<Soon said is done>





「平原組」とやらから羊に乗って逃げ出した一団は、その盗んで……きたことになる羊を適当にうっぱらい、最小限の基金にした。
どうしてかと言えば。

「国境がオール封鎖されてるみたいです」
「……じゃあ残りは航路?」
という理由による。

平原組ががっちり国境をかためているため、フリンが手配してなんとか船へ乗るつてをつけた。
貴族依然な服を売ったお金も足して地味な服に着替え、戻ってきたフリンは村田が撫でていた羊を見て悲鳴をあげる。
「どうして売ってきた家畜がいるの?! そんなの連れてたら船に乗れないじゃないの」
――ユーリ命名、Tぞう、と言うらしい額に白いTの字が抜かれた模様の羊は、満足気に笑った。


家畜連れの一行は、胡散臭い船に乗り込む。
身分も目的も一切合財言えないので、仕方ないといえば仕方ない。
乗り込んだ途端、前を行っていたユーリの足が止まった。

中には老若男男うん百人、ピンク色の服を着せられ、ぎらぎらとした容貌が全く色と合っていない。
がたいはいいが、間違っても健全肉体労働派には見えない人々が鎮座していらっしゃった。

「なんてこった……こりゃ囚人移送船だよ……」

呟いたユーリの言葉に、隣で一瞬顔を輝かせた対戦大好きな坊ちゃんがいたが、問答無用で村田に棍の先を押さえられた。










囚人移送船に乗ることしばし。
完全になじんでいるフリンの姿がそこにあった。
……理由は。

「幼いお嬢さんの笑顔にどれだけ癒されたことか」
「お嬢さんの巻いてくれたハンカチ、今でも宝物っスよ」
「特に役には立たネがったけどもね」

ここにいる囚人たちは、皆戦争に負けた兵だった。
フリンが幼き時、平原組で訓練を受けた、元兵士だったのだ。
収容所に八年間痛めつけられ、ようやっとケイプという場所に移されるらしい。
そこは、とても住み良い場所だという事で、彼らはとても嬉しそうだった。

「……いやね、戦って。私は大嫌い」
「戦は嫌でもユー……クルーソー大佐を捕らえて大シマロンに売るのはいいのか」
横から響いた声に、フリンは顔を上げる。
緑のバンダナをはためかせて、濁った水面の向こうの空を見ている姿があった。
隣にはユーリの姿もある。
「カロリアから――十二の男の子が消えていく。みんな兵士になるために、平原組に連れていかれるの。まだ剣だって持てない子供が、開戦すればどんどん犠牲になるの――軍人さんのクルーソー大佐にはわからないわ 。シグール、さんだっけ、あなたも身のこなしからしてそうなんでしょう?」

答えないシグールに、フリンは続けた。
「そんな時に、大シマロンからの密偵が取引を持ちかけてきたわ。ウィンコットの毒と引き換えに、カロリアの兵を、私の国の兵力分担を引き下げてくれたの。第一陣の少年兵はもう帰ってきた、もうすぐ第二陣が帰ってくるわ、彼らはもう戦場に行かずに済むの」

愛しむような視線で、フリンは呟く。
そうなんだ、と淡白な返事を返してシグールは隣に腰掛けた。

「それで、クルーソー大佐を連れて行く理由は?」
言い馴れない、ユーリがフリンに初対面でとっさに名乗ってしまった偽名を口にして、シグールは視線を向ける。
「……ウィンコットの毒は、意のままに相手を操るというわ。大シマロンもね、「箱」を手に入れたの、開けるととてつもなく恐ろしい力で世界を滅ぼす「箱」を」
「…………」

身震いして、フリンは囁くような声で言う。

「正しい「鍵」で開ければ、その力は自在に操れるそうよ。密偵から聞いたのだけど、もうその「鍵」は見つけてあって、後は操るだけだと……」
「「鍵」ってのは、ヒトなのか!?」
ユーリが驚いたように、シグールにも初耳だった。
「人間だとは言ってなかった。でも魔族だとも言っていなかったわ。「鍵」となる人物を傀儡にするのに成功したと聞いたけど、それは私が詮索するべき事じゃない。私は、少しでも多くのカロリアの子供が、戦争に行かずに済むように戦うだけ。そこに、クルーソー大佐、あなたが飛び込んできた」
「……?」

疑問顔のシグールに、ユーリはああ、と呟いて説明をする。
「俺の、この、石は、ウィンコット家の紋章をかたどってるんだ」
持ち上げたターコイズブルーの魔石のペンダントが、きらりと光る。
それはたしか、前にユーリがコンラートからもらった物だと言っていたのではなかったか。
コンラートがウィンコットとかとは無関係だろうし、ユーリも当然違う。
……誰のだよ。
とりあえずそれで、ウィンコット一族の人間だと誤解されたのは間違いない。

「私は欲深く考えたの。大シマロンは鍵なる人物に、ウィンコットの毒を投入するのに成功したといったわ。だから傀儡となったその鍵を、操る者が必要なのではないかって。そしてもし、彼らが」
「カロリアの残りの戦力分担を肩代わりしてくれるかも、と?」
「そう、そうなのよ! だからクルーソー大佐を……」

双黒の魔族だからではなくて。
ウィンコット家の末裔と勘違いされたユーリが目的だったのか。

箱の名前は「風の終わり」。この世に、裏切りと死と絶望をもたらすと言う。










船が岸につけられる。
目的地? とフリンに尋ねるが首を振る。
一時船舶……何のためにだ。


「……うわぁ」
お出迎えの武装兵二百人、全員両脇を刈上げたポニーテールにもみあげから細く連なる刈り込み髭。
ユーリに言わせると「刈上げポニーテール」もっと可愛く「刈ポニ」らしい。
これが小シマロンの軍隊の規則なんだとか、パウダーブルーの制服を見るにつけても、入隊は死んでも遠慮したい。
そんな彼らが囚人の部屋を開け、彼らを外へと連れ出している。
囚人たち口々に言う科白からして、ここは彼らが目的と聞かされていた場所でもないようなのだが。

「……セノ」
「はい」
いつのまにか手に入れていたらしきロープにシグールは自分の武器である棍を繋ぎ、セノのトンファーをそれに括りつけ、ぼしゃんとまっさかさまに海の中。
ロープの端っこは船尾に括りつけてあるが、一体何をしているのだろうとユーリはいぶしかむ。
そうこうしている内に、数少ない一般客(?)のチェックまで始まった。


「お前は降りろ」
「はあ!? なんで!?」
本籍地を聞くこともなく、ただ両の手を広げさせていた検査係が、そう言ってユーリを引っ張る。
「お前も降りろっ」
「……ナルホドねぇ」
検査係に同じくそう言われたシグールが、視線を武装兵へと投げかけて呟いた。

戦闘員をチェックして、不審な人物は突き出すのだろう。
セノがスルーだったのは、トンファーは手で扱う武器ではないからだ。
ユーリは多分「ヤキュウ」の「バット」のせい。シグールは棍を扱うことによってできたタコのせいだろう。
フリンの手は水仕事もしてなさそうな白魚の手だし、村田はペンだこはあるだろうが、他は―Tぞうは羊なので論外。

「こら、離せ、話を、話を聞けーっ……うわって」

ぶんぶん両手足肩まで動かして反発していたユーリから兵が手を離し、そのままどっぽんと彼は水の中。
「ユーリ!」
これから寒くなるという事で、各自重い皮のコートを着込んでいる。
水温もずいぶんと下がっているし、突然飛び込んできちんと泳げるか……。
慌てて飛び込もうとしたセノの横で、今まさに岸へ下ろされようとしていたシグールが、無言で自分の腕を掴んでいた兵を蹴り倒し、水の中へ飛び込む。

船がついに岸を離れた時、フリンは叫んだ。

「その人がいないと意味がないのよ! 私の人生賭けたんだからっ!」

聞き様によっては愛の告白とも、とれる。
フリンはそのまま甲板から身を躍らせ、水の中へダイブイン。
村田とTぞうもその後に続き、既に水の中だったセノに手を引かれて岸を目指す。

ユーリの元へたどり着いたシグールは、彼の後を追って飛び込んできたフリンを支えようと必死になっていた。
……なぜ、泳げないのに飛び込むんだ。

「お手伝いいたしましょ」
横からにゅっと伸びた逞しい腕に少し表情を緩める。
「助かるよ、これ持ってて泳ぎにくくて」
持ち上げたそれは、短剣。
……どうやら、小シマロンの兵士の物を一つ失敬したらしい、あの短い時間に。
……寧ろなぜそんなものを。
「何に使うんですか」
「ヨザックはユーリとフリンを岸に」
「シグール様は」

「こう、する、のっ」

えいやっと水中から投げた短剣は弧を描き、遠ざかりつつあった船尾に突き刺さった。
ゆっくりとロープが水面に落ちて、そちらへ向かってシグールは泳ぎだす。
何してんだろうとヨザックは思ったが、とりあえず片手にユーリ、反対側にフリンを抱えて、岸を目指した。
 

 

 




***
坊ちゃん流没収免れ術。どこでいるのそんなスキル。
ヨザック再登場でした。
……1話の予定が長すぎて2話に。


Soon said is done:言うは易し行うは難し