<Nothing is hard to a willing mind.>
所持していた縫物を全てやってしまい手持ち無沙汰になったクロスは、どうしようかとアニシナに相談した。
初対面の際に編物がどうのと聞かれたので、彼女もまた趣味なのだろうと思ったからだ。
話を聞いた彼女は一つ頷くと、
「グウェンダルの部屋に毛糸がありますよ」
と言って合鍵をよこした。
グウェンダルといえば、似てない元ロイヤル3兄弟の長兄だったはずだ。
いつも眉間に皺を寄せている姿を思い浮かべれば浮かべるほど、毛糸や編物とは縁遠い存在な気がする。
けれどアニシナは彼の部屋に行けと行ったのだし。
勝手に入っていいのだろうかと思いながらも、普段いるはずの執務室にグウェンダルは不在だったし合鍵も貰ったのでまあいっか、とクロスは彼の自室に足を踏み入れる。
……一瞬部屋を間違えたかと思った。
家具は一貫して落ち着いた趣のあるものが揃えられているが、本で埋まった本棚の上や机など、そこかしこにファンシーな編みぐるみが置かれている事で部屋の空気が一転している。
それがまた、妙に部屋の空気に合っていた。
「うわー」
感嘆に近い声を漏らし、手近にあった編みぐるみのひとつを手に取った。
手の中でくるくると回しながら眺めて感心する。
きちんとひとつひとつの編み目が均等になっているし、繋ぎもしっかりできている。
これは相当の腕だ。
見かけによらず手先は器用らしいフォンヴォルテール卿グウェンダル。
「……っと、それより毛糸」
編みぐるみを元の位置に戻してクロスはきょろきょろと室内を探す。
ベッド脇の机に編みかけらしき毛糸が置かれており、その傍らにまだ封の切られていない包みがあった。
「これかな?」
がさりと封を開けて中身を取り出す。
これまた可愛らしいピンクの毛糸だった。
「…………」
「……何をしている」
殺気すら漂ってきそうな声が耳に届いてクロスが振り返ると、ドアノブに手をかけたままこちらを凝視しているグウェンダルがいた。
さすが軍人、気配がなかった。
手が力の入れすぎで震えているように見えるのは気のせいか。
クロスは内心しまったと思いながらも、開き直って笑みを作る。
「えーと……毛糸もらいに」
「鍵がかかっていたはずだが」
「アニシナが合鍵を」
渡された鍵を見せると、眉間の皺がまた増えた。
どうやら合鍵の存在を本人も知らなかったらしい。
やはりあの人の敵にはなりたくないなあとクロスは少々引き攣った笑顔を浮かべた。
「というわけで貰っていいですか」
「……好きにしろ」
どうも、と袋からいくつか取り出して部屋を出て行こうとすると、待て、と呼び止められた。
あ、お金いるんだろうか。
でもこっちのお金持ってないし。
やっぱり労働?
まだこっちの文字に慣れてないから文書仕事はできないんだけど。
「確か編物が得意だったな」
「あ、うん」
というわけで。
「ここをこうすれば……ね?」
「なるほど」
現在クロスによる編み物講座開催中。
無骨な指で器用に鈎針を動かし編み目を作っていくグウェンダルを、感心したようにクロスは横で眺める。
人の趣味は見かけによらないというが、彼の場合そうとう年季が入っているっぽい。
話を聞けば、師匠はあのアニシナだと言う。
気分転換と銘打たれて始めさせられたのが、いつの間にか定着してしまったらしい。
だから彼女がグウェンダルの趣味を知っていたのかと納得しつつ、
普段は無愛想で取っ付きにくそうな彼の意外な一面を見れて面白かった。
そうして、あまり経たない内にひとつ完成。
「うん、いい出来じゃない?」
出来上がったばかりの『ネコ』を手に取って素直に褒める。
ここでユーリあたりがいたらタヌキと称しているだろうが、クロスにはこれがきちんとネコに見えているらしい。
それも家事スキルのなせる業か。
教えた礼として毛糸と、それから出来上がったばかりのネコをもらってクロスは部屋を後にした。
ドアを閉め、携帯できるように編みぐるみの頭につけられたヒモをくるくると回しながら楽しそうに微笑む。
久々に趣味が同じ人に出会ったのが少し嬉しい。
今度お礼にセーターでも編んで渡そうかな、ルックのついでに、などと思いながら歩く足取りは軽い。
……もらった毛糸の色はピンクだが。
その後クロスが渡したピンクの上着をグウェンダルはとても嫌そうな顔をして受け取ったが、自室でそれを着ているのをコンラッドに目撃されてしばらくからかいの種にされたらしい。
***
意外な趣味だよなあ……と。
この点においてのみ、二人の息は投合しそうです。
Nothing is hard to a willing mind.:好きなものこそ上手なれ