<Set a thief to catch a thief>





牢に放り込まれたシグールとセノは、そこに先に押込められていた少年を見つける。
「君は……」

「あんたら、何だ」

冷えた瞳で見返され、思わず二人は言葉を飲み込む。
ユーリはあんなに穏やかで、柔らかくて優しいのに。
この少年は、同じくらいの年頃で、少し似た顔立ちをしているのに、全く。

「渋谷の知り合いなのはわかった。どういう関係者だ?」
突き刺すような視線に、セノはシグールを見やる。
こういう相手との会話は、自分より彼の方が長けていると判断しての結果だった。
「……僕は、シグール=マクドール。一時期ユーリに世話になった」
相手がユーリの素性を知っているのかどうかも微妙な状況で、言える事を整理しながら口に出す。
下手に出た方がいいのか、駆け引きに持ち込むべきなのか、相手の年を考えれば人間なら遥か年下、魔族なら年上……場数の数で負ける気はないが。
「世話?」
「そう、偶々ね。僕達はこの国の人間じゃない――この世界の人間でもない」
「……出身国は」
覗うような視線を向けられ、シグールは一歩踏み込むために切り返す。

「ニホンじゃない」
「――……ああ、なるほど、ね」
その一言で大方を察したのか、少年は髪を揺らして呟いた。
会話についていってないセノが首を傾げているが、生憎シグールは解説をできるほど余裕がない。
気を抜いたら飲まれる。

それで、と少年は呟く。
「どうしてここに?」
「……君の名前は」
「村田健。僕は日本出身だよ」
村田の言葉にシグールは内心違和感を感じた。
この状況で、あのユーリの状態を見て、この二人の行動を見て、こうも冷静にいられるニホンの、つまりユーリと同じぐらいの年の子供が、そうそういるはずがない。
ユーリの故郷は戦争も何もない平和な所だと聞いた。だから。

問い詰めるべきだろうか、ユーリは彼に騙されている可能性は――それは、あまり、ない。
だがこの村田という少年が得体の知れないのもまた事実。
どう切り込もうかと迷えども、シグールには手持ちの切り札が少ない。
「ユーリと同じ国なんですか?」
「そうだよ」
唐突に口を挟んだセノが、何時も通りの穏やかな声で言う。
「じゃあ、ユーリと同じ髪の色じゃないのはなんでですか?」

「――……」

「双黒を、隠している?」

「……そうか」
シグールの問いに、そうか、と再び呟いた村田は、打って変わったテンションで喋りだした。
「いやぁー、めんごめんご、なーんか敵か味方かさっぱりでさぁ、疑っちゃったわけだよね」
けらけらと笑うその顔は年相応だが、シグールは緊張を崩さない。
「それで、君はユーリとどういう関係なんだ」
巧妙に切り返されたその言葉に、村田は薄笑いを浮かべる。
先ほどまでそれを聞いていたのは自分だったのに、全く同じ言葉で問うてきた。

先ほどのフリン――フリン=ギルビット、ここの領主のノーマン=ギルビットの妻で皆をここへぶち込んだ張本人の美人さん――へ言った言葉でも十分だったが、普通の見かけ相応の子供では なさそうだ。

もしかすると、戦力になるかもしれないな。
そう思った村田は、とりあえず会話を続ける。

「僕は渋谷の友人」
「ただの友人がこちらへこれるとは思わないんだけど」
「……どこまで何を知ってるのかを言ってもらわないと困るなあ」

とぼけたような村田の返答に、セノは首を傾げ、シグールはにやりと笑った。
なかなか骨のある相手だ。
だけど、この手のやりとりは譲れない。

「現在進行形で恋愛中の相手まで」
「なにっ、渋谷ってば彼女なし暦十六年とか自己申告していたくせに、熱烈恋愛中!?」
「婚約者までがっつりと」
「うっ、うらやましい!」

「でも、家族にお目どおりがすんでないとか」
「ああ、渋谷のお兄さんは相当なブラコンだからねぇ……」
ここで村田の目が光る。
シグールは腹の底だけで笑う。
まずはシグールの一勝。
「いやいや、でも婚約者美人?」
「美人っていうよりあれは」
「子供もできちゃったりとか」
「子供はいるけど養子で」

村田一勝。


「……セノ。明日は早いかもしれないし、寝ておきな」
「はーい、おやすみなさい」
会話に入っていけていないセノは、シグールに唐突に言われた言葉のみを理解し、もそもそと端の方にうずくまって目を瞑る。
軽い寝息を立て出したのを確認してから、シグールは浮かべていた笑みをするっと消した。
村田も、ハイテンションな叫びから一転、深い声を出す。

「まず初対面から僕達がユーリの味方と判断して、彼の元に滞在していたと見抜いた根拠から」
「登場際に言った科白」
シグールの問いに村田が答えると、ああそうかと肩を竦められる。
気安いような動作をしているが、肌にすらピリピリと感じ取れるこれは、殺気に似た緊張。
「なら、僕が渋谷と因縁ある相手と見抜いた根拠」
「黒目の人間がそうほいほいる世界じゃないんだろう?」

なるほど、とお互い不審に思っていたことを消化してから、次の質問――もとい腹の探り合いに入る。
二人の周りの闇だけ濃度を増した。


「それで、ムラタケン」
「フルネームで呼ばないでほしいな、シグール=マクドール」
言葉を交わす度に、ぴりっと稲妻が走る。
「じゃあムラタ。君はユーリが誰か知ってるな」
「知っているよシグール」
「――……知ってて、仕えるのか」

月光の僅かに差し込む牢の中で、村田は笑う。
「僕はそのために生まれた。渋谷を支えるのが僕の役目だ」
「砕かれそうな脆い理想でも」
「それをなんとかするのが僕の役割」
そう答えて、村田は眉を寄せた。

「どうして君は双黒なんだ?」
「……気付いてたのか」
笑って肯定し、シグールは色つき眼鏡を外す。
「僕とセノはユーリの護衛にきた」
「護衛」
「……そう、護衛にね。これは万が一に備えてだ」
色付き眼鏡を再びかけて、シグールは冷たい石の床に指を這わす。

魔族ではない、と思う。
かといって人間かと聞かれると、人間で双黒なんてありえない、と思う。
他の世界からの存在であれば、ありなのだろうか、解らない。
村田がぐるぐる回る思考でそう考えていると知ってか知らずか、シグールは先刻まで張っていた気をふいに緩めて、にこりと笑みを向けて止めを放った。


「それで、大賢者様はこの危機をどう脱出するのかな?」
「……気付いてたのか」
呟いたその言葉は本音。
眞魔国の国民じゃないという事で、そう簡単に気がつかれるとは思っていなかったのだけど。

「そう、僕は双黒の大賢者だ」
遠い昔、初代眞魔国の王を補佐し守り知恵を授け、共に戦った。
この世界で唯一、魔王と対等である存在。
双黒の大賢者。
「もしや、捕まるのは僕の力試しも兼ねていた?」
「いや、腕力には期待してなかったし、作戦があってもユーリがああじゃね。アレは単なる状況判断」

試しているつもりが試されていたのか。
それともまだ自分の思う方向に走っている?

「君は、一体」
「僕の名前はシグール=マクドール」
不敵な笑みを浮かべて答えやがった双黒の少年に、村田は胡散臭げな視線を向ける。
「いやぁ、質問に答えてくれるとありがたいんだけどなぁ?」

「ユーリとは逆の決断をした男だよ」

意味深な言葉を言われても、村田にはまだ彼の意味する事が分からない。
考えるだけ無駄かと思い、思考を放棄しようとした途端、シグールが無言で立ち上がる。
右手を軽く構える格好で、何をしているのかといぶかしむことしばし。

闇夜の中から、こちらへ歩いてくる人影があった。
手には蝋燭一本、心元ない明かりである。

「なんでこんな所に捕まって……おや、シグール様」
響いた声に、ふっとシグールは緊張を解く。
「ヨザックじゃないか。どうしたんだよ?」
「……どうしたんだよはコッチの科白ですよ、なんで貴方が捕まってるんですか、悪いものでも食いました?」
「失敬な、僕は結構グルメなんだよ、そこらの護衛の兵士とか手当たり次第に喰わないよ」
「……何を喰うんですか」
「え?」

ソウルイーターの特性を説明されていないヨザックは、しかし話の流れから物騒な物を感じたのかくるりと話題転換する。
さすが、あの語ると妙に危なげな方向へ進みがちな某護衛の友人なだけはある。
「で、そっちの方は?」
「ムラタケン。大賢者だって」

「……げ、猊下っ!? なんでまた、そんな人が……初めまして、グリエ=ヨザックです」
「超絶演技派のミス・上腕二頭筋だよね」
「ええ、陛下にはそう呼ばれてるんですよ、グリ江嬉しくてこまっちゃう――で、陛下は?」
ヨザックに問われ、シグールは視線を村田へと向ける。
一部始終を話した村田に、ヨザックはそれじゃあと呟いた。
「まあここからは数日の内に出してもらえるでしょうね、で――他の四方はどこへ?」
「別行動」
「……まーた、何を企んでいらっしゃるんですかぁ?」

エヘ? と笑ったシグールに、お願いですから陛下を守ってくださいねと念を押して、ヨザックは去り際に格子越しに何かを村田の手に押し付ける。
「お気をつけて、猊下、シグール様」
「ヨザックもねー」
「ありがとねー」

ひらひらと手を振って気のいいお庭番を見送った二人は、顔を合わせてそれじゃあとどちらからともなく言い出した。

「寝ようか」
「果報は寝て待てというし」
「寝る子は育つというし」
一時休戦、と言わんばかりに座りやすい場所を見つけに右往左往。

それじゃあ、と村田が薄目を開けて言う。
「良い夢を」
しかしそれに、楽しそうな、本当に楽しそうな声で坊ちゃんは返す。
「ところでムラタ」
「何」
「ユーリの婚約者って男って知ってた?」

「……それは、初耳」


 

 



***
ムラケンvsシグールの予定が、思いのほか軽い……こともないですが。
言い争いはまたの機会で? でも思いのほか意気投合。ギャグのツボが同じかもしれない。




Set a thief to catch a thief:蛇の道は蛇