<Blood will have blood>





ベラール四世殿下お気に入りの新人が、場内に戻ってくる。
寡黙で謎でおまけに殿下の関心を一身に集めているので、まったくさっぱり名も聞かぬ剣士なのになんでか一気に一室まで与えられる寵愛振り。
……というわけで、彼と親しい兵はなく、今も遠巻きに見るだけだった。

カツカツと靴音を立ててウェラー卿が廊下を歩く。
次の瞬間、誰もいなかったはずのバルコニーに人影が出現した。


「……見つけたぞ!」

響く声は、まだ若い。
けれどもその光景をみた兵は、皆恐怖に襲われた。


城内はしっかり明りがあるから、その色が逆に映える。
黒い髪。
黒い目。
黒い服。

もしや。


「魔族の裏切り者――ウェラー卿コンラートよ!」


そう言って魔族が、城内に侵入する。
ただ、歩いているだけのはずなのに、周囲には火の矢が降り注ぎたちまちその場は紅蓮の炎に包まれる。
これは、魔法だ。
魔族が操るという、魔法。

そして、双黒は。


「この魔王を裏切るとは――死の覚悟ができておろうな!!」

魔王。
人を食い町を焼き国を滅ぼす――魔王。
天下一武道会で、カロリア出身のノーマン=ギルビット(実のところ中身はユーリ)が披露した魔術も恐ろしかったが、彼はあれでも人間であると言った。
人間ですらあれほどの力を振るうのに、ましてや魔王ともならば……。

魔王と対峙していたウェラー卿は、火が回りだすのも見ずにたっと逃げ出した。
その後を追いかける魔王が、すいと左手を前に出す。

ピシャンッ

「!!」
あたりの兵は息を飲む。
今、確かに雷が走った。
室内で、雷。

「……なんて恐ろしいんだ」
「なあ、おれ達、逃げなくていいのか」
「……ウェラー卿のみが目的らしいぞ、現に俺達は無事だ……火も……それほどは」
鎮火作業に追われていた兵は、火があまり燃え広がらないのを見る。
そりゃそうだ、ここ数日雪なんだから――バルコニーに積もっていた雪を中に放り込むだけで済んだ。

「明らかにウェラー卿のみを狙っていたよな」
「と言う事はおれたちは眼中にないわけだよな」
「……なら」

なら。




「逃げるのかこの臆病者!」


ピシャン


「魔王の我が直接征伐に来たのだ、大人しく死せ!」

一階から二階へ、二階から三階へ。
廊下をなぜか通り抜け、兵士の山をすり抜けて、ひたすらウェラー卿は逃げてゆく。
その後を悠々とした足取りで追う魔王。
両脇には魔王が眼中外には無害だと知った兵達が、この対決を見るために詰めかけている。


三階の階段からは配置が違っていたため、壁際に追い詰められたウェラー卿に向かって、魔王はにやりと笑った。
「ついに諦めたか、裏切り者め!」
「私の城で誰が魔王などとバカなことを言ってい……」

兵の誰かが報せに走ったのか、そこに現れたベラール二世の姿を認め、ウェラー卿と魔王以外の全員が姿勢を正す。
「貴様っ……」
「我は魔王。裏切り者の始末にきた」
朗と響く声とともに、振り返ったその顔はまだ十代にあると思われた。
しかし、彼から発せられる威圧は、まるで十代のものでは無い。

何より、その色は双黒。
強い力を持つ、魔族の証。

「我の目的は魔族を裏切り祖国を裏切り我を裏切ったウェラー卿コンラートの始末のみ。手出しをせねば貴様らには用はない」
下がっていろ、と言う代わりに魔王が左手を動かすと、ぴしゃんとベラール二世の前に雷が落ちた。

「くうっ……そ、その男の腕はっ」
「偽物だ」
「なっ――なんだとっ!」
「ウェラー卿コンラートの腕は箱の「鍵」ではない。さて、人間をも騙したか! 人であるのに拾ってやった我への恩をも忘れ、この魔族の恥さらしめが。我の怒り、思い知れ!!」


そう言って魔王が左手を高く掲げ。
轟音が城全体を揺らし閃光が空の彼方を照らした。





ベラール二世を始めとする面々が、ようやく目を開けると、しゅうしゅうと煙立ち上る中、ぼろぼろと崩れた三階の壁の一角より、ウェラー卿の姿も魔王の姿も、失せていた。










「……死ぬかと思ったぜ……」
ぼろぼろになったコンラートの服から自分の服に着替えて、がっくりと地面に項垂れて真っ青になって呟いたテッドとは逆に、非常に楽しそうなシグールは笑う。
「僕ってば名演技」
「お前、雷数発、思い切り狙っただろう?」
「テッドなら避けてくれるって信じてたv」
「ふっざけんな!!」

噛み砕くとこう言うことだろう。
一連の騒ぎを外から見ていたルックは結論付けた。
テッドはコンラートの代役であり、魔王に扮したシグールが彼を追う。
彼が「魔族」と関っていたと言う事を知らしめ、ついでに「魔王」は見境なく人間を襲うわけではないという事と、ウェラー卿コンラートは箱の鍵でもなければもう木っ端微塵になるまで死亡しています、と見せるためだ。
だから三階から落ちる時にテッドはわざわざ上着を脱いできたわけである。

ついでに他の部分の布もルックの切り裂きの餌食になっている。
もっとついでに言うと、一瞬遅れて飛び降りたシグールをかばったため、全身傷だらけなので現場に残っている布からは血も発見されるわけだ。
……計画的?


「ま、コンラートはこれで平気だろう」
少なくとも、全国指名手配なんてされる心配はあるまい。
アレだけシグールが恐ろしい魔王っぷりを発揮してきたわけだし。
「さて、テレポートよろしくルック」
「……また?」
「なんだ、裸体のコンラートを引きずって帰りたいのか?」
言っておくが、雪降る季節である。
そんな時期に、裸体で、しかも夜、外に放置されていたコンラートはもう暫く放っておけば漏れなく凍死すると思われる。
今でさえ肌が気味悪いくらい白くなっている。
「……わかったよ」

こんなスキル持ってなきゃよかった。
ぶつくさ呟いたルックは、とりあえずコンラートを抱えたテッドを飛ばした。

 

 



***
……たのしかったです。
というわけでウェラー卿と表記があるのは全部テッドだ(笑
テッドに軍服を着せたかっただけとも言う(げふ

絶対背が足りていませんが根性で。

Blood will have blood:血で血を洗う