<The men talks with their fist 2>
第四試合のヨザック対テッドは接戦の末にヨザックが勝利した。
しかしなぜか勝ったヨザックが落ち込み、負けたテッドが歓喜に震えている。
偏に次の対戦相手を見越してのことである。
試合に負けて明日に勝ったテッドであった。
が。
上機嫌で戻ってきたテッドの肩にぽん、と手が置かれた。
恐る恐る振り向くと、にこやかな笑みを浮かべるシグールがいらっしゃった。
「テーッドv」
「……何だ、シグール」
「負けたね?」
ふふふと黒いオーラを背後に背負いながら言う。
いや別に負けたからって何が悪いってわけじゃ。
「嬉しそうだったよね、負けた割に」
冷や汗を流しつつテッドは秒速で目をそらす。
その先でにやにやと笑っているクロスと思わず目が合って、げ、と顔を顰めた。
試合に負けた嬉しさに、ついポーカーフェイスを忘れていたらしい。
さあおいでと首根っこをひっつかまれてからその事を後悔するテッドだった。
勝っても負けても行く末は変わらなかったらしい。
テッドとシグールのやりとりの間にも、次の試合は始まっていた。
対戦組が五組と中途半端になってしまったのでひとつだけシードとなったラッキーな組み合わせを引いたのはグウェンダルとセノ。
いってらっしゃーいとどこかへ引き摺られていくテッドを見送ったクロスが視線を戻すと、見事な撃の応酬が繰りひろげられていた。
体格では圧倒的にグウェンダルの方が有利だが、セノは小柄なのを逆手に取って相手の懐に潜り込む。
それを交わして横から来るトンファーを剣で弾き返すグウェンダルの腕に、クロスは感心の声を漏らした。
セノの武器はこちらの世界でも珍しいらしいから戦いにくいだろうに。
横ではジョウイがはらはらしながら試合を見守っていて、ついつい口が滑った。
「大丈夫、セノが勝つよ」
その言葉に、きょとんとジョウイはクロスを見る。
なぜそんな事が分かるのか。
試合の状況を見るだけでは、どちらかと言えばグウェンダルの方が押しているように見えるのに。
クロスは撃ち合いの止まない止まない舞台上を見ながら笑みを浮かべた。
だって彼は。
「はっ!」
セノの突き出した武器がグウェンダルに掴まれた。
ぐいと引かれて咄嗟に手を離したが、前のめりになる形で相手の間合いに入ってしまう。
しまったと顔を顰めて一撃を覚悟し。
そこで、一瞬だけグウェンダルの剣が止まった。
その瞬きほどの隙を逃さずセノは体勢を立て直し、残っていた方のトンファーをグウェンダルの脇に叩き込んだ。
「試合終了!セノの勝ちっ!!」
ユーリの声でぱっとセノは表情を緩めてグウェンダルを見上げる。
思い切り入れてしまった。痣にならなければいいのだが。
「痛くないですか?」
「……ああ」
ふいと顔を背けて舞台を降りるグウェンダルに首を傾け、セノは落ちていた自分の武器を拾い上げる。
「やったねセノ」
「ありがとジョウイ」
おめでとう、と笑うジョウイに笑みを返して、先程の一瞬の隙について尋ねてみた。
見ていた彼等にもグウェンダルの剣が止まったのは分かったはずだ。
何ででしょう、とセノが言うと、クロスが笑いを堪えながら答えた。
「……彼ってね、小さいものとか可愛いものが好きなんだよ」
「ああ……」
「……なるほど」
ルックとジョウイはセノを見て、分かったように何やら頷いている。
「それって何か関係あるんですか?」
只一人、セノ本人だけはわかっていなかった。
「たっだいまー」
「……誰か、助けに、来たって、いいだろうが」
憔悴しきったテッドと楽しそうなシグールが戻ってきたのは、決勝戦が始まってからだった。
あれから勝ち上がったクロスとギュンター、ヨザックとセノによる試合が行われたが、先の試合では接戦の末ギュンターが勝利を納め、後の試合では体格差をうまく使って攻めたセノが勝っていた。
……本来セノVSヨザックの前にシグールとヨザックの試合があったのだが、シグールが行方を眩ませていたためヨザックの不戦勝となっていた。
探しに行けばよかったのだが、誰も探しに行こうとしなかったのだ。(というかユーリが探しに行こうとするのを他のメンバーが止めた)
触らぬ神に祟りなし。
ヨザックは本気で戦わなくて済んだ事を喜んでいた。
そして現在決勝戦の真っ最中。
少しギュンターが押し気味である。
「ギュンター頑張れー!セノもファイトだー!!」
単にユーリの応援のせいな気がする。
「なんだ、お前負けたのか」
「だって僕、勝ったらセノとだよ? 手合わせならやった事あるしさ」
どうせなら見れない組み合わせがいいじゃんと、クロスはぱたぱたと手を振ってみせる。
「それにギュンター強かったんだよね、流石眞魔国一の使い手なだけはある」
普通にやっても負けたんじゃないかなと言うクロスにテッドは乾いた笑みを浮かべた。
「だったら僕としない?」
僕不戦敗みたいだし、一試合しか戦ってないし。
笑顔でのたまったシグールに、隣空いてるしそれもいいねとクロスが同意して、二人はすたすたと隣の舞台に足を向ける。
一試合って、さっき人相手に散々棍振るってなかったか。
まだ戦り足らんのか?!
心の中で突っ込みつつ、やれやれとテッドも審判をすべくそちらへ向かう。
途中で止める人間が必要だろう。
「勝者、ギュンター!」
試合終了の合図で、セノは膝に手を付き肩で大きく息をする。
負けてしまったけれど、気持ちがいい。
顔を上げて、剣を鞘にしまったギュンターに笑いかけた。
「ありがとうございました」
「いえ、貴方も素晴らしい腕ですね」
素晴らしい試合ができましたと、ギュンターも朗らかな笑みで返した。
「ギュンター凄いのな!俺感動したよ!」
「陛下にそう言って頂けるとは、このギュンター天にも昇る気持ちでございます……っ!!」
駆け寄ってきて興奮気味に話しかけるユーリに、先程までの整った顔を見事に崩してギュンターは自分の世界に入っている。
本気でそのまま天に昇っていきそうな勢いである。
いつもの事なのでそれはそのままにしておいて、セノにも労いの言葉をかけようとユーリが視線を向けると、セノは横を向いていた。
「セノ?」
「ユーリ、あれ」
セノの視線の先に気付いたコンラートが促す。
その声は僅かに緊張を孕んでいて、ユーリは何があるのだろうと目線を動かし。
キィン、と高い音が静まり返った空気を裂いた。
残像が残る程の速さで繰り出される剣撃を全て棍で受け流して、流れるように攻撃に転じる。
クロスは突き出された棍を最小限の動きで交わすと、数歩後ろに跳び下がって間合いを取り直した。
ぎり、と棍を握り締める手に力が篭る。
動作の流れを確かめるようにくるくると棍を回し、余分な力を抜く。
間合いの外ではクロスも同様に剣を構え直している。
一見隙があるように見えるが、その実、気を抜けば今にも襲い掛かってきそうだった。
互いの視線が合ってクロスが口元を吊り上げる。
常に浮かばせているような笑みではない、戦場に身を置く者の目。
自分同様、獲物を求める狩人の瞳だ。
遠慮もなく向けされる殺気に背筋が粟立つ。
米神を汗が伝うが拭う事も無くシグールも凄惨な笑みを返した。
――――――楽しい。
同時に踏み込んでまた攻防を繰り返す二人を、一足先に気付いたヴォルフラムは声もなく見つめていた。
先ほどの試合でも手を抜いていたという感じはしなかったが、今のこれは別物だ。
張り詰めた空気がこちらまで染み出てきていて、ヴォルフラムは自分がいつの間にか拳を握り締めている事に気付く。
開くと、掌にはうっすらと汗が滲んでいた。
振り返ればギュンターとセノの試合は終わっており、全員が呆然と2人の打ち合いを追っていた。
「……ほんっと、戦わなくてよかったと思うわ」
引き攣った笑顔で言うヨザックに、テッドが苦笑で返す。
そもそもこの交流試合は親善目的という名目の元、実際は暇つぶし兼腕試しであって、決して手を抜くつもりはなかったが、あくまでもそれは試合としてだ。
今あの2人がやっているのは死合であり、勝つためでなく、相手を倒す事に本気で全力を注いでいる。
もちろんどちらかが少しでも気を抜けばばっさり……というのを本人達が分かっているかはまた別として。
さて、と肩を回してテッドはヨザックが持っていた剣を取る。
「何するんで?」
「そろそろ止めるかなーと」
すでに十五分以上打ち合っているわけで、いい加減気も済んだだろう。
つーか最初からあの二人でばかすか勝手にやってればよかったのでは、なんて考えてしまって、テッドは頭痛を覚えた。
片手にヨザック、もう片方に自分の剣を持ってよっこらせと舞台に上がり、テッドは剣を逆手に構えた。
「……テッド?」
「せーのっ」
掛け声と共にテッドは剣をぶん投げた。
しかも二本の剣は、それぞれがばっちしクロスとシグールの頭に狙いが定まっている。
「うわ―――――!?!?」
「テッド、気でも狂ったのか!!」
突然のテッドの行動に悲鳴を上げる眞魔国メンバー。
剣はどんどん二人に迫り。
がきん、と固い音と共に剣が叩き落とされた。
二人はたった今剣を弾いた武器を下ろして、テッドを恨みがましく見つめる。
「テッド、危ないじゃないか」
「止めるなら普通に止めてよ」
「普通に止めようとしたら命がいくつあっても足りんわ」
外から声をかけただけじゃ止まらないだろお前ら。
全く悪びれる事なく言い切ったテッドに溜息を吐いて、ありがとうございましたと互いに礼をして舞台を降りる。
ぐぅ、と腕を伸ばしてシグールが言った。
「あーすっきりした」
「そりゃあんだけ打ち合えばな……」
「傷治しますよ?」
「擦り傷と打ち身ばっかだから平気平気」
よくそれで済んだな。
先程までの殺気はどこへと言いたいほどに和やかな雰囲気を醸し出す一団に、こいつら本当に何者なんだと頭を悩ますヴォルフラムだった。
そんな中、ユーリだけは純粋に、凄かったなーと言っていたが。
眞魔国は今日も平和である。
***
手合わせ編。
相手を殺すつもりでやるのと単なる試合では違うよなーとか。
The men talks with their fist.:男は拳で語り合う