<Make haste slowly>
「兄上の頑固者、分からず屋っ」
苛々とした口調で呟いて、ヴォルフラムは前庭を横切る渡り廊下を足早に歩いていた。
常に兄を敬う彼がこんな事を言うのは珍しい。
先程ユーリを捜索に行きたいとグウェンダルに願い出たら却下されたのだ。
当然捜索隊に加わる事も駄目。
グウェンダルからしてみればこれ以上重要ポストの人間を失うわけにはいかないのだが、ヴォルフラムには納得できなかった。
吹き抜ける冷えた風も、ヴォルフラムの頭の熱を下げる効果は全くないらしい。
憤慨した様子で歩くヴォルフラムと、すれ違う人々は事情を知らぬ者は訝しげに、知る者は触らぬ神にといった様子ですれ違う。
「こうなったら、僕だけでも探しに行ってやる……!」
ユーリは僕の婚約者なんだ。
婚約者を探しに行って何が悪い。
そうしようと一人頷き、瞬時に段取りを組み立てていく。
私用の馬はある。
中途の情報伝達その他は、賄賂を贈ってどうにかして。
風に靡いて目にかかった髪をかきあげて、決意に満ちた目でヴォルフラムは早速行動を開始しようとドアに手をかけ。
「ヴォルフラム様!」
「……ギーゼラ」
声に振り向くと、ギーゼラが階段の下から笑顔で手を振っていた。
その後ろには小さな幌付き馬車と、馬の手綱を持ったダカスコスがいた。
珍しく二人とも私服である。
馬車には荷も積んであり、これからどこかに行くのだろうか。
「私達、これから休暇を取って温泉巡りに行くんです」
にこにこと笑いながら告げるギーゼラに、ヴォルフラムは訝しげに目を細める。
悪いが今はそれどころじゃないんだと言おうとして、ギーゼラの言葉に息を詰めた。
「行き先はまだ決めてないんですけど、大シマロンの方に疲れに良く効く温泉があるって聞いたので」
「……大、シマロン?」
ええ、とギーゼラは笑って頷く。
そういえば、ギーゼラはヴォルフラムが眞王廟に殴りこんだ時にその場にいた。
憤慨したウルリーケを宥めて情報を聞き出してくれたのは彼女だ。
「僕も、一緒に行っていいか?」
「もちろんです」
こんなちんけな馬車なので揺れますけどと付け加えるギーゼラはやはり笑顔で。
最初からそのつもりだったのだと気付いて、礼を言う代わりに、すぐに着替えてくると踵を返して自室に急いだ。
ジョウイとルックはする事もなく廊下をぶらぶら歩いていた。
セノとシグールはとっくに出発。
テッドとクロスも情報を集めるために先程出立した。
二人は残って情報を待つ役割なのだが、あのグウェンダルがそうそう情報を渡してくれるはずがなく。
ジョウイとて駆け引きが苦手なわけでは決してないが、グウェンダル相手だと僅差で負ける。
ルックに至っては始めからその気がないから論外。
よりによってこの二人を残さなくてもと痛む胃を押さえながら歩くジョウイの目に、廊下の向こうを走行すれすれで歩いてくるヴォルフラムが見えた。
「ヴォルフラム」
「ジョウイ、ルック」
僕は急いでいるんだと言外に告げながら、それでも立ち止まったヴォルフラムに、状況はどうなのかと尋ねてみる。
「さぁ……僕にも何も教えてくださらないからな」
捜索隊は出したみたいだが、と言う彼にそうかと頷いて。
「急いでるみたいだけど、君も捜索隊に?」
「……いや、温泉旅行にな」
それだけ言うと逃げるように去っていったヴォルフラムに、二人はそろって眉を顰める。
ユーリが行方不明とこれば、彼なら『探しに行く!』と駄々を捏ねそうなものなのに、温泉旅行というあの余裕。
というよりも何かを隠しているのがバレバレだ。
「行き先、どこだと思う?」
「大シマロンじゃないの」
大方捜索隊の参加を禁止されて、温泉旅行って名目で探しにいく、そんなところじゃない?
……ルック、大正解。
ヴォルフラムの来た方向を辿って行くと、馬車が待機していた。
二人に気付くとギーゼラがぺこりと一礼する。
「……彼らも行くのか」
「僕も行く」
「ルック!?」
目を瞠るジョウイをルックは眇め見る。
「僕達はここに待機って」
「別に聞く義理はない」
大体、なんで僕等が待機なのさ。
「嫌なら一人で残ってれば?」
一言で言い捨てて、ルックはさっさと階段を下りていく。
確かに今頃ユーリを探しに行っているセノの事は心配だし。
ここに残っててもできる事なんてほとんどないし、でも。
「……ああもうっ!」
頭を掻いて逡巡する事しばし。
結局ルックの後を追って、ジョウイも『温泉旅行』に参加する事にした。
***
どこのペアもペアな感じで。
Make haste slowly:急がば回れ