<Every cloud had silver lining>
崖で引っかけたユーリの腕には痛々しい傷ができていた。
「じっとしててね」
セノが手を翳すと、淡い光が掌に集まる。
ゆっくりと流れる血が治まっていくのを見ながら、ヴォルフラムが小さく息を吐いた。
ユーリの治療はセノに任せる事にして、さて、とシグールはジョウイとルックに視線を向けた。
留守番組の二人がなぜここに。
雄弁な視線で語られて、ジョウイは居心地が悪そうに視線を逸らす。
当然ルックは全く悪びれた様子なんぞ微塵もないが。
「なんでここにいるのさ」
「城にいたところでする事なんかないだろ」
「まぁ、僕はいいけどさ」
テッドがなんて言うかなぁとシグールは意地の悪い笑みを浮かべる。
「なんでそこでテッドが出てくるのさ」
「このまま付いてくるんだろ? そしたらその内テッドに会う」
なんて言うかなー怒るかもねー。
にやにや笑っているシグールに、ルックは切り裂きをかますのをなんとか踏みとどまる。
ここでやったら、地盤が緩みまくってるここら一帯に止めを刺しかねなかった。
ユーリの魔法のおかげで創主の力は収まったらしく、今はもう地面は揺れていない。
あの刈ポニ達もどこかに消えてしまった……どっかに落ちたのかもしれないが……おかげで、箱はこのまま持ち帰る事ができそうだ。
「大変ですー!」
頭を光らせながら、ダカスコスがわたわたとやってきた。
どうかしたのかと全員の視線が集まる中、ダカスコスは仕入れてきた情報を報告する。
「どうやら南端のカロリアが震源地だそうです。ギルビット港なんか壊滅らしいですよ」
その言葉にフリンが引き攣った悲鳴を上げた。
「なんか指導者がいないらしくて、混乱は必至だそうです。理由は知りませんが深刻な事になりそうですよ」
顔を歪めて言うダカスコスは、村田の横で顔を真っ青にしているフリンがカロリアの主だと知るはずもなく報告を続けていく。
まぁ、指導者ここにいるしねぇ。
仕方がない、と村田は肩を回して笑みを口元に浮かべた。
何にせよ箱を持って移動するわけにも行かないし、一度眞魔国に戻るにしろ箱を送るにしろギルビット港まで戻るしかない。
「とにかくギルビット港目指して出発しますか」
その言葉に、フリンは蒼白のまま頷いた。
ユーリ達がギルビット港に出立する数刻前に時は遡る。
クロスとテッドはギルビット港に辿り着いていた。
相変わらずシルバーばかりな船員の働く港場を抜け、二人は寂れた町を通り抜ける。
「テッド、シグール達はどっち行った?」
「あー……」
「ほら、君達魂が繋がってるんだから分かるんでしょ」
急かすクロスにんな事言われても、とテッドは愚痴混じりに返答する。
「そんな昔の設定持ってこられてもなぁ……」
大体距離が遠すぎてほとんど分からない。
役立たずーと述べるクロスの目を避けるように上げた視線に、半壊した館が見えた。
何だろう……廃墟だろうか。
それにしては壊れ方が不自然だ。
上半分だけこそげる朽ち方なんて聞いた事がない。
何かトラブルに巻き込まれて半壊……という可能性を考えて、とても心当たりがあるのに思い当たった。
一応調べてみるか。
「クロス、あそこ行くぞ」
「はーい」
道沿いの店の店員と親しげに話していたクロスが明るく返答した。
辿り着いた屋敷は見事に半壊していた。
しかし門番がいたので当然中に入る事はできず、ただここがカロリアの領主の屋敷だという事は判明した。
しかも、どうやら不在らしい。
「屋敷をあんなにして不在、ねぇ」
「確実にトラブルだな」
これにユーリやシグールが巻き込まれているにしろしないにしろ、ここではこれ以上の情報は見込めなさそうだ。
もう少し街を回って聞き込みをして、次の場所に移動しよう。
そう決めた矢先に、不意にぐらり、と地面が揺れて二人は蹈鞴を踏む。
ちりちりとした疼きを手の甲に覚えて、二人は転ばないよう足を踏ん張りながら視線を交わした。
自然発生した地震ではなさそうだ。
地震は長い間続き、ようやく鎮まった頃には町は惨状を呈していた。
屋敷前の坂の途中からはその様子がよく見える。
老朽化していた建物は崩れているし、そこかしこからは火の手も上がっていた。
「……まずいな」
「そうだね」
こういった事態で統率者のいない集団はすぐに分裂する。
経験からそれをよく知っていたテッドとクロスは、町に向かって駆け出した。
案の定、町は混乱を呈していた。
呻き声のBGMと共に怒鳴りあう声が聞こえてくる。
そんな暇があったら助けてやればいいのに。
すぐ側の瓦礫の隙間から見える手が動いているのを見て、クロスは上に乗っている瓦礫を退けてやる。
上手い具合に隙間に体が入っていたらしく、大した怪我はなさそうな事に安堵の息を漏らして足を瓦礫の隙間から引っ張り出した。
「すまない」
「怪我は?」
「大した事はねぇよ」
命あっての物種だ、と笑みを作る初老の男に微笑を返して、すぐ側で罵りあいをしている男達を冷めた目で見据えた。
がんっ、と何かが割れる音がして、その場の全員の視線が一箇所に集まった。
よろよろと歩く者、走って自宅へと向かう者、罵り合っていた男達も、口を噤んで音の発生源へと視線を向ける。
発生源はクロスだった。
足元には、元はそれなりの大きさだったろう瓦礫の残骸と、石畳に先端がめり込んだ剣があった。
しんと静まり返った場に、クロスの凛とした声が響く。
「―――くだらない喧嘩をする前に、やる事があるんじゃないの?」
ふ、と一瞬表情を緩め、すぐに引き締めた。
「現状を調べて報告!」
「は、はいっ」
完全に空気に呑まれた男達は、罵り合いなど忘れ去ったかのように慌てて四方に散らばっていった。
「お見事」
それを見て、クロスの隣で額に手を当ててテッドはやれやれと溜息をついた。
「クロス」
「テッド何してるの。怪我人集めて処置しなきゃ」
「俺の仕事か」
「急ぐ」
「……了解」
どこからか伝わったのか……おそらくあの場にいた者達からだろうが、その後クロスの元に指示を仰ぐ者が次々と現れた。
食料の確保、配給。怪我人の処置から消火。
てきぱきと指示を下していくクロスを横目にテッドも雑用に奔走する。
……生き生きしてるなぁあいつ。
天魁星の実力を思い知る瞬間である。
「坊主、俺はもう駄目だ、死んじまう」
「こんな傷で死ぬか」
「いてぇよぉ」
「こんなん唾つけときゃ治るわっ!」
ああもうお前ら重症者が先だっての。
悪態をつきながら怪我人を治療するテッドを見ながら、クロスが先程のテッドと同じ事を思った……かどうかは定かではない。
ユーリ達がギルビット港に駆けつけた時。
思ったよりも復興作業が進んでいる……寧ろ始まっている事に唖然とする彼らを、二人は満面の笑みと苦笑で出迎えた。
***
テッドとシグールの魂の一部が繋がってるなんて設定管理人すら忘れてました。
覚えている人どれくらいいたんでしょう・・・(苦笑
Every cloud had silver lining:禍福は糾える縄の如し