<When there is a will, there is a way>





雲ひとつない空には星が輝いていた。

高速艇はその名の通り、今までの船より格段に速かった。
大シマロンまで数日で着くと言われ、その間特にする事もないセノは、甲板で海を眺めている事が多かった。
以前船で旅をした時は自分達でやらなければならない事が多かったから退屈する暇もなかったのだけど。
それにあの時はまだジョウイの船酔いが深刻で看病をしなければならなかったし。


のへーっと船べりに凭れ掛かっていると、頬を夜気に冷やされた風が撫でていく。
船室で死んでいるルックもこれに当たれば少しは気分も良くなるんじゃないかと提案したら、潮風が余計にクると本人に却下された。

気持ちいいのになぁ。
今日はお星様も綺麗だし、と頭上を見上げてのびをすると、後ろからぱさりと何か羽織らされた。
「夜の海は冷えるわよ?」
これくらいは羽織ってなさい、と言われてありがとうございますと笑顔で応える。
フリンは少し困ったように微笑んで、少しいいかしらとセノの隣に立った。

「あなた達は、どうして私の事を糾弾しないの?」
「きゅう……なんですか?」
「どうして私を怒ったり、責めたりしないのかって」
「なんで責めなきゃいけないんですか?」
心底不思議そうな顔で問うと、フリンは言葉に詰まった。
小さくどこまでお人好しなのよと呟くのが聞こえた。

「私は、あなた達の仲間を売り飛ばそうとしたのよ?」
保身のために。
なのにそれを責めるどころか、国を救うために大シマロンに乗り込むなんて。
「でもそれはユーリが決めた事ですし」
僕らには止める権利も理由もない。
少なくとも自分はユーリらしいと思ったのだけど。
「皆も賛成してましたし」
にこやかに言うセノの目には、非常に嫌そうな顔で今後の予想を立てるテッドとヨザックは目に入っていなかったらしい。
それとも当たり前すぎて違和感がないのかもしれない。

それに、とセノは続ける。
「フリンさんは自分が決めた道を曲げられたいんですか?」
責めるとはそういうことだ。
相手の信念を、否定して曲げようとすること。

セノの言葉にフリンはいいえ、と首を横に振った。
「あのね」

私は国と結婚したの。
夫が死んだあの時から、ずっと私は国を守るために生きてきた。
その為になら、自分を殺して偽る事も、誰かに服従する事も、騙して売り飛ばす事だって厭わない。
誰からどんなに非難されても、それが国の皆のためになるなら気にもならなかった。
それが自分の生きている意義だと信じていたから。

そこまで言って、フリンは傍らに立つ少年を見つめた。
どうして自分はこんな事をこの少年に話しているのだろう。
自分より年下の、何の変哲もないただの子供に。


フリンの言葉を、セノはただ黙って聞いている。
その瞳が一瞬揺らぐのを見た気がしたが、次の瞬間には何事もなかったかのようにその瞳は平穏を取り戻していた。
「だから、どうして今あなた達が私を助けようとするのかが分からないの」
「……ユーリはそういう人だからだと思います」

『魔族も人間も、平和に暮らせる世界にする』

途方もない夢を真実にしようと頑張っている彼だから。
フリンの行動は許されなくとも、彼はきっと分かっている。
「だってそれが、フリンさんの決めた事だったんでしょう?」

自分より、他の何より、民の平穏を望んだ彼女。
その選択を責める事など誰もできない。

「僕はあなたを凄いと思う」
穏やかな声で囁かれた言葉に、フリンははっとした。
目の前で微笑む少年は、どこか悲しげに続ける。

「僕は、昔卑怯な選択をしたんです」
何万もの国民より、一人を選んだ。
必要とされていたのは分かっていたのに。
その結果、どれだけの犠牲を出すか気付いていながら、たった一人の手を取った。

殺すなら自分の手と決めていた。
誰かの手に撃たれるくらいなら、自分の手で。
自分以外の誰かが最期を見るなんて耐えられなかった。
そう、覚悟していたはずなのに。

なのに、死を間近に見た瞬間、自分は嫌だと叫んでいた。
ずっと押し殺していたはずの思いは、最後の最後で捨て切れられずに。



「嫌だったんです……どうしても、嫌だった」

自分の手をすり抜けていく命を救いたかった。
誰よりも、何よりも、その温もりがほしかった。

「……セノ」
「自分が正しいと思った道を進めばいいと思います」
けれど、決して道を違えないで。
「フリンさんは、自分の信じた道を進んで」

その結果が何であっても、後悔だけはしないように。


そう言って微笑んだセノの背中に、背負う物を見た気がした。





 

 


***
フリンとセノの施政話。どこが(自問

When there is a will, there is a way:精神一到何事かならざらん