<Actions speak louder than words.>
アニシナの先導によって一行は食堂へと案内された。
十数人もの人間が一度に座れる椅子の数など、ここくらいにしかなかったからだ。
それでも座れる場所がちゃんとある辺り、さすが城。
席に着いたところで、いそいそとメイドが茶を運んできて全員の前に置いていく。
ぱっとみ紅茶。
一口飲んだら美味かった。
「さて」
一息ついた所で、最初に口を開いたのはアニシナだった。
一番年長らしきグウェンダルは、その横で黙ってカップを傾けている。
どうやら場の主導権は完全に彼女に移ったらしい。
アニシナはぐるりと一同を見回し、シグールにひたと視線を据えた。
「貴方が陛下と同じ双黒を持つ御方ですね……貴方達の来たという世界では双黒は珍しくないのですか?」
「うん、結構いるね」
シグールが答えると、やはり異なる世界なのですねとアニシナは腕を組んで呟く。
次の質問がアニシナから飛んでくる前に、ユーリが興味津々といった様子で一番近くにいたセノに尋ねた。
「なあ、そっちの世界はどんな感じなんだ?」
「んー……別にこことそんなに変わってるようには見えなかったよ」
まだよく見てないから分からないけどと首を傾げながら答える。
書かれている文字は見覚えのないものだったが、古代文字やら方言を組み合わせれば解読可能なようだったし、人の服装も自分達とそう変わらなかったし。
細かい部分は色々違うかもしれないが、飛んで早々ドンパチやって眞魔国に連れてこられたので、今の所は何とも言えない。
なんだか机の端っこの方で展開され始めた和み空間はそっとしておく事にして、テッドは気になった事を聞いてみた。
「大シマロン……だっけ、にいた時に、向こうが魔法みたいなもの放ってきたけど、あれ何だ?」
ルックの風であっさりこなせる程度のものではあったが、魔法、に見えた。
けれど魔法を使えるのは魔族だけだと、大シマロンの古本屋で立ち読みした本にあったはずだが。
アニシナ自分の思考から戻ってきて、あれは法術ですと事もなげに言う。
「法術?」
「人間が使う魔法の一種ですね。貴方達の世界にはそのようなものはないのですか?」
「まあ、似たようなものは」
「それは興味深いですね、どんなものですか?」
アニシナが目を輝かせて体を前に出してくる。
「俺達の世界では紋章術というのが一般的だな。紋章球というのを専門の店で買ってつけてもらうと魔法が使えるようになる」
「誰でも?」
「威力に差は出るけど、大体は」
大掛かりなものになったり真の紋章のような特殊なものについては、話すと色々ややこしい事になるので割愛しておく。
一通り話を聞いたアニシナは、ふむと首を振った。
「システムは法術と似ていますね」
「その法術はどういう?」
「法術は鉱山で採れる特殊な石を使用しているのです。魔族はその石と相性が悪いので、魔族避けとして人間の国では至るところに埋め込まれていたりもします」
御覧になった覚えはありませんか、と問われて記憶を掘り起こす。
そういえば通りがかった寺院のようなものの壁に、光る石が散りばめられているのを見たような。
「……魔族の使う魔法の仕組みは?」
興味を持ったのか、ルックがぽそりと喋った。
そういえば魔法に関して一番知識と関心があるのは彼だった。
「魔族の使う魔術は法術とは全く仕組みが異なります。我々が魔術を使うというのは、この世界にいる精霊の力を借りる、という事です。
ですから魔術の行使には魔力……イコール魂の資質がなくてはなりません。この資質が高いほどより精霊の力を引き出し大きな魔術を使う事も可能となるのです」
「じゃあ、誰でも使えるわけじゃない?」
「そうですね。また人間の国では私達は魔術を行使することはできません。あくまでも私達は精霊の力を借りているのであり、眞魔国内はともかく人間の国の精霊を従わせるには非常に高い魂の資質が必要となるのです」
「なるほど」
「……テッド」
「つまり、魔術は精霊に頼み込んでその力を使わせてもらってるんだけど、人間の国の精霊はわざわざ魔族に力を貸す義理はないから使えないってわけだな」
「はあ……」
不便なんだねえ。
その後もお互いの世界について話をし、一区切りついた頃。
「ねえ、グレタその紋章術見たい」
「あ、俺も見たい!」
目を輝かせて言ったのは、今まで大人しく話を聞いていたグレタだった。
便乗するかのようにユーリも加わる。
まあ特に断る理由もない。
「別にいいよ」
「やったー」
「おい、まだ話が……」
「まあまあ、彼らも堅苦しい事ばかりでは疲れてしまうだろうし、いいじゃないか」
渋るグウェンダルをコンラートが宥め、アニシナが私も見たいですね、と言った事で、全ては決した。
場所を移して中庭。
さあどうぞと言われるものの、どの紋章を出すべきか。
期待に満ちた眼差しを向けられてはそうそう陳腐なものを出すわけにはいくまい。
「……いっとく?」
「何をだ」
わき、と右手を掲げながら言うシグールにテッドがチョップをかます。
こんな所でソウルイーターなんぞぶっ放したら、危険人物のレッテルを貼られるに決まっている。
そんなもの自分達の世界だけで十分だ。
それに、庭といっても石畳が敷いてあるし花壇には綺麗な花も咲いている。
これを壊すのには少々忍びない。
「じゃあ……無難なのを」
と言っても、全員つけている紋章は上位のものばかり。
「うわー……ハルモニア戦がアダになってる」
じゃあやっぱりここはひとつ、と再び右手を挙げるシグールを押さえて、結局決まったのは。
「切り裂き」
ルックの詠唱が終わると同時に、威力を最大限まで落とした風が木々を揺らす。
予め切る事に了承を得ておいた木の枝がぽとりと地面に落ちた。
「おー」
「すごいすごーい」
ユーリとグレタがぱちぱちと手を叩く。
無表情のままだが、二人に賞賛されてルックも気を悪くはしないらしい。
アニシナは切り落とされた枝の切り口を調べたりしながら、興味深いですねとぶつぶつ言っている。
どうやら彼女も根っからの研究者気質らしい。
「……何だ、この程度か」
ぼそりとヴォルフラムが呟いた。
おそらくユーリがルックを褒めているのが気に入らないのだろう、が。
間の悪いことに、それがルックに聞こえていた。
「……輝くか」
「うっわーーーーーーーーーーっ!!」
詠唱に気付いたジョウイが慌ててルックを後ろから羽交い絞めにする。
「はな、せ」
無表情のまま、しかしそこそこ付き合いの長い仲なので、怒っているのがよくわかる。
「〜〜〜っ……ルック、それはまずいからやめておけっ!!」
足を思い切り踏まれても離さなかったジョウイにここは素直に賞賛しておこう。
ルックの様子に気付いたクロスが苦笑して、歩み寄るとべりっとジョウイを引き剥がして笑いかける。
「ルック、さすがにここでそれやると花壇が危ないでしょ?」
いやそういう問題じゃないから。
「……むかつく」
それだけ言うと、ふいとどこかへすたすたと歩いて行ってしまう。
「もしかして、何か怒らせちゃったかな?」
不機嫌そうなルックの後姿に、ユーリが恐る恐るクロスに問う。
ヴォルの言葉は聞こえていなかったらしい。
「あールックはあんな感じが普通だから気にしなくていいよ」
追いかけますかと笑ってクロスもまた中庭から出て行った。
それを見送ったところで、さて、とシグールが軽く腕を回した。
「ついでなので僕も一発」
「……おい、シグール」
「だいじょぶだいじょぶ」
裁きはやんないからーとぱたぱたと手を振って、シグールは枝を調べていたアニシナに声をかけた。
「アニシナさーん、その枝投げてもらえます?」
「わかりました、いきますよ」
ぽい、と高く投げ上げられた枝に指を据えて、シグールは、言葉を紡いだ。
「黒き影」
言葉と同時に黒い何かが枝に纏わりつき、収縮する。
闇が消えた時、その空間には何もなかった。
「うん、こんなものかな」
「……すごい」
「なんと素晴らしいのでしょう!」
アニシナが興奮気味に言い、空間がどうのこうのと目を輝かせている。
「結構凄いでしょ?」
にっこりとヴォルフラムを見ていうシグール。
どうやらあの言葉、この人にも聞こえていたらしい。
***
紋章関連。
あまり鵜呑みにしませんよう(でもこんな感じ)
ハルモニア殲滅時に上位紋章ばっかつけさせたのでこんな所で困る羽目に。
Actions speak louder than words:行動は言葉より雄弁に語る