<The sword in the smile>
目が覚めたらあたり一面暗闇だった。
ここはどこだと口に出そうとして、何か噛まされているのだと気付く。おそらくは猿轡だろう。
取ろうにも腕は後ろで縛られているし、足も同様。
更には体全体も何かでぐるぐる巻きに縛られているようだった。
緩まないかとしばらくごそごそと動いてみるが、縄が緩むどころか体があちこちに当たって痛い。
小さな何かに押し込められているようで、明らかに自分の体に合ったサイズではない。
そこでようやくコンラートは、何故自分がこんな状態になっているかを考えてみる事にした。
舞踏会を抜け出してユーリに出くわして、半分逃げるように部屋を出た。
そこで急に襟を引っ張られて暗がりに連れ込まれて……。
ああそうだ、シグールとテッドに会ったんだった。
彼らは相当怒っていて、それは自分がした事を考えれば当たり前なのだが、と苦笑する。
それからしばらく口論して……それからどうなったんだったか。
頭に何か固い物が当たった気がしたのを最後に記憶が途切れているから、おそらく気絶したのだろう。
そして現在に至る、と。
……で、どうして縛られてこんな箱詰めみたいにされているんだろう。
どれだけ考えても答えはでなかった。
それからどれくらい経ったのか。
いつまでも同じ体勢だから曲がったままの腰が痛いし尻も痛い。
少し体を動かすだけで上に頭をぶつけるのでおちおち伸びもできない。
その時空間の外から何か話す声が聞こえてきて、コンラートは耳をそばだてた。
「そろそろ起きたかな」
「いいんじゃない?」
声と共に近づいてくる足音。
ぱかっと開けられてコンラートは目を細めながら開けた視界を見上げた。
クロスがいた。
そして、少し離れたところにルックが立ってこちらを見ている。
「やぁ久し振りだねコンラート」
にっこりと満面の笑みを浮かべてクロスが言う。
とても綺麗だとは思うのだが、その手に持っている短剣が異常なまでに似合うと思えるのはなぜだろう。
ざっくりと手足を縛っていた縄を切って、クロスは短剣を懐にしまった。
猿轡を取り、すっかり固くなっている足をなんとか動かして箱から出る。
「はい、箱から出たらこれ着てね」
男の裸なんてルック以外見てもなんの得もないんだから。
そう言ってクロスは服を放り投げた。
その直後、ルックのロッドがクロスの脳天にクリティカルヒットしていた。
「…………」
コンラートは服を着て、改めて自分が入っていたものをしげしげと眺める。
そう、それは箱だった。
どこにでもあるような、何の変哲もないただの箱。
よく見れば「風の終わり」に似ているような気もするが、さすがに本物ではないだろう。
ぐっと伸びをすると、腰を始め体中が嫌な音を立てた。
……どれくらい中に入れられていたんだろうか。
「さて、梱包されていたコンラート君」
そこに直れ。
びしりと指された場所は床。
雰囲気的に正座をして仁王立ちしているクロスを見上げる。
「問題その一。ここはどこでしょう。答えは血盟城です」
自分の問に自分で答えてクロスは笑みを深くした。
「コンラート、君が向こうで何をしてきたかなんて僕らには全く興味がない」
どうして向こうに行ったのもね。
「だけど、ユーリに何も言わずに行った所業は許しがたいんだよね」
笑顔が怖い。
コンラートは正座したまま、説明のために開いた口をそのまま噤んだ。
説明したところで聞いてもらえるか分からない。
というか、聞いてもらえないのが目に見えている。
……最初から説明して理解してもらおうと思っていたわけではないけれど。
そのつもりなら、最初から黙って行きはしなかった。
守ると決めたその人を傷つけ、悲しませてまで。
コンラートの零した嘲笑が気に触ったのか、クロスがたん、と足で床を叩いた。
「ルック」
「何」
椅子に座って傍観者となっていたルックがつまらなさそうに返した。
「飛ばして」
「……どこにさ」
「そうだねぇ」
シグール達が戻ってくるまで、頭を冷やしてもらおうか。
「了解」
すっとあげられたルックの掌に、淡い光が集まる。
薄暗闇の中に浮かんだ顔は、とても綺麗な微笑で……同時にとても恐ろしかった。
消えたコンラートの行く末は、ルックのみぞ知っている。
***
説教その1。
まずか軽くジャブから。
The sword in the smile:笑みの中の刃(造語