<Ill news travels fast.>





ぐるぐる回転する光源、水、景色、頭、脳みそ。
……いや、脳みそはまずいだろうな脳みそは……


「ぶはっ!?」
喉の奥まで浸入していた水を吐き出して、抜けるような青空をテッドは見つめていた。
「な……?」
一体何が。
もしかして俺だけ気を失って引っ張り上げてもらって?
……いや待て、トトの天気は薄曇りだぞ、丸一日寝てたのか俺。
「そうだ、シグールっ!?」
起き上がって周りを見回すと、大方似たような状態で倒れていた。
とりあえずすぐ近くに横たわる黒髪の子を揺らすと、ぼんやりとした声でてっどぉ?と返ってきて胸をなでおろす。
「生きてたか……」
「ここ、どこ?」
むくり起き上がったシグールは、周囲を見回して呟いた。

それは俺も問いたい。
テッドは無言で同意する。

彼らの寝転がっていた場所は、どこかの路地裏。
下は思い切り石畳。痛い。
「起きろクロス」
「ん……って、何ここ」
「ジョウイ、セノ」
「ルーック、起きて」
テッドとシグールが起こして回る事しばらく、状況を全く理解できていない六人がそろった。
「ここ、どこなの?」
「……少なくとも僕たちのいた時代じゃないね」
既にテレポートを試みて失敗ルックが呟くと、うへえとジョウイが顔をしかめる。
「テッドっ」
「いや、俺のせいかっ!?」
水に落ちたのはともかく、渦に巻き込まれたのも俺のせいなのかっ?
というか……

「……あれ、俺達渦に引っ張られて落ちたんだよな」
「「うん」」
「って事は、ここは洞窟の下、若しくは水の流れ出る場所であるべきだ」
「「うん」」
「なのになんで路地裏なんだ?」

「「さあ?」」

「…………」

首をそろって傾げてそう言った一団に寒い視線を向けて、とりあえず様子を覗おうとテッドは路地裏から路地へと出る。
「……なんじゃ、こりゃ」
思わずそう言葉が漏れた。

「なんて書いてあるんですかー?」
目の前に立つ看板を見てセノが問う。
「僕は知らない文字だね」
「……僕も読めない」
「え、ルックも?」
驚いたジョウイがテッドへ視線を向けると、眉を寄せていたテッドも首を振る

「俺も読めない……って事は少なくとも俺たちのいた大陸じゃないな」

「「Σ( ̄□ ̄|||)」」

「さらに言うなら、どうやって帰るんだろうな?」

「「Σ( ̄□ ̄|||)」」

「……ま、それは追々考えるとして、絶対ポッチは使えねぇな」

「「Σ( ̄□ ̄|||)」」

「そ、そ、それは一大事だ!」
「お酒も飲めないし賭け事もできないっ!?」
「食事も取れないしベッドでも寝れないのっ!?」
「文字読めないって事は本が読めないって? 冗談じゃないっ」
「朝市で安物漁りとかもできないの!?」

「……お前ら……何を基準に生きてんだ……?」
五者五種の反応に呆れ返ったテッドだったが、好奇な視線を向けられている事に気が付いて苦笑する。
「お前ら……どこのモンじゃね?」
しげしげとテッドたちを見つめ尋ねてきた老人がいた。
「あ、通じる……じゃなくて、俺達は旅の途中でですね」
「旅? そうかそうか、観光のモンじゃな。しかしテンカブはまだじゃぞ」
「テンカ……? いや、まあぶらり旅をですね」
「そうかそうか、出身はどこかね? 小シマロンか?」
「いや、ばらばらで」
「ふーむ? まさかマゾクじゃあるまいな?」
「マ……? いえ、人間です」

本当か? と心の中で突っ込みが入ったが保留にしておく。
マゾク? まさか魔族?
……あ、近いかもしれないけど、じゃない。

「あの、すみませんあそこなんて書いてあります? 眼がちょっと調子が悪くて」
「あれは「宿屋」じゃよ、大丈夫かお若いの?」
「いえ、平気ですありがとうございます、ご親切にすみません」
営業スマイルを向けておいてから、テッドは老人に教えられた「宿屋」の看板を睨む。
「……宿屋だとよルック」
「……まあ、完全に外れてるわけでもないね」
「読めそうか」
「うん、なんとか」
「よし、それじゃあ俺とお前はとりあえずここが何かを探りに古本屋。残り四人は職を探して来い」
「僕も本屋行く」
「読めるのか」
「読める」
名乗りを上げたシグールが頷くと、じゃあ三人よろしく、と言ってテッドはルックとシグールを促して通りを歩いていく。


「いやはや……驚いたなあの適応能力……」
「さすがだねー」
「じゃあ宿の厨房の仕事でももらおうか」
腕まくりしつつ臆せず宿に入っていくクロスを見て、この人もスゴイと思ったジョウイとセノだった。










目眩は気のせいじゃないらしい。
ルックはふらつく頭を押さえて要点を五人の前でまとめた。
ちなみにここはクロスたちが雇ってもらった宿、の酒場。
真昼間なので閑散としている。

「とりあえずここは大シマロンって名前の国」
「……聞いた事ないね」
「別世界だからな」
さっくりと切ったテッドに促され、ルックは続ける。
「この世界には「人間」と「魔族」ってのがいて、魔族は魔法を使うらしい。仲はめちゃくちゃ悪い」
「因みにここは人間の国だな。残念だな魔族の国じゃなくて」
「? なんでです?」
「魔法を使ったら魔族ってことになるから、即行取り押さえだ」

全員が自分の紋章を見た。

「今いる国、大シマロンは名前の通り広いみたいだな。隣接して小シマロンがある」
「あと、魔族は人を喰らい町を焼き尽くす恐ろしい存在みたいだね」
「まあどこまで真実はかはおいといてな」
さらりと一応の状況説明が終わったが、肝心の内容がない事にジョウイが突っ込む。
「……で、僕達はなんでどうしてこんな所に」
「それなんだが、人が突然現れるなんて話はどこにも書いてない」
「え」
「前代未聞ってやつかもね」
「うぉーい」
「ただ、魔族は魔法を使うんでしょ? 何か知ってる可能性はある」
飛んだのは始まりの紋章が封じられていた所。
魔法関係で繋がっているのかも、しれない。

「って事は、魔族のところへ行ってこんにちは?」
「……になるのかな」


うへえ。
なんだかとほーもない事に巻き込まれた気がしたが、仕方ない。
取りあえず路銀かせいで何とかしようと全員が腹を決めた矢先、宿前で怒声が響く。
「ちょ、ま」
テッドの制止も聞かず、矢の如く飛び出していくシグールにクロスにセノ。
喧嘩を止めようというボランティア精神に溢れているのはたぶん最後の一人だけ。

やれやれとテッドとジョウイが立ち上がり、一人動かないルックは荷物番にして、外へ出てみると。

「……やってる……」
 予想通り、シグールとクロスとセノにより、地べたへ叩きつけられた男三人。
「何しやがるこの餓鬼!」
「道端で喧嘩はないでしょ」
「弱い人いじめちゃいけないよ」
「ほんと、いい歳してなにやってんだが」
自分棚上げし、ぐいっと肩を回して言ったシグールの後ろで、男が立ち上がった。

「シグール!」
とっさに足に力をこめるテッドの腕をぐいと引っ張りジョウイが止める。
それとほぼ同時に、覆い被さってきた男の腕がシグールのバンダナのみを引っ張り、当のシグールは身体を低くして見事に後ろ蹴りを叩き込んでいた。

のだが。

「まっ……魔族だ!」
「ソウコクの魔族だっ!!」

「「……はい?」」

突如上がった悲鳴に状況が理解できなかった五名は。
外の騒ぎにのこのこ出てきたルックもろとも……あっという間に、兵に囲まれた。










はぁぁぁぁぁ。
逃げ惑う人々の叫び声を聞き、状況が理解できたルックは溜息を吐きつつ、風の魔法を振るう。
「双黒の魔族だってさ、あんた」
「僕魔族じゃないんだけどなぁ」
そう言いながらソウルイーターを使うのは人としてどうだろう。
ルックはそう言いたかったが止めておく。

無論、兵が二十だろうが三十だろうが、つい先日五千のハルモニア兵を壊滅させレベルが盛大に上がっていた彼らの敵ではない。
「つまり、双黒の魔族は魔族の中の魔族ってことか」
「たぶん魔族を魔族たらしめる魔法の力が強いんじゃない?」
「そーいえば黒髪の人いませんねえ」
「そっかーじゃあ期待に添うように大盤振る舞いしなくちゃね☆ "冥府"っ!」

笑顔で振るうなそんなもん。


そんなこんなで軒並みべったんばったんなぎ倒す一行。
まるで敵にならない。
途中、新たな部隊がなんだか変な術使ってきたけど、ルックの風であっさりサヨウナラ、だ。

いっそ敵も来なくなったりしてきた辺りで、どーするこの惨状、とテッドが考え出した半端。

「貴方達一体何を――そっ、双黒のお方っ!?」

町の外れからマッハスピードで走ってきた(注:足で)薄紫色の髪を持つ、超絶美形の三十代半ば(推定)の男性が、途中から裏返った声でシグールを指差した。
「えーっと、君は?」
「うわー綺麗な人だ〜」
「うんそうだねってか紫……?」
紫の髪はこっちではありなんだろうか。
思い悩むジョウイはさておき、シグールの警戒半分の問いかけに、その男性は恭しく一礼をした。
「これは失礼をいたしました。わたくし、フォンクライスト卿ギュンターと申します」


「「……はい?」」


 

 

 

 




***
こんな感じでスタート。
はい楽しい楽しい新シリーズ♪


Ill news travels fast.:悪事千里を走る