「苦しんでる人のことを考えてるのかよ!?」
若い魔王の言葉を受け止めて、建国の英雄は僅かにその姿に昔の自分を重ねて微笑んだ。





<Sound argument is impracticable in real. 1 >





それは、セノが最初に尋ねた。
「ユーリ、どうして王様になったの?」
聞かれたユーリは少し真面目な顔になって答えた。
「俺が王様になって、戦争をなくしたいんだ」
真摯なその言葉にセノは首を僅かに傾け、そうなんだとだけ言う。
だがシグールが飲んでいたカップを置いて、真直ぐにユーリを見据えて言った。

「それは戯言だよユーリ」
「え」
「いくら君が平和を望んでも、戦争がないように一見見えても、それは真の平和じゃない」
単にそれをする利益がないか力がないかのどちらかだよと告げ、シグールはその黒目を細める。
いつも朗らかな彼のそんな冷たい言葉に、ユーリは眉をしかめたが、反論した。
「戦争はよくないだろっ、なんで互いに憎みあって殺しあわなきゃいけないんだよっ」
その言葉にシグールは答えず、傍らにいたセノが困った顔をして答えた。
「僕も戦争は嫌いだよ、ユーリ」
でもね、とセノは呟いた。

「仕方ない時もあると、思う」
「仕方ない時っていつだよ!」
ダンっと机を叩いてユーリが声を荒げた。
「そうならないように力を尽くすべきだろうっ!?」
「ユーリ、落ち着いて。俺も戦争はない方がいいと思います。みんなそれは同じですよ、ただ――」
ユーリの肩を何度か落ち着かせるように叩いたコンラートが、彼を含めその場にいた全員に告げた。
「――避けられないものをなるべく避けようとしても、無理な事もあるという事ですよ」
「でもっ」
「ユーリは知らない。焼けた村の人が何を望むか。家族を殺された人が何を訴えるか知ってる?」
問い掛けて、すぐにシグールは自分で答える。
「安全じゃない、平和じゃない、復讐なんだ」
視線を逸らさず真直ぐに見つめてくるシグールから、ユーリは目が逸らせない。
「人と人とは憎みあうものなんだよ、それを認めないと、だめだ」

「なんでっ――なんでだよっ、どうして憎みあわなきゃいけないんだよっ、みんな、みんな平和に仲良く――」
僕はねユーリ、と口を開いたのはジョウイだった。
「昔そう思って、努力した事がある」
「ジョウイ……」
 心配そうに見上げてきたセノに大丈夫だと微笑んで、ジョウイは続けた。
「結果として僕は、たくさんの人を死なせた。僕は自分の小さな幸せが欲しかっただけなのに。気が付いたら多くの人の命を奪っていた。平和って何かな、ユーリ」

そこで言葉を切って、ジョウイはユーリの口が開き何も言わずに閉じ、また開きかけるのを見て微笑む。

「君はそれを考えないといけない、それが王様ってものだと思う」
それを聞いて黙ってしまったユーリへ、それまで無言だったヴォルフラムが言う。
「僕はお前が間違っているとは思わない。お前はそりゃあへなちょこだが」
「へ、へなちょこゆーなっ」
「二十年前の戦争で大勢の兵が死んだ。僕は前線にこそは出なかったが、あんな思いはもうたくさんだ」
だから、それをなくそうというお前に考えには賛成だ、といわれてユーリはああ、と呟く。
しかし、シグールは容赦なく、言い放った。
「平和、平和と君が求めている物は本当に平和なのか」
「本当に平和って――」
「戦争の逆が平和じゃないよ」
ぴしゃりと言われて、ユーリはえ、と呟く。
眼だけでどう言う事かと尋ねてくる彼に、シグールは厳しい言葉を向けた。

「ユーリの故郷では戦争がないそうだね」
「あ、ああ」
「本当に? ユーリの生きている時代に偶々ないだけではなくて?」
それは真実だったから、ユーリは黙り込む。
「大きな戦争がなくても小さな紛争は? あるいはどの国も敵わないような強力な国があるとか」
それとも、とシグールは言葉を重ねた。
「誰もが食べ物を豊富に手に入れられ、同じ生活をしているの?」
どういう事だとヴォルフラムに問われ、シグールは机の上で指を組んだ。
「例えば、天災で国中が不作で食べ物がない。国民は飢え死にするばかり。他の国から食べ物をもらおうにも、どこも厳しくて譲ってもらえない。どうする?」
「そりゃ、なんとか説得を……」
「そういう時は略奪以外にどうするっていうんだ? 国の人が全て死んでも君はまだ言えるのか、戦争はいけないと? 守るべき人がいなくなって何が平和だって言うのかな」
「それはっ――!」
「僕なら迷うことなく軍を動かして圧力をかける。それで自国の人が救えるなら、卑怯者と罵られても構わない」

その考えは間違っているとユーリは言いたくてたまらなかったけど、口に出せなかった。
もしそうなったらと考えると、全然解らないけど、それでも、戦争は。
「それを起こさせないために臣下がいるんですよ、貴方は貴方の道を貫けばいいんです」
「……うん」
コンラートの言葉に元気なく呟いたユーリに、シグールが苛ただしげに目を細め、コンコンと指先で机を叩いた。
「一国は重い、責任は大きい。理想論だけで国は動かない」

「なら!」
声を張り上げたユーリは、彼にしては珍しく怒った様子で怒鳴った。
「自分の国だけ安定してれば、他の国なんて知ったことじゃないってことかよ!? 自分だけがよければいいのか? 違うだろっ、王様も貴族も平民も猫も杓子もみんな幸せに生きて平和な暮らしを楽しむ権利はあるだろっ!」

五人の視線がユーリに集る。
誰も、何も、言わなかった。

「シグールの言ってる事は政治家のオッサン達が言ってることと同じだ、苦しんでる人の事を考えてるのかよ!?」


永い沈黙があってから、シグールは溜息をついてもちろん、と答えた。
「僕はその人たちの苦しみと悲しみを知っている。だから僕は国を治めない。なぜなら、他の多くの民の平穏の前には少数の不幸は無視されることだから」
無責任な在り方ではあるけれど、苦しんでいる人がいる事を知りながらそれを切り捨てられる人間にはなりたくなかった。
「ユーリ、僕は戦争が良いとか君の考え方が間違ってるとか言いたいんじゃない」
ちゃんと聞いて、と言ってシグールは続ける。
「君は甘えてる。臣下にそしてこの国の豊かさに。僕は君に知っててほしい、国は思わぬところから揺らぐって事を」

永遠に続くと信じていた赤月帝国。
それが、あんなにあっけなく、それも自分の手で崩されるなんて思ってもいなかった。

「きっと君は、話し合えば何でも大丈夫だと思ってる。でも、その誠意が通じる相手はむしろ少ないってことを覚えておくべきだよ。だって君は」

言葉を切って、シグールは微笑んだ。
本当に、優しい顔で。

「まだ、十六なんだろう?」
「……うん」
「……だから、それだけ」
ごめん、なんか重い話になったねと、苦笑して立ち上がったシグールを見送っていたセノが、ぽつりと呟いた。

「シグールさんは、十六の時に、解放軍のリーダーになったんだそうです」
淡々と言うセノの顔は、無表情で、それでもどこか泣きそうだった。
「実のお父さんまで敵に回して、自分の手で殺して、自分の国の皇帝も殺して、国を基礎から全部崩した」
英雄と人は讃えるけれど、あの時彼は何を思って戦っていたのだろうか。
「いつも最前線で戦っていたそうです。誰より多く怪我をして、誰よりたくさんの敵を殺して」
どこかできっと、彼は悟ったのだと、セノは思う。
「きっと誰よりシグールさんは、戦いが嫌いで――でも、その正しさも知ってる」

すみません、と支離滅裂な自分の言葉に頬を染めて、セノはぴょこんとお辞儀をすると走り去ってしまう。
後を追うため立ち上がったジョウイが、その視線をユーリへと流して、本当に小さな声で――ヴォルフラムには聞こえないぐらいの声で――言った。

「裏切りの代償は、何より大切な人ですから」
それだけは絶対に、やってはいけない事だと僕は思いますよ。

その言葉は、ユーリに向けられたものではなくて。



 

 



***
う、わ、わ。
坊ちゃんがユーリをいじめているようにしか見えません。


Sound argument is impracticable in real.:理論は現実では空論だ