<There is more pleasure in loving than in being loved.>
夕食はイカメシだったが、そんな生臭いもんが腹に入るわけもなく、真っ青なルックとヴォルフラムは、ふらつきつつも並んで甲板を歩いていた。
好きで並んでいるわけでもないが、千鳥足の一歩手前ぐらいなので、並ぶ。
「ふう……」
ひとしきり吐いた後、もう胃が完全に空になったので、甲板にへたり込む。
潮風が気持ちいい、とかほざけるのは酔っていない人間だ。
なお、同じ船酔い仲間のはずのジョウイは、二人よりはまし、というか二人と同じ船室に寝るのがこの上なく嫌だったらしい。
真っ暗闇を見上げて、見覚えのない星の配置に、異世界なんだと改めて実感する。
そこそこ見慣れてはきたが、さすがに星見はできない。
目が向くのはただの癖だ。
おい、と声をかけられて、何、と簡潔に視線を向けず答える。
「お前とクロスは、婚約者なのか?」
「……は?」
唐突な問いに、ルックは思わずヴォルフラムの方を見る。
なにやら考え込んでいるらしい横顔に、からかいやその他一切の不快な感情は浮かんでいない。
「だから」
「婚約……はしてないけど、何で」
「ユーリが、男同士はおかしいとか言うんだ、僕はあんなに」
あんなに、と呟いてヴォルフラムは顔を曇らせる。
その横顔を見て、ルックははあと溜息を吐いた。
人様の人生相談に、しかもよりによって恋愛相談にのるほど、自分の性格はできていないはずなのだが。
クロスの影響だろうか、最近こんな役回りもあるようなないような。
ルックに言わせれば、ユーリは普通の少年である。
……何というか、他人の悪意への配慮がない、が。
性質的に近いのはセノだろう、よってルックには理解不能の分類に入る。
そんなユーリが、「男同士の恋愛」を普通なものとは捉えて……ない……だろう。
「そりゃまぁ、あっちにしてみればおかしいって事でしょ」
「そうだがっ」
「――待ってれば、いいんじゃない? クロスは」
じっと、待っていてくれた。
こちらが警戒を解いて、彼に近づいて、その人柄に触れて。
好きになる、まで。
「……待ってて、くれた」
いつもは冷たさを感じる無表情を浮かべているその口元が緩み、白い頬に赤みが差す。
冷やかな翠の目は深みをまし、ほんの少しだけ眦が下がる。
「お前は、クロスの事を話す時だけ、綺麗な顔をするな」
「!」
マジマジとルックを見て、真顔でそう漏らしたヴォルフラムから、音速で顔を背ける。
「……羨ましいな」
寂しそうに呟いたヴォルフラムへ、ゆっくりと視線を流す。
ユーリは、と呟いたヴォルフラムの横顔が、月光に照らされて金糸の髪が煌めいていた。
「――ユーリは、いつか僕のことを話す時、そんな表情をしてくれるだろうか?」
多くを望んではいけないと、心の底ではわかっている。
彼は国民全てのためにある人、自分だけのものにはけしてならなくて。
僕はお前の婚約者だ。
そう言う度に、一抹の寂しさも感じる。
それ以外に、自分と彼に関りがないから。
「いいんじゃない」
隣でぽつりと言われて、ヴォルフラムはルックへ意識を戻す。
「いいんじゃない、あんたはあんたで。ユーリはユーリで」
「……それは嫌なんだ」
「――そう」
好きな人には振り向いてもらいたいと思う。
自分を見てほしいと、側にいてほしいと。
愛してほしいと、そう、思う。
「ユー、リっ……!」
どこにいるのだろう、寂しい思いをしていないか、傷付いていないか、傷付けられていないか。
あんなに、あんなに優しくて他人を大事にして、どこが強いかわからないのに、自分よりずっと強い。
「僕がっ、僕もあの時っ」
自分もあの時迎えに行くけていたら、そう思うと後悔してもしきれない。
「――コンラートもっ、ユーリもっ」
「…………」
「僕は、何も……何も、できないっ」
くぐもった声で抱え込んだ膝に顔を埋めて、呟いたヴォルフラムの言葉が、ルックの胸に響いた。
「分かってはいる、だけど、どうして、どうして――!」
連れて行ってくれなかったんだ。
叫んだ言葉が、痛い。
――……なんで僕を連れて行ってくれなかったの?
あの時と、同じ、言葉。
「誓ったんだっ、ユーリの側にいると、ユーリの支えになって、ユーリを守るとっ、なのにっ」
兄も、好きな人も、その手を零れ落ちた。
「僕はっ……」
「……ごめ、ん」
口の中だけで、ルックは呟いた。
あの時、自分のあの行動はどんなにクロスを悲しませたのだろうか。
帰ってきて、怒って、それ以来特に何も言われていなかったけど。
後悔はないし、もう一度同じ事があっても、きっと同じように行動したと思っていたけれど。
こんな風に泣かせてしまったのだとしたら、それは。
「……へなちょこ魔王なんでしょ」
「そ、そうだな」
「あんたが、後ろから押してやらないと」
「――ああ、ああ、そうだ。ユーリはへなちょこ魔王だからなっ、僕がついていてやらないとまるでダメなんだっ」
自分に言い聞かせるように大声で言って、ヴォルフラムは立ち上がると服の汚れを払う。
そしてすまない、と言って頭を下げた。
「話を聞いてもらって、よかった」
「……別に」
ふいと顔を背けたルックに、ヴォルフラムは背を向けると船酔いから回復したのか、たったったと小走りに船室へと向かう。
その場に座ったまま星を見上げていたルックの肩に、ふわりと何かがかけられた。
「お風邪を引きますよ」
「……ああ」
あんたか、と言ったルックが見上げた視線を夜空へと戻す。
「クロス様がいらっしゃらなくて、お寂しいのですね」
無言でルックはそれに答える。
ギーゼラは微笑んで、ルックの隣に腰をおろす。
「仲がおよろしくて、羨ましいです」
「……今回は、別行動だけど」
テッドが何を踏まえてこんな風に分けたのかは分からない。
だけど、あの二人が旅立っていくのを、思わず止めそうになった自分がいたのは事実だ。
腕に縋って行かないでと言ったら、クロスは聞いてくれただろうか?
――多分、ダメ、だっただろう。
「きっと、クロス様もこの空をごらんになっていますよ」
「どーだろうね、僕は癖だからともかくクロスはあんまり……」
星見はしない、はずだけど。
「そうですか?」
ギーゼラの笑みを含んだ言葉に、ルックの頬が朱に染まる。
ルックが見上げるのを癖なのを知っていたら、きっと、見上げてくれているだろう。
推定もなにも、クロスはそういう人だから。
「っ……」
「――閣下を励ましてくださって、ありがとうございます」
花のように笑ったギーゼラは、立ち上がって失礼しますと一言言って歩いて行く。
かけられた毛布に包まって、ルックは火照った顔を夜風にさらし、夜空を見上げて呟いた。
「クロ、ス」
ひときわ明るい星が瞬く。
「あっ、ほらっ、ルックが返事くれたっ!」
「……星に向かって会話をするな、イタい」
パチパチとはぜる音を立てながら燃え盛る焚き火に薪をくべていたテッドが呆れたように呟く。
「はあっ、こんなに長く離れてるんだったらもっと色々しておけばよかったよ」
「……色々……? 聞きたくないがお前らって結局どういう関係を築いてるんだ?」
「夫婦愛」
「ソウデスカ」
初対面のルックを思い出すにつけ、最近の彼はなんだか、いや別に自分に害はないけど。
――……覚えてるだろうかあっちは、自分との初対面を。
……忘れてそうだ。
「じゃあねルック、おやすみなさーい、いい夢を」
「なんで夜空に向かって話す」
「ルックはよく星を見るからね。半分癖だってさ」
「……あ、そう」
満天の星を見上げて話すひゃくろくじゅうなんとか歳。
……ここらに知り合いいなくてよかったな。
「ほら、テッドもシグールに言う事ないの?」
「あいつは夜空見上げても「星は売れないから無意味だね」だ」
「夢もロマンもないなあ」
「ほう? 全く同じ科白を過去に聞いた覚えがあるけどな?」
誰の事だろうねぇと文句のつけようも無い笑みを返して、クロスは布を羽織ると目を瞑った。
***
ルック乙女計画着実に進行中らしいです。
天魁星sはきっとこのうえなく現実主義。
星は綺麗だけど、道に転がってる鉄鉱石の方が好き。
There is more pleasure in loving than in being
loved:愛されるより愛する方が良い。