<Out of the mouth comes evil.>
「……で、僕に何の用事なの?」
「双黒の方、ぜひお力添えをしていただけまいか」
頭を下げたフォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェルを見下ろして、シグールはその瞳に危険な香りのする煌めきを走らせる。
そもそも、事の起こりはこうだった。
皆に慕われ可愛がられている魔王のユーリが一時帰省し、城内は多少静かに……なるかと思えばもう一人の双黒の人物・シグールが客人としていたので、皆の興奮は冷めることなく、入替り
立代わり違う城で働いている人間まで見に来る始末。
対してシグールも地ではなく接客用態度で接するものだから、ファンの数はうなぎ上りに増える一方。
そんな中、珍しい人物が顔を見せたのである。
「儀礼上の階級はグウェンダルと大差ありませんので……陛下がいないとどうしても門前払いは……」
すまなそうな顔でコンラートに呼ばれ、シグールが来客の待つ場所へと赴くと、そこには外見五十くらいの見目良い男性が待っていた。
「おお! まさに双黒!」
いい加減慣れていた反応を無視して、シグールはざっと男を一瞥、予め魔族似てない三兄弟から聞いた人物像と一致させ、年齢を×5して弾き出しテッドより年下との結論に達すると、花の様な笑顔を見せる。
「フォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェル、何か御用ですか?」
「お言葉も流暢か! いえなに、実はぜひ一度お会いしたいと思っておりましたな、かねてより招待状もさし上げていたのだが・・・」
シグールは恐らく握り潰されたであろう招待状の経緯を思い、苦笑した。
「申し訳ありません、招待状の数も半端ではないですので」
「ああ、当然ですな」
「ところで、何か御用ですか?」
ちゃっかり話を冒頭へと引き戻し、もう一度シグールは微笑む。
知る人が見れば既にダークオーラ別名「話をとっとと切り上げろ」オーラが出ているのだが、初対面のシュトッフェルに気がつけというのは無理難題。
「客人という事でしたが、何処のご出身で?」
「それは、秘密です」
「その双黒、その物腰、さぞ高貴なお生まれでしょうに」
「……まあ貴族ですが」
「やはり! 眞魔王は間違っていらっしゃらなかった!」
「は?」
首を傾げたシグールに、シュトッフェルは接近し彼の両手をぎゅっと握る。
「双黒の魔族が新しい魔王陛下。ならばそれは貴方です!」
「……は?」
「あの平民と気安く接する子供のはずが無い! 私にはわかるのです、貴方こそが真の魔王だ!」
シグールは無言でシュトッフェルを見上げる。
その黒い目が僅かに細まり、覗うような目つきになった。
シグールは知っている。
こんな目をした人間の事を。
「…………」
「シグール様! いえ陛下!」
「……バカ?」
たっぷりの蔑みを孕んだ声をぶつけられ、シュトッフェルは唖然とした。
「魔王はユーリだ、そんなの見ればわかる。百万歩譲って僕に資質があろうと、ごめんだね一国の王なんて、そんな割に合わない仕事はごめんだよ」
「し、ぐー」
「二度と」
その言葉と同時にシグールの拳がシュトッフェルの喉元に突きつけられる。
皮一枚の距離で止められたその右拳の指をゆっくり開き、冷たい指先で喉元を締めつける。
「二度と僕の名前を呼ぶな、今度その面見せたら」
ユーリの鮮やかな黒曜石の煌めきと全く異質の、冷たい冷たい光りを乗せて。
「喰ってやる」
***
……はい、シュトッフェル。
双黒の人物がいると聞いたら魔王に仕立てようと乗り込んできますとも。
……それが坊ちゃんなのが君の不幸。
Out of the mouth comes evil.:口は災いの元