<What you know is not the all>
顔をつき合わせて判明したこと。
……ケイプ収容所は二年も前に閉鎖されていた。
「……じゃあ、あの囚人達はどこへ連れて行かれるのさ」
「シグール様、どこから武器持ってきたんですか」
「ん? 没収されそうだったので船尾にこう〜ロープでね」
ああなるほどと頷いたヨザックは、どこでしょうねえと呟く。
彼らは現在囚人一団の最後尾につけていた。
既に半日くらい歩かされている。
見えてきた低い柵に囲まれた円形地帯に、セノは眉をひそめた。
「シグールさん」
「……うん」
紋章の様子が少しおかしい。
痛い、というほどではないが、何かに反応している、気がする。
これもしかして。
「うっ……」
「ユーリ、大丈夫!?」
ふらついたユーリを支え、セノが彼の顔を覗き込む。
大丈夫だよと笑う彼は、明らかに具合が悪そうだ。
「……ムラタ」
「なんだい」
「僕の思う通りだとしたら、この先には」
「……だろうね」
溜息を吐いて、村田は足を動かす。
この先に待っているもの、ユーリの調子が悪い原因となりうるもの、わざわざ囚人を集めて、何をしでかすつもりか?
――よもや、と思いたかった。
小高いそこを登りきると、小シマロンの軍が控えていた。
その中で一人の男が歩み出て、声高らかになにやら言う。
マキシーン、と憎憎しげにフリンが呟いたので、何やら訳ありの相手のようだ。
「長年探し続けていた物を、ついに小シマロン王サラレギー様が手に入れたのだ! これは虎視眈々と世界を支配せんとする魔族を打ち倒すため、神が授けたものだ!」
隣のユーリの手を、無言でセノは握った。
魔族が人間と同じくらい、いや、より友好的であるのをここにいるメンバーは知っている。
だけど、きっと、見たことのない彼らにとってはそれは事実で。
握ったユーリの手が震えている。
少しだけ強く、握り返した。
「非常に残念だ。だが仕方ない」
「村田?」
「……これが現実だよ、渋谷。平和とか平等って難しいね」
「何だよお前、何いきなり……」
穏やかでそれでいて諦めたような顔になって、村田は首を振る。
「何度も何度も裏切られるよ。そのたびに血を流して傷付くんだ。それでも君は、やるのかな。立ち止まらずにこのまま走り続けるのか?」
「…………ああ」
答えたユーリに微笑んで、村田はやっぱりねと答える。
「この永遠の覇権を約束する大いなる力、「地の果て」が国家の財産になったこの素晴らしき日に、囚人の諸君等に恩赦を与える!」
そう刈ポニのマキシーンが宣言すると、背後に古びた箱が運ばれてきた。
木造りのうえに鉄で縁取られて、全てがボロボロに錆びて劣化している、本当に、平凡な、箱。
「……なんで箱が、小シマロンに……」
「じゃああれが、「風の終わり」……?」
「違うよ」
苦々しい口調で、セノの言葉に村田が返した。
「あれは「地の果て」だ。「風の終わり」じゃない。この世界には決して触れてはならないものが四つある。そのうちの二つは……もう人間の手に渡っていたのか……」
最後の方は誰も聞こえない声になっていたその上にかぶせるように、マキシーンのやけに自信に溢れた声が響く。
「箱を開く鍵も手に入った。後は効果の絶大さを知らしめて、憎き魔族を恐怖のどん底に突き落とすだけだ。諸君達は勇気を持って大いなる力に抵抗し、如何なる豪傑が挑もうとも太刀打ちできるような威力ではないことをその身を持って証明してほしい!」
その言葉の意味を悟った時、フリンが悲鳴のような声をあげた。
「実験台にしようと言うの!? 私達を、お父様の育てた兵士達を!?」
ユーリからすっと手を離して、セノは出来る限り後方へ下がり、呪文の詠唱を始める。
どれだけの効果が望めるかわからないが、何もしないよりはずっといいはずだ。
「ちょっと待てーっ!!」
ユーリが叫んで前に出る。マキシーンはその口元を吊り上げていった。
「では名も知らぬ双黒魔族の方、魔術を使ってこの私を止めてみるといい。ギルビット邸での力ならばこの腕の一本や二本、軽いものだろう?――このように、な」
持ち上げられたその腕は。
見慣れた色の布をまとわりつかせて。
少し焦げていたけれど。
その腕は。
「……あれはコンラッドの左腕だ」
悲鳴を押し殺したような声をあげ、ガクリと倒れこんだユーリが青い顔で呟いた。
聞いたヨザックは顔色を変え、シグールは厳しい視線をマキシーンへと向ける。
「そんな……でも、あれは……」
同じく蒼白になったフリンが呟いて、数歩歩み出て叫んだ。
「やめて! ある男の腕は「風の終わり」の鍵よ! 「地の果て」のじゃないわ! 異なる鍵で箱を開ければ誰も暴走を止められない!」
「迂闊に「奴」を解放したら取り返しがつかなくなる! 下手したら国中、世界中がずたずたにされるんだ! あれは人間に制御できる物じゃない!」
フリンに続いて、ユーリを介抱していた村田は叫んで走り出す。
「「地の果て」と言われていた鍵は既に試したわ。ならば大シマロンが此方の鍵を試す前に使うまでのこと! 間違っていたとしても私はサラレギー様の命に従うだけ、世界が混乱するとしても、――それほど楽しいこともあるまい?」
せせら笑い、マキシーンは腕を箱の中に収めた。
そして、留め金が落ちた。
「あの鍵は……違うのよ……」
脱力して座り込んでしまったフリンの腕を取り、村田は叫ぶ。
「早く! 地盤の固い所へ……今更遅いかもしれないけど」
「――守りの天蓋っ!」
セノの周囲一帯にバリアが形成される。
それと同時に、地面が揺れた。
***
げ、原作だと本半分ぐらいの展開を一気に押し切りました。(ぜーはー
だいぶはしょったりしているので、展開が気になる人は買って読みましょう。
立ち読みはお勧めしません、泣けるもの。
What you know is not the all:知っている事がすべてでは無い(造語)