<Tomorrow is another day.>
眞王廟に案内されたのは、一行が眞魔国に着いてから三週間程経った頃だった。
なぜもっと早くにと思わないわけではなかったが、向こうも色々と準備があったらしく、また突然の来訪で忙しくさせたの張本人達なので文句を言える立場ではない。
こちらですと巫女姿の女性に導かれて、六人は吹き抜けの回廊を進んでいく。
なんでもこの眞王廟は男子禁制が基本らしく、許可がない限りは例え高位の者であっても入ることは叶わないのだという。
唯一の例外が魔王、というわけだ。
荘厳な石扉の前まで案内されると、巫女が恭しく礼をしながら言葉を紡ぐ。
「ウルリーケ様、異世界からの客人をお連れしました」
それを合図とするかのように、観音開きの扉がゆっくりと開かれた。
押した様子もないのにどうやって開いているのか疑問だが、今はそれよりも重要な事があるので気にしない事にする。
中は、見上げなければ分からないほど高い位置につけられた日取りの窓から柔らかな日差しが差し込んでおり、それでもうっすらと暗かった。
涼しさを感じるのは清冽な空気故か、壁の一部から流れ落ちる水故か。
零れ落ちる水が小さな泉のように溜まっている中にある台座の上で、小柄な巫女がこちらを向いて立っていた。
床まで届く薄蒼い髪、額に輝く金の細帯。
見目はまだ十に達するかどうかという程度という少女。
ウルリーケが眞魔国随一の巫女であると聞いていたので、予想に反した姿に僅かに瞠目した。
最も、魔力の高さがそのまま巫女としての資質とされるなら、年齢は関係ないのかもしれない。
「貴方がシグール様ですね。私はウルリーケと申します」
じっとシグールを見上げ、本当に陛下と同じ黒髪黒目ですのね、と頬を赤く染め上げる。
……今までの神秘的な雰囲気は一体どこに。
内心の動揺などおくびも見せず、シグールは営業もとい軍主スマイルを向けて言う。
「この度はお手数をおかけします」
「いえ、そんな」
猫被りな笑顔を向けられ、彼女は更に赤くなった。
さすが一〇八人を集めた笑みという事か。
「ウルリーケ様」
引率の巫女にやんわりとたしなめられ、ウルリーケは少し膨れたように渋々シグールから離れた。
どうやら彼女、巫女にしてはかなりミーハーらしい。
外見に似合っているからまあいいか。
一歩下がり、改めて優雅に一礼をしながら彼女は名乗った。
「私、眞王廟を任されておりますウルリーケと申します」
お会いできて光栄です、とにこりと微笑む。
「眞王廟、というと……眞魔国を建国した眞王の記念館みたいなもの?」
クロスの言葉に、やんわりとウルリーケは首を横に振る。
「いいえ、ここには眞王の御霊が祀られているのです」
眞王は亡くなった後も魂としてこの国を此処から見守ってくださっているのです。
眞王の意志は託宣となって下る。
しかし聞けるのは決まった巫女だけであり、それが自分なのだと彼女は説明する。
「ですから、私はただ眞王の意志をお伝えするだけなのです」
「うわー……大変だねえ、眞王って」
「死んでからも仕事するんだ」
僕には無理だとシグールが感嘆したように言う。
俺は死んでからもまた働かされてるけどなとテッドは視線を斜め下に落とした。
けれど、とウルリーケは眉を潜めて肩を落とす。
「今回の事は眞王でも予想外の事だったようで……私の力も及ばず、申し訳ありません」
つまり、原因不明。
というわけで帰る方法もない、と。
流石に落胆の色を隠せない彼らに、申し訳ありません、とウルリーケは泣きそうに顔を歪ませる。
彼女の頭をそっと撫でながらシグールが微笑んだ。
「気にしなくていいよ、僕ら結構ここの生活気に入ってるし」
「……ありがとう、ございます」
目を潤ませながら言うウルリーケ。
しかしシグールの言葉の中には多分な意味が含まれているのを知っている犠牲者二名は、明後日の方を向く。
魔力を使っても平気だし変なしがらみもないし(シグール除く)寿命もそんなに気にならないから合っていると言えば合っているのだが。
……なんか、のびのびしすぎている感がある。
それでも帰る手立てがないからとウルリーケを責めても栓がない。
帰れないならいっそ楽しんでしまおうと思う辺り、本当に適応性の高い彼等である。
また遊びに来てくださいねと見送られ、一行は眞王廟を出て迎えにきたギュンターと合流する。
ユーリが現在「向こうの世界」に帰っており暇らしい。
馬車でがたごと揺られながら、セノはふと気になった事を聞いてみた。
「ウルリーケはずっと眞王廟にいるの?」
「はい、彼女は眞王の傍を離れてはなりませんので」
「……大変じゃない?」
「それが彼女の役目です」
「けどまだ十歳くらいでしょ?ああ、でも魔族だから五十歳くらいなんだっけ」
「彼女は八百歳ですよ」
見た目は少女ですが、とギュンターは付け足す。
何でも眞王の意志を伝える役目をになった時から姿が変わらないらしい。
驚く彼らにギュンターは笑う。
「貴方達も似たようなものでしょう?」
……まあ姿十代後半で三百歳もいる、が。
「テッドー?」
「なんか違う世界にいってるなあ」
その三百歳は、ギュンターの言葉からある人物を思い浮かべて自分の世界に篭っていた。
八百歳という言葉から、とある吸血鬼の彼女を思い出してしまったらしい。
シエラ=ウルリーケ。
どちらも八百歳。
でも中身は正反対……と思いたい。
どうか変な事になりませんようにと祈る彼は、その年代の人を誤解してるんじゃなかろうか。
***
ウルリーケは動けないので滅多に出てこれません。
Tomorrow is another day.:明日は明日の風が吹く