<The end justifies the means. >





ずきずきと痛む肩と腰を押さえ、テッドは悪態をつきつつ中庭へ続く道を歩いていた。

今日も今日とてアニシナの実験に付き合わされた。
アニシナだけならグウェンダルとジョウイを生贄に逃げる事もできるのだが、向こうにシグールとルックがついた時点でこちらに勝ち目はない。

嬉々とした笑顔で人の首根っこをひっ捕まえる彼から逃げられない自分が嘆かわしい。
それでも自分はまだマシな方かと、部屋で死んでいるだろう他二人を思って溜息を吐いた。

ふと、何かが風を切る音と歓声が聞こえて足を止めた。
どこからだろうと耳を澄ますと、どうやら少し離れたところにある近衛兵用の訓練所から聞こえてくるものらしい。
興味が沸いて、テッドは足をそちらに向けた。

近づくと兵士が固まって、何かを見ているようだった。
人の隙間から何人かの兵士が交代で矢を射っているのが見え、何をしているか察しが付いた。
訓練の合間を使って賭け試合、というところか。

戦争らしい戦争もなくこういうのんびりとした日は、訓練の手も緩むらしい。
娯楽があっていいなあとテッドは苦笑しながら、ふと最近弓を打っていないことに気がついた。

あまり触っていないと腕が鈍るんだよなぁ……と考えていると、中にいたヨザックがテッドに気付いて寄ってきた。
国外任務の多い彼だが、先日帰ってきてからはこうやって顔を鉢合わせるのも度々だ。
話して見れば最初の予想とは大幅に違って真人間だった事が判明し、甚く感銘をうけた記憶は新しい。
……まあ、女装は別として。


どうも、と片手を上げて挨拶してくるヨザックに、俺もやっていいかと尋ねる。
すると彼はにやりと笑って、どーぞどーぞと自分が持っていた弓を差し出した。

支給らしきそれは思ったより手に馴染んだ。
手にとって何度か弦を軽く弾くと、慣れた振動が伝わってくる。

ヨザックが何やら周りの兵士とこそこそ話しだしたのを見て、苦笑を浮かべながら的の前に立つ。
時々視線を向けてくるのを見ると、おそらくテッドの腕前を賭けているのだろう。
見た目十代の客人の力量がどれだけのものか。
これは気を抜けないなと一瞬薄く笑みを浮かべ、真剣な表情で弓を番えて的を見据えた。










どよどよとざわめく気配にテッドを探していたシグールが気付いた。
先はもちろん訓練場。
何があったのかと見に行くと、人垣の向こうに探していた人物がいて軽く目を見張った。

ぎりぎりまで弦を引き絞り、一瞬の静止の後矢が勢いよく放たれ、それは的の中央を射抜く。
僅かに斜めに傾いた構えは実践重視で編み出したテッドの構えだ。


おお、本気になっていると感心しながら見ていると、ヨザックが半分呆れた顔で近づいてきた。
「何なんですかあの人は」
あれじゃ賭けにも何にもなりませんよと肩を竦める彼に、シグールはけたけたと笑う。
そりゃあ的を外さないどころか中央からもほとんどずらさないのだから、賭けも何も成立しないだろう。
「最近腕が鈍り気味だからねー……」
かく言うシグールも、最近無償に棍を振り回したくなる時がある。
曲がりなりにも居候の身なので大人しくしているが、いかんせん自分達の世界にいた時に好き勝手したばかりだったのでその名残が。

そうこう言っている内にテッドの弓の音が消えた。
どうやら気が済んだらしい……それともシグールに気付いたのか。

半ば自然に割れる人垣を抜けて、テッドは二人に近づいてきてにかりと笑った。
「ヨザック、ありがとな」
いい気分転換になったと弓を返す。

苦笑交じりにドウイタシマシテ、と返してヨザックは今日はもう解散と他の兵士に声をかけた。
散り散りに自分達の業務に戻っていく兵士を見送りながら、ふとテッドはシグールの浮かべる笑みに気付いて苦笑する。
これは何かろくでもない事を思いついた時の笑みだ。

「テーッド、一人だけ気分晴らしてるのってズルイよね?」
背中に圧し掛かって首に手を回しながら、ね、と念を押すように言われても、普段お前はルックやアニシナと一緒に十分好き勝手楽しんでるだろうがと反論したくなるテッド。
……言わないが。

「というわけで、手合わせしよう!」
「……誰と」
「皆で」
ああまた厄介な事を言ってるよこいつは。

見れば、ヨザックもシグールの言葉に首を傾げている。
「皆って事は、俺達だけじゃないんだな?」
「どうせなら初めて戦う人ともやってみたいよね」
うきうきと言うシグールに、その了承を誰がもぎ取るんだと尋ねたら、笑顔でよろしくと言われてテッドはがくりと肩を落とした。
……まあ、特にやることもなく暇を持て余してるのは事実だし。

あいつらはまず乗ってくるだろうから、問題は……。
嫌な予感から逃げようとするヨザックの腕をがしりと掴んで、テッドはぶつぶつと算段を立て始めた。








***
手合わせ大会の始まり始まり。



The end justifies the means.:目的は手段を正当化する