<It's never too late to mend>
 




傷を癒してとりあえず一週間。

……つまり一週間ほぼ軟禁だったわけだが。

「よぉコンラート」
「……ああ、テッドか……」
扉を開けるというよりは蹴り破るの親戚のような状態で無論ノックもなしに入ってきたテッドは、もっていたトレイをベッドサイドテーブルの上に置く。
その横にはそっくりそのまま、何も手がつけられていない朝食があった。

横たわったまま天井を見上げて、軽く瞼を動かす程度の運動しかしないコンラート。
もう、ずっと、ろくに食べ物をとっていないという。
あまりに心配したメイドがギーゼラに泣きつき、ギーゼラが弟のヴォルフラムに相談し、困ったヴォルフラムが兄のグウェンダルに訴え、唸ったグウェンダルが王佐のギュンターに話を持っていき、弱ったギュンターがシグールに解決策を懇願し。

笑ったシグールがテッドへ振り返った。


「ユーリ、は」
「ユーリは地球に帰った」
「そう、か……」
呟いたコンラートの顔に、テッドは水差しから水を直接注ぐ。
鼻から水が入り咳き込んだコンラートの隣へ椅子を引き、座った。

「俺は何も言わない」
「…………」
「その代わり、話してやる」
「なに、を?」
「……ある男の話だ」



テッドがゆっくりと語ったその話は。
大切な、何より大切な友人に、「呪い」を継がせてしまった男の話。

「……そいつは、「呪い」のせいで、付き人を失い父親を失った」

それなのに、「俺達親友だよな」と能天気なことをほざいていた男は、彼が絶望していた時、何もしてあげられなかった。
側にすらいなかった。
それどころか。

「敵の駒になって、あろうことか、敵対した」

「…………」

「男は、死を選んだ。それしか方法がなかった」

だけど。
運命の悪戯で蘇った後。
泣きじゃくって自分に抱きついたその親友は。


「――もう、二度とどこかへ行くなと」
僕を置いていかないで。
大切な人に何度も置いていかれた経験が、彼にそんな言葉を言わせたのだろう。
「……たとえ、それしか、方法がなくとも」


間違っていたわけではないし。
他に方法があったわけでもないけど。


「一生、許してはもらえない」
あまりに深い傷を負わせてしまったから。
今でも、時折夜中に彼が、うなされて飛び起きるのを男は知っている。
付き人を、父を、親友を亡くした瞬間を思い出して。
「……何を言いたいんだ」
コンラートの言葉に、テッドは苦笑した。


「自分のやったことを考えろ。それでどれだけ周りが傷付いたか、もう一度確認しろ」

「……その、男とは、君か」


もらされた問いに、テッドは頷いた。


「……ああ」
「親友とは、シグール、の」
「俺がいなきゃあいつは、今ごろ結婚して子供ができてるころだ」
曲げたのは自分。
それが運命の名の下でも、曲げたのは自分。
「――だから、俺が……少しでも、あいつの助けになれるなら、少しでも」

そう言って、ふと笑ったテッドは、穏やかな横顔をしていた。
「――少しでも、なにか」
「……俺は」
コンラートの唇が直線に結ばれる。
「――俺は、ユーリの」
「……んなこた、みんな分かってる」
コンラートの裏切りが、本当はユーリのためであることも、国のためであることも。
だからお咎めもないし、グウェンダルもヴォルフラムもギュンターもヨザックも、何も言わない。

だけど、この男は大切な事を忘れている。

「コンラート」
「…………」
「お前は、俺とは違う」
あの時大切だと胸をはって言えるものが。
たった一つしかなかった自分。

「一人で暴走して悦に入るな。お袋さんも、兄も弟も、朋友もいるだろうが」

「・……それが……」

「ユーリユーリって、お前が大事な物はそれだけじゃないだろう?」

そう言って、朝食のトレイを持ってテッドは立ち上がる。
去り際に、振り返って苦笑した。
「ヴォルフラムが落ち込むほど心配してるし、グウェンダルも仕事に手がついてない」
いいもんだな、兄弟って。

そう言ってテッドが扉を閉めると、コンラートはしばしの沈黙の後に、くっくっくと堪えて笑う。
目を覆った手の平の下から、透明の雫が落ちた。
「――さすが……三百歳なだけはある……」
ものの見事に諭された。
結局、自分の事しか考えていなかっただろうと言う皮肉と共に。
ユーリのため、ユーリのため、そう思うあまりに気が先走っていた事は否定できない。
兄も弟も、母も、友人もいたのに。

この国は、こんなに愛しい。





ドンドンドンッ

「コンラートッ! テッドは入れて僕を入れないとはどう言う了見だ!」
「コンラート、入るぞ」
「コンラート、おかあさまを拒んだりなんてしないわよね〜?」
「たーいちょー、ナースなグリ江さんが看病してあげますわよ〜」

地響きといい勝負になりそうな激しいノック音と共に、部屋へなだれ込んできた面々を見て、コンラートは微苦笑する。

「あらやだ、お昼だったの」
「僕たちの分も運んでもらって食べればいいでしょう」
「そうですね〜じゃあナースグリ江でお給仕させていただきましょ」
「グリエ、ついでにギュンターやギーゼラも」
「はぁ〜い、わかりま・し・たv」

一気に賑やかになった自室で、コンラートは頬に残るわずかな水気をふき取った。

 

 




***
……フォローしちゃった(汗
テッドにもっと突き落としてもらう予定だったのに。

It's never too late to mend:過ちては改むるに憚ることなかれ