<Don't put all your egg in one basket.>
ユーリは向こうの世界に帰っているし城の中の生活もそろそろ飽きたし。
というわけで旅に出よう。
思い立ったが吉日か、六人は少々の路銀だけもらって血盟城を出発した。
「くれぐれもお気をつけくださいませ」
お戻りを心待ちにしておりますとユーリ曰く『ギュン汁』を流しながら見送るギュンターを背に、目指した先は国境。
つまりは人間の国である。
最初は眞魔国の中を適当に回るつもりだったので、グウェンダルにはそういう風に話を通してある。
魔王ではなくとも双黒であるシグールが人間に見咎められれば騒動に巻き込まれるのは必然。
素直に「人間の国にいってきまーす」などと言ったら許可なんて下りない、絶対無理。
先頭をセノと並んで機嫌よく歩いているシグールを見ながら、テッドは疲れたように深く息を吐いた。
シグールの髪と目は、今はバンダナと眼鏡で隠している。
大体人間の国にまで足を伸ばす事になったのは、シグールが行きたいといったからだ。
おかげで外出許可を得る時に、バレやしないかと無駄にびくびくする羽目になった。
上っ面だけならどこまでも厚いテッドの嘘をそうそう見破れるわけなかったのだが。
それにしてもあんな目に遭ってなんでそう行きたがるか。
そう遠くない前の出来事を思い出してテッドは遠い目をする。
一応自分達も人間なのにどうして人の国にいくのに気を遣わなければならないのかという疑問はこの際置いておく。
眞魔国にいると、なんだか自分達が魔族寄りな気が……。
「楽しみですねー」
「ねー」
にこにこと笑顔を交わしながら話す二人を見て、まあいいかと肩の力を抜く。
大人しくしていれば、無駄な騒動さえ起こさなければ平穏な旅が送れるのだし。
そうそう、と一人頷いて、はたと気付いた。
「……それって不可能じゃないか?」
過去、旅と名のつくものでシグールが大人しくしていた事があったろうか。
「テッド、何一人で落ちてるの?」
「……何でも、ない」
クロスの言葉に力なく返して、テッドは肩を落とした。
そして旅に出ること暫く。
彼等はある事態に遭遇することになる。
<Don't put all your egg in one basket.>
宿屋の厩でテッドはせっせと馬の毛を梳いていた。
なぜって宿代を稼ぐため。
路銀はここまでくる間にほとんど使ってしまったので、資金は自分達で作らねばならなかった。
自分達の世界ではモンスターをぶち倒すという路銀調達方法が取れるが、ここではそれもできない。
もう少し貰っておけばよかったと少し後悔したが、居候の身なのでそこまで言えない。
かちゃりと宿屋の裏口が開いて、クロスが顔を出した。
「テッド、お客さんが来たからそっち開けて」
「わかった」
テッドとクロスは宿代の代わりに宿屋で雑用。
他の面々も、今頃どこかで働いて……いるのはおそらく二名だけだろう。
残りの部屋にいるであろう二名は言っても無駄だと思われるので放っておく。
やれやれ、とブラシを置いて、テッドは客の馬を入れるために場所を空ける。
あと数日で次の町に行けるだけの資金も溜まるかななどと考えながら厩の扉を開けると、外に十人ほどの人がいた。
太陽の光に眩しそうに目を細めながら、テッドは愛想笑いを浮かべて言う。
「お疲れ様です。馬を」
それに先頭の男が無言で頷き、数名が馬を引いて中に入れた。
全員がフードを目深に被り、傍目に見ても非常に怪しい。
馬を引く男の袖口から法石を埋め込んだ剣の柄が見えて、テッドは慌てて視線を逸らした。
柄に嵌め込まれていたのは石と、刻印。
テッド達がこの世界に着いてすぐに目にした物のひとつ。
(何で大シマロンの兵士がいるんだ?)
こんな辺境の地……眞魔国との境に程近い場所に。
しかもここは、大シマロンの領地ではないはずでは。
目を泳がせていたテッドの視線が一人のフードの男とかち合って、テッドは固まった。
フードの隙間から見える容貌は知り合いに酷似していて。
その男……コンラートはテッドに気付くと、すぐにまた視線を外した。
いつも笑みを浮かべていた顔は今は強張っている。
「行くぞ」
馬を入れ終えたのを確認すると、先頭の男が指示を出す。
前後を他のフードに挟まれる形で、まるで連行されるように宿屋へと入っていくコンラートは、すれ違いざまにテッドにしか聞こえないほどの小さな声で一言だけ残した。
振り返る事なく宿屋へと入っていった彼の後姿を、テッドは強張ったままの表情でみつめていた。
「コンラートがいたぁ?」
馬の世話を切り上げて部屋に戻ると、案の定シグールとルックの二人は読書に耽っていた。
テッドが今しがた下で見た人物の事を話すと、見間違いじゃないのと返答された。
普通に考えて見れば、ユーリの護衛であるコンラートがこんなところに来るはずがない。
テッド達が城にいた間、何度か視察で出かけた事はあったが、あんな怪しい格好をした上に知り合いを見て声をかけないはずがない。
そこから考えられる事はあまりない。
「……捕まった?」
「ここは国境から一番近い村のはずだから、国内にシマロンの奴らが入ってきたって事になるな」
「随分危ない橋を渡るねぇ」
魔族が人間に対して、人間が魔族に持つそれよりも幾分か柔らかい感情を持っているにしても、兵の侵入が見つかればただでは済まないだろう。
そこまでして彼等が欲しかった物はなんなのか。
……まさかコンラートじゃあるまいに。
「でもあの人の腕なら逃げることも可能じゃないの?」
縛られてるわけじゃなかったんでしょ、と本から顔を上げて問うルックに頷いて、テッドは口を噤む。
あれは捕らえられているというより寧ろ、自分から随行しているような。
そして、彼は確かにテッドに向けて言ったのだ。
「……『ユーリを頼む』」
「何、それ」
「すれ違いざまにあいつが言ってった」
ふぅん、とシグールの目が細められる。
何かを考えるように椅子の肘掛に頬杖をつき、しばしの沈黙の後、つと顔を上げた。
「ルック、テレポート」
「どこに」
「一度戻ろう」
ならクロス達を呼んでくるとテッドが部屋を後にし、残ったルックは疑わしげな目でシグールを見た。
「何かあるの」
「……嫌な予感がするんだよね」
すっごく面倒な事が起こりそうな。
両手を前で組んでそう言ったシグールの顔を見て、ルックは溜息を吐いた。
面倒事の割に楽しそうな顔してるじゃないか。
そう言ってやると、彼は至極楽しそうに微笑んだ。
***
コンラート離反編開始。
Don't put all your egg in one basket.:一つのことにすべてを賭けるな