<Honesty is the best policy>





気絶していたアーダールベルトが目を覚ましたのは、セノによる治療が終わって数分後だった。
「大丈夫ですか?」
目を開いた彼の顔をひょいと覗き込んで、セノが尋ねる。
「…………」
「まだどこか痛いですか?」
アーダルベルトは沈黙したまましばらく目を合わせていたかと思うと、突然凄まじい勢いで跳ね起きた。
うわっと身を引いたセノに構う事なく、先程まで気を失っていたとは思えないスピードで去っていく。
その姿に、
「あ、元気そう」
と長閑に言うセノに、ユーリはいっそ感服した。
それにしても、なぜあんなに急いで走っていったのかは、良い子な二人にはさっぱりだった。

アーダルベルト。
小さなものに弱い男。



廊下で何やらざわめく声と足音がしてからクロスが顔を覗かせる。
「こんなところにいたんだ、皆探してるよ」
「あ、そうだった」
ユーリを探しにきたという当初の目的を忘れかけていたセノは、気まずそうに笑う。
先に戻っていていいよと言われて部屋を出て行くセノを見送って、クロスはユーリと向き合った。

二人きりになるのは戦争について話したあの時以来だ。
あれからそもそも二人きりになるようなシチュエーションもなかったのだが。

なんとなくかける言葉がなくて、クロスは行こうかと口を開きかけ。
「……あのさ」
消えいりそうな声で言いかけるユーリに小首を傾げ、聞きやすいように隣まで近寄る。
俯いたまま座り込んでしまったその表情は伺えないがなんとなく察しはできた。

一連の動きや出来事はテッドからすでに聞いていた。
謁見室でコンラートがいた事も、その時に何を言われたのかも大体。
ちなみにここに来たのはこれからの予定を打ち合わせて会場に戻る途中であったからで、どたばたとしていたのはコンラートの姿を見かけたテッドとシグールが追いかけていったからである。
……この部屋から体のでかい男が物凄い勢いで出てきたからというのもある。


体育座りをしたユーリは膝を抱え込んで、その間に顔を埋める。
「前、テッドに言われたんだ」

『お前は、信じるんだろうな、会う人会う人を』

『何度裏切られても、何度騙されても、お前は信じ続けるんだろう?』

『――その結果、何を失うことになろうとも』


その言葉の意味がようやくわかった。
自分がどれだけ甘かったのか、目の前に形として突きつけられて、ようやく。
なんの疑いもなく信じていたものを砕かれて、目の前が真っ暗になった。
自分以外の誰かに仕えているコンラッドなんて想像すらした事なかったんだ。

その姿を見る度に、痛くて、痛くて仕方がないのに。

「やっぱり……俺、コンラッドの事信じたいんだよ」
「なら、信じればいいじゃない」
頭に掌が乗せられる。
子供をあやすように撫でながら、クロスは穏やかに言葉を紡ぐ。
「許す事はとても難しい。人は憎みあう生き物だから。けど、許す事ができるのもまた人なんだよ」


それがユーリの掲げていた信念に反する事であっても、時に許してはいけない事もある。
いつかはユーリもそれを知らなければならない時がくるだろう。
けれど、この場合。

「不可抗力でも何でもないもんねぇ……」
ぼそり、と呟いてクロスは一瞬黒い笑みを浮かべた。
すぐにそれを引っ込めて、顔をあげたユーリの目に溜まった涙を拭いてやる。

「さ、早く行かないとパーティーが終わっちゃうよ」
「うん……」
「大丈夫だから」
ね、と明るくクロスはユーリに微笑みかけた。






計画始動。





 





***
「俺、コンラッドの事信じたいんだよ」を「好きなんだよ」と書きたくて仕方がなかった。
<Sound argument is impracticable in real 2>の話が入ってます。


Honesty is the best policy:正直は最善の策