<Harm set, harm get>
国中から観戦にくる民衆を収容できるだけあって、会場はとにかく広かった。
貴賓席近くには兵士がわんさかいるから向こうに行くわけにはいかないが、一般客用のスペースだけでもかなりの広さがあるため、シグール達は三方向に分かれて見回りに出ることに。
ジョウイは二人と分かれて貴賓席へ続く通路を歩いていた。
あまりうろうろしていると見回りの兵士に見咎められる危険性もある。
実際すでに何度か不審に思われたらしく声をかけられた。お手洗いを探しているといって逃げたが。
それにしても、兵士がうろついているためトラブルが起きそうな気配もない。
テッドが何を危惧していたのか内心首を傾げつつ、そろそろ他の場所に移動しようかと思った時、沸きあがった観衆に足を止めた。
最上段から見下ろすと、石舞台の上に見慣れたオレンジ色の髪が靡くのが見えた。
どうやら最終競技が始まるらしい。
僅かにかかる霧のせいで細かな仕草までは分からないが、そろそろ試合開始のようだった。
「まぁ、心配ないとは思うけど……」
ヨザックが武器を使うのを何度か見た事はあるが、そうそう負けるとは思えない。
それこそトラブルでもない限り。
頑張ってくださいねと小さく声援を送って視線を上げ、ジョウイは視界を掠めた光景に目を見張った。
舌打ちをして駆け出す。
貴賓席へのドアの前に立っていた兵が声をあげるまもなくぶちのめし、廊下を走る。
先程目にしたのは、フリンが男に羽交い絞めされている光景だった。
別に貞操の危機とかではない。
寧ろ、命の危機。
なぜ彼女が貴賓席にいるのかは……まずもって箱をすりかえるために侵入したのだろうが、なぜ捕まっているのか。
男はおそらくシマロン兵、そこそこ上位の者だろう。
疾走しつつちらりと視線を試合会場に向けると、剣を打ち合っている最中だった。
まだ上の様子には気付いていないらしい。
テッドの言っていた「トラブル」とはこれのことだろう。
もしユーリが今の状況に気付けば、試合放棄する可能性だってある。
たとえフリンがそれを拒んだとしても。
その場合、ユーリ達が勝てる可能性は格段に低くなるだろう。
目的の部屋が近づくと、足音を殺して壁に貼りついて中を窺う。
椅子も何もない部屋の中には男とフリンとダカスコス。
フリンが人質に取られている状態では、彼も手が出せないのだろう。
刈上げポニーテールの男は得意げな笑みを浮かべながら、フリンに何かを説いている。
フリンも抜け出そうともがくが、首にかかるワイヤーが絞まって顔に苦渋の色が広がった。
「さあ、試合に負けろ!!」
「駄目よ!絶対駄目!!」
フリンの悲鳴じみた声が上がる。
どうやらユーリ達も気付いたらしい。
ジョウイはポケットから小型のナイフを取り出すと、それを部屋に入り際、投げた。
真直ぐにそれはフリンの後ろに立つ男の足に命中する。
突然の乱入者と足に走る痛みに隙を作った男をつきとばし、フリンを抱き寄せるとジョウイは下に向かって叫んだ。
「ヨザック!」
剣の先を下に落ろしていたヨザックはジョウイの声にはっと顔をあげ、しかし襲い掛かってきていた相手の一撃はヨザックの剣を叩き落としていた。
……間に合わなかったか。
仕方ない、と溜息を吐いて、ジョウイは自分を睨みつける男に視線をやった。
刈ポニの男は血の流れる足を後ろに下げながらも、戦闘態勢を崩そうとはしない。
「大丈夫ですか?」
「……ええ、なんとか」
「下がっていてくださいね」
フリンを背中に庇う形で前に出て、ジョウイは棍を構える。
相手の武器は細いワイヤーのようなもの。
気をつけないとこっちの動きを封じられ……あ。
はっと背後でフリンが口元を押さえた。
がごん
横から飛んできた棍を見事に側頭部に食らった男は、白目を剥いて床に倒れ伏した。
「…………」
「はーい、シグールくん登場☆」
「ジョウイ、お疲れ」
「……二人もね」
いぇい、と部屋の入口でブイサインをするシグールとテッドに苦笑で返して、ジョウイは曇った空を仰いだ。
なんだか嫌な天気だ。
***
ジョウイが最近働きづめのサラリーマンに思えてきた。
Harm set, harm get:人を呪わば穴二つ