?」
「誓って」
「……そっか」
そっか、ともう一度呟いて、ユーリはすたすたとコンラートの横を通り抜ける。
さすがに顔をあげて振り返ったコンラートを振り向いて、ユーリはにかっと笑った。
「キャッチボールの相手がいなくて最近してないんだ!後でやろーな!!」
「……はい」
着替えてくるっ、と足早に駆けて行ったユーリを見送って、やれやれとシグールは肩を竦める。
「よかったねえ、コンラート」
「……ありがとう、ございます」
「ぼこった相手に礼を言うか」
変な趣味に目覚めたか、とふざけ半分に言うシグールに微笑む。
それを見て、ちっと舌打ちをしてシグールはテッドの方に行ってしまった。
どうやらからかい甲斐がなくなったらしい。
ふとテッドと目が合って、ひらひらと手を振られる。
さっさとユーリの所に行ってこいと言われているようで、コンラートはそのままユーリの自室へと向かった。
「ねぇテッド、コンラートってまだ盛大に怪我してるよね」
「まぁ今は気力とユーリへの愛で動いてるだろうがな」
「……キャッチボールとか、できるの?」
「知らね」
***
以上でコンラート離反編は終了です。
まとめくらいきちんと終わろうと思ったのにやっぱり落ちました。
このシリーズ、管理人の間では「梱包物語」と呼ばれていました(笑
You cannot put old heads on young shoulders:若者は未熟である