<Troubles never come alone.>
それじゃぁいってきまーすとルックのテレポートで二人が出発したその頃。
ヴォルフラムは止める巫女の声も聞かず、眞王のいる奥の間を目指していた。
「いくらフォンビーレフェルト卿でも許可のない方は立ち入り禁止です!」
眞王の御霊を祭る廟は、魔王以外はたとえ十大貴族の者でも無許可でここに足を踏み入れる事は許されない。
それは分かっている。
それでもこれが殴りこまずにいられるか。
ユーリは行方不明、ギュンターは瀕死、コンラートに至っては生死すら判然としない。
「何をお考えなんだ眞王様は……!」
甲高い靴音を鳴らしながら、ヴォルフラムはぎり、と歯を噛んだ。
辿り着いた石扉は開く気配がなく、息を切らしながら追いついた巫女は、ウルリーケ様は瞑想中でございますと咎める。
ヴォルフラムは石扉を握り締めた拳で叩く。
「ウルリーケ!ここを開けろ!」
「現在巫女様は誰ともお会いになりません!」
「緊急だと言ってるだろうが!」
怒鳴るヴォルフラムの剣幕に巫女は首を竦めて、困り果てた顔をする。
自分では力尽くで止める事もできないし、どうすればいいのか。
弱りきった彼女は背後の気配に表情を緩めてほっとしたように息を吐いた。
「閣下」
「……ギーゼラ?」
駄目ですよ勝手に入ったら、とギーゼラは苦笑交じりに嗜め、いきなり声を大にして叫んだ。
「ウルリーケ様、早くお返事くださらないとこの人扉を壊しそうでーす」
「ギーゼラ?」
「いいから閣下はどんどん叩いて叫んでください」
訳が判らぬまま言われた通りに叫ぶ事数回、いきなり石扉が開いた。
「うわっ!?」
急に開いた扉にぶつかって、ヴォルフラムは床に尻をつく。
見上げると、憮然とした表情のウルリーケが内側に立っていた。
「ウルリーケ、これはどういう事だ」
「誰とも会わないと申していたはずですが」
「なんだ、引きこもりか」
「失礼な!!」
きっとヴォルフラムを睨みつけてウルリーケは言った。
私は、と言葉に詰まるウルリーケを宥めるようにギーゼラが言葉を挟む。
「ウルリーケ様が移動や転送に失敗なさるなんて、初めてのことですものね」
「失敗なぞしていません!」
泣きそうな顔で叫ぶと、ウルリーケは肩を落とす。
「私だって懸命にお探ししているのです!けれど今回は眞王のお言葉も聞こえず……私だけの力では、どちらにいらっしゃるかは見当もつかないのです」
「今回は眞王陛下の意志ではなかったと聞いたが」
「……何者かの術によって陛下の魂が此方に送られてしまったのです」
ひんやりとした奥の間は、一層暗く冷ややかさを帯びていた。
滝の前に位置する台座の上には、顔ほどもあろう大きな白い球体が置かれている。
その球体にはいくつかの金色のものが瞬いていた。
闇の中にいくつものまたたく……星?
これは、とウルリーケはその中のひとつを指して言う。
中でも一際大きなものだ。
「これは歴代魔王の所在を指すものなのです」
そして強大な魔力を持つ者ほど、この中で大きな輝きを放つ。
「私達はこれで陛下の現れになった場所を特定し、お迎えにあがるのです」
「ではこれがユーリの?」
ユーリは無事なのかと詰め寄るヴォルフラムに、いいえとウルリーケは首を振る。
「これは先代魔王陛下のものです」
「母上の……」
「国外となると場所はわかりませんが」
その時一瞬、球体を横切るように光が通った。
「!」
「ウルリーケ今のは!?」
「これは……陛下の?」
残像を追うようにウルリーケは目を凝らし、やはりと呟く。
ならば、とヴォルフラムが意気込んだ。
しかし、陛下がこの世界にいらっしゃるのは分かるのですが、国外となりますと……位置までは。
そう告げたウルリーケに、容赦なくヴォルフラムが食ってかかった。
「なんだと貴様、八百年も生きてきてそれくらいのこともできないのか!?」
「……は、八十歳ごときに言われたく、ないですねっ!」
八十歳と八百歳の睨み合い。
ぱっと見子供の喧嘩にしか見えない。
目尻に涙を浮かべるウルリーケに、ギーゼラがフォローを入れた。
「はいはいそこまでにしてください。閣下も大人気ないですよ、こんな年端もいかない女の子に向かって」
「女の子!?」
「女の子はいくつになっても女の子なんです! ね、ウルリーケ様? まったくもう、これだから男というものは」
頑張ってらっしゃるんですよね、とウルリーケの肩に手を置き慰める彼女を見て、なんだかどこかの女尊男卑がモットーの女史を思い出したヴォルフラムだった。
ヴォルフラムとて、ウルリーケが怠けているとは思っていない。
彼女は彼女ができる限りでユーリを探そうと尽力しているのも分かっているのだ。
半ば八つ当たりだったのを自覚していたので、ヴォルフラムは居心地悪そうに頬を掻いて、小さくすまなかったと謝った。
「ツェリ様と同じ国か……そうでなくても近くにいる、はずです」
母上の、とヴォルフラムは腕を組む。
『自由恋愛旅行』と称して旅に出ているツェリは、時々連絡を寄越すがその居場所は判然としない。
何か手がかりはないかと頭を捻り。
「……確か母上が貢物とか言って送ってきたのが大シマロン名義だったような」
「大シマロン、ですか」
ギーゼラが繰り返し、押し黙る。
よりよって大シマロンとは。
報告を受けたグウェンダルは、眉間を押さえて深々と溜息を吐いた。
報告書の内容はどれも芳しくないものばかりで、今後を考えると頭が痛くなる。
捜索隊は引き続き出すとして、大まかに把握できたユーリの位置はよりによってな場所で。
ユーリとはまた異なる世界からの客人はどうやら独自で動くようで、その動向もある程度探らなければならない。
「全く……どこにいったんだ」
誰もいなくなった執務室で、ぽつりと呟いた。
それを聞いていた人物は扉の外にいたわけだけれども。
人目の付かない一画に集まって、三人はグウェンダルの所にくる報告を盗み聞きに行っているテッドを待っていた。
「あ、来た」
「どうだった?」
「やっぱり面倒な事になってきたみたいだな」
苦笑交じりに盗み聞いた事を話す。
「ユーリが大シマロンねぇ」
「それでもってコンラートも大シマロンに……か。ますます不可抗力で捕まったってわけじゃなさそうだね」
「じゃ、俺達も行くか」
「そうだね」
ちょっと、とジョウイが止める。
「グウェンダルさんに、コンラートの事言わなくていいのか?」
「言ってどうにかなるわけでもないしな」
「余計な心労増やしたら可哀想じゃない」
いや、それって後で知った時に余計心労嵩むんじゃ。
そう思うジョウイをよそに、それじゃあ留守番よろしくと言い残して、テッドとクロスは城を出た。
***
最年長組も出発。
Troubles never come alone:禍一人行かず