<A woman needs a man like a fish needs a bicycle.>
「グウェンダル! グウェンダルはいませんか?」
赤い悪魔がやってきた。
……が、それをまだそれと知らない哀れなスケープゴート六名。
「アニシナさん? どうしたんですか、グウェンダルさんに何か用でも?」
編物をしていたクロスが廊下を大またで威勢よく歩くアニシナに声をかけると、彼女はその顔にぱっと喜色を交えて言う。
「クロス、丁度良かった。今すぐ皆さんを集めてください」
「皆さんって、ルックたち? 何するんです?」
用意をしてきますからそこで待っていてくださいとクロスの言葉には答えず背を向けて、カッカッと足音を立てつつ宮殿の廊下を行くアニシナ。
首を傾げて見送っていたクロスは、とりあえず全員を集めた。
こっそり逃げようとしていたグウェンダルを引っつかみ、クロスは戻ってきたアニシナが手に持っていた不可思議な物体に首を傾げる。
「何、それ?」
アニシナの華奢な手に握られたそれは長さ拳二つ分くらいであり、色は鈍い銀に光っていて、端からコードらしき物が三本垂れている。
「これは「魔力はかるんく〜ん」です」
「……魔力測定装置」
「その通り! さあではまずグウェンダルから測りましょう!」
ぼそり呟いたルックに元気よく返し、アニシナはコードの先端をグウェンダルの左右のこめかみに額中央へと取りつけた。
「では測定開始っ!」
ガガガガ。
低い音が響いてきたが、特に痛いわけではなかったので、グウェンダルは眉を僅かに動かすだけに止める。
アニシナの発明品は大抵とっても痛いかとっても魔力を消耗するかのどちらかだが、どちらである様子もない。
最後にぴっこっぴこーんという可愛らしい音を響かせて器械はとまった。
「ふーむ……やはりグウェンダルの魔力はそこそこには高いようですね」
眞魔国最高峰の魔力を持つグウェンダルに向かってそこそことは果てない暴言だが、突っ込む人間はいない。
「では、クロス測りましょう」
「えーっと、こめかみと額ね」
先端を自分で貼り付け、アニシナが器械を作動させるのを面白そうに見ているクロス。
「クロスは私の少し下ですね、魔族としてはまあ普通よりちょっと良い、ぐらいでしょうか」
「えー、そこまで細かくわかるんだ」
「次、ジョウイいきましょう」
「……はい」
そんなこんなで全員測り終えた。
「素晴らしい! ルックの魔力はギュンターすら超えていますね! それにテッドとシグールもグウェンダルの上とは、これは先が楽しみです!」
ヴォルフラム遥か以下との結果が出たセノとジョウイは内心胸をなでおろしている。
グウェンダルの動揺ッぷりをみると、魔力が高くても良い事はないようだ。
「さてそれでは早速実験に協力していただきましょう!」
「何の実験するの」
「全魔力稼動装置れこぉど君一号です。これさえあればどんな音楽も自由自在に聞きたい時に聞く事ができます」
すばらしいでしょうと得意げなアニシナに、すごいと目を輝かせるシグール。
僕も見たい見たいとルックも言うので、ちょっと待っていなさいと言い残し、アニシナは疾風のようにその場から消えた。
グウェンダルがその後を追って外に出ようとし、クロスにむんずと引っ掴まれる。
「クロっ……」
「グウェンダルさん、やっぱり逃げたい理由があるんですね」
「アニシナはっ、あいつは悪魔だっ!」
「……ちょっと待て、ひょっとして俺達魔力高い組は実験台……」
「…………」
無言のグウェンダルの中に真実を見て、頬を引きつらせるテッド。
横で万歳と感涙を流しているジョウイを見て、シグールとルックが視線を交わす。
戻ってきたアニシナを、笑顔のシグールと目が輝いたルックが迎えた。
「僕も研究は好きなんだ、協力するよ」
「ああ、それはいいですね、ルックの協力は心強い!」
どうやらアニシナは、ルックは気に入っているらしい。
女っぽく見えるせいだろうかと全員が思っているが、強いて口には出さない。
「魔力の低い人でも使えないと有意義じゃないよね?」
にっこり笑んだシグールに言われ、アニシナは大きく頷いた。
「そうなのです、魔力の高い魔族は限られていますからね、世にあまねく気高い女性の便宜を重視して魔力の低い者でも使える装置を現在誠意開発中なのですよ」
「じゃあそこのジョウイなんて魔力以外は体力も気力も根性もたっぷりあるし、実験台に使えるね」
笑顔で非道なことを言い放ったシグールへ、絶妙なタイミングでルックが息を合わせる。
「生命力は保証する」
「そうですか、ジョウイは協力してくださるのですね、これも美しき女性達のため!」
声高らかにそう言ったアニシナは、召使に運ばせた奇怪な器械の端子を持って、テッドの手へと押し付ける。
「先ほどと同じ場所に装着なさい」
「あの……アニシナさん? 俺は問答無用なんですか?」
「何をしているんですか、早くなさい」
「…………」
「テッド、往生際悪いよ」
「この器械動くんですか? すごい〜」
「興味深いね」
「テーッド、何もたもたしてんの?」
「……シグール以下そこの四名覚えていやがれっ……!」
何かを噛み殺すような間の後に、それだけ言い捨てたテッドは端子を言われた通りの場所に装着し、アニシナがスイッチを入れる直前部屋をこっそり出て行こうとするグウェンダルに
いつか借りを返すと固く心に誓ったのだった。
「……今、悲鳴が聞こえたような?」
コンラートとキャッチボールをしていたユーリが手を止めて首をかしげると、コンラートは微笑して言った。
「気のせいでは無いですか? 俺には何も聞こえませんでしたよ」
「そっかー、そうだよな〜。よぉしじゃあ後二十球投げたらバッティングに移ろうぜ」
「はい」
ユーリに教えられたフォームで投げながら、コンラートは悲鳴の主がグウェンダルではなく、先日この城にやってきた茶髪の少年の物である事を薄々感づいていた。
***
赤い悪魔のアニシナさんは、私の永遠の憧れです。
今日もその素晴らしい精神で、世の男性を足蹴にして女性の理想郷作りに励んでいただきたい。
アニシナさんの実験台はグウェン・テッド・ジョウイです。
A woman needs a man like a fish needs a bicycle.:魚が自転車を必要としないように、女は男を必要としない。