<Wデート>



「休みだよ休み、おーやーすーみ!」
バンバンとソファーを叩いた佐助に、うるせえと政宗は一喝する。その視線はパソコンのスクリーン、その手はキーボードの上だ。
「暇な学生は遊んでろ! ああくそっ、小十郎この資料ぜってぇ間違ってんぞ!」
「俺様暇じゃないよ! でも遊びにいきたいじゃん!」
ソファーでじたじたした佐助の横で、幸村がはむはむとクッキーにぱくついている。ちなみにそれは今朝方政宗が焼き上げたものである。
「すみません政宗様。きつく注意しておきますので」
「Shit! Freezeしやがった! もうやる気しねぇ! 幸村!」
「はいでござる」
パソコンをバタン! と閉じて叫んだ政宗に、幸村はしゅたとクッキーと湯のみをセットで渡す。ちょっとだけ表情を緩めて、政宗はクッキーにかぶりつく。
「遊びにならチカとか元就とかバイト仲間とかいるだろうが」
舌打ちする政宗に抗議しようとすると、すまなそうに幸村も眉を下げる。
「某も基本的に練習が入ってるでござるよ」
「……片倉さんは」
最後の頼みの綱にちらっと視線をやると、そっけなく返答された。
「俺は仕事だ」
「……」
しゅんと萎れた佐助に舌打ちしながら政宗は肩をすくめる。

「だいたいお前だってバイトだろうが」
「明日と明後日はあけてたの!」
「明日か……幸村は休みだったな。小十郎」
ちらりと視線を向けられる前に小十郎は手帳を捲っていた。
「空きますが」
「OK、じゃあ一日だけ都合してやる」
寛大な俺様に感謝しろよ、と笑った政宗に佐助は「やったー!」と抱きついた。

「さすが政宗様! 愛してる!」
「張り付くな暑苦しい。どこ行きたい、幸村」
べりっと佐助をひっぺ剥がして政宗が尋ねると、間髪いれず幸村は目をキラキラ輝かせて叫ぶ。
「某、水族館に行きたいでござる!」
「デートでも行ってないのに! 行く!」
 佐助も目を輝かせて賛成し、じゃあそれで決まりだなと頷いた政宗は楽しそうな笑顔で小十郎を振り返る。
「だとよ」
「あの我々は」
「当然有給だ」
 俺の分も言っとけよ、と言われて小十郎は溜息をついた。


















 佐助は、助手席で蒼白になっていた。
「Let's GO!」
「イーヤーァ!!」
高速道路をぶっ放されつつ、佐助は出発前を胡乱に思い出す。
ナビも付いてるし問題nothingだぜ! と政宗が言うと幸村はたったかと後部座席に、さらに言えば運転席の後ろに乗り込む。
そういえば旦那はあそこが好きな位置だったなぁとか佐助がほのぼの思っていると、小十郎は無言で幸村の隣に乗り込んだ。
「あれ?」
俺様助手席? とか思いつつ助手席に乗り込んだ佐助を確認し、とっくに準備万端だった政宗は。
「皆乗ったな……let's PARTY!!」
楽しそうに口笛を吹いて、CDをかけるとアクセルを踏み込んだ。
そこまでは良かった。

確かに政宗はスピード狂なきらいがあったが、精々が大通りを時速百キロ程度である。いや十分に違反なのだが。
そして佐助は、政宗の運転する車で高速道路に乗った事がなかった。
だから知らなかったのだ。
「ままままま政宗! 時速何キロですか!?」
「大丈夫だ、サツに捕まるヘマはしねぇぜ!」
「捕まらなきゃいいってモンじゃネーよ! だ、旦那!」
「今は百六十キロでござる」
後部座席から固い声が返ってくる。佐助は時速を聞きたかったわけじゃないので、余計にパニくった。
「ちょ、やめてよ政宗! スピード落として!」
「問題ねーって。おらいくぜー!」
「ヤーメーテー!! か、片倉さんも止めて!」
「猿飛……」
しっとりとした恋人の声で佐助はちょっとだけ落ち着く。ちょっとだけだけど。
「怖いなら目ぇ閉じてろ」
「よ、余計怖いよ!」
「〜♪」
隣でBGMにあわせて鼻歌を歌う政宗が憎い。
冷や汗をだらだら流しながら、何だって後部座席の二名がさっさと助手席を自分に譲ったかが分かった。
助手席は、一番事故死しやすい。

「ま、政宗お願いだから遅くして!」
BGMに負けじと声を張り上げる佐助の横で、政宗はとんでもない暴挙に出た。
鼻歌を歌いつつ。両手を、上に。
「Hey hey!」
「ギャー!!」
佐助は叫んで頭を抱える。
どうしようこの馬鹿。

「ま、政宗殿! 手はハンドルに!」
「政宗様! 小十郎の心臓を止めるおつもりか!」
 流石に後部座席二名も、時速百六十でぶっ飛ばしつつ両手を上に上げた政宗には注意をする。先ほどと顔色が違う。
「Ah〜? ぎゃあぎゃあ言うんじゃねぇよ、これぐらいは平気だって」
「やめてくだされ!」
「やめてください」
「Hey hey!」
いつか事故るぞお前、という心の叫びを口にすら出せず、佐助は残りの道中ぴるぴると震えていた。
二度と政宗に高速運転はさせねえと心から誓ったのも事実だったりする。












昼食を水族館のレストランの海鮮丼で済ませ、早速駆け出した政宗と幸村を追って佐助も走っていってしまう。
その後を小十郎はゆっくりとついていくことにした。
休暇のために仕事の埋め合わせを後日するのかと思うといささかアレだが、政宗と佐助が楽しそうならばいいかと、この男にしては珍しく色々放り投げる。
それにしてもそんなに急いでどこに行ったのか、と思案していると、幸村が車の中で騒いでいたことを思い出した。
『某、マンボウが見たいでござる!』
マンボウ。
のんびりと海に浮いている魚で、身を守る術はその巨体ぐらいなもので、たしか三億匹の中から一匹程度しか生き残れない、とかそんな魚だ。
さぞかしのんびりしているのだろう、それを見て癒される人も多いに違いない、とか現代社会に思いをはせつつ、案内を見ながらマンボウの所へ向かった。

もちろんどこがマンボウの水槽か迷うことはなかった。
三人がべったり水槽に張り付いていたからだ。
三人の中で一番背の低い幸村ですら百七十はある。そんな大学生三人が水槽に張り付いていたら当然目立つ。
なんとなく声をかけたくなかったので、小十郎が無言で少し背後に佇んでいると、ぎゃあぎゃあと三人が喚いているのが聞こえてきた。
「キモっ! マンボウキモっ!」
「ここ、怖いでござる!」
「Cool! おいちょっと離れろ幸村、写メするぞ写メ」
「撮るのでござるか!?」
「待ちうけにする!」
「げ、政宗頭おかしいよ! だってこのマンボウ明らかにメンチきってんじゃん!」
「そこがまたcoolだぜ!」
 騒ぐ三人とは他人を決め込みながら、小十郎はちらりとくだんのマンボウへと視線を向ける。
「…………」
うっかり、視線が合った、気がした。
ぽかり、あんぐり、というよりはだらしなく開いた口。
虚ろな目。漂いつつ水槽に衝突している巨体。
傷だらけの体……
「…………」
見るんじゃなかった。
自分の中のマンボウ像を完膚なきまでに破壊したそのキモ怖いマンボウから目を逸らし、小十郎はもう一度だけ目を閉じて後悔をした。


「片倉さん」
ふいに至近距離で声が聞こえる。目を開けると佐助が顔を覗き込んでいた。
「疲れてる?」
「いや」
「ごめんね、片倉さんはほんとはお休みじゃなかったんだよね」
へなりと眉を落とした彼の頭をくしゃくしゃなでる。
「息抜きにはなる」
その言葉に佐助が顔を上げて、何か言おうとした時。
「小十郎! 佐助! ショー始まっちまうぞ!」
「早くするでござるよー」
「…………」
いい度胸だ、と小十郎が呟いたかは定かではないが、とにかく四人はショー会場へと向かう。
通称イルカーショーはどこの水族館でも似たようなことをやっているだろう。それはここも同じだった。
「政宗殿っ!」
「おう、わかってんじゃねぇか幸村ぁ!」
きらきら笑顔の幸村に親指を立てて、政宗は迷わず真っ直ぐに最前列へと向かう。
「あ、待ってよ二人とも!」
俺様も! と佐助がたったと後をついてくる。

間近でみる水槽は圧巻だ。
すーいすいと目の前を泳ぐイルカは予想よりだいぶ大きい。
「ここ絶対濡れるよねー」
ワクワクという言葉が相応しい笑顔の佐助に、政宗もにやりと笑った。
「むしろ濡れるのが目的だろ!」
「政宗様! ここは床が濡れております! 確実ですぞ!」
嬉しそうに明らかに濡れるであろう位置に陣取っている三人を眺めなだが、俺はあの年のころあんなに馬鹿だったんだろうかと思いをはせつつ、小十郎は大人しく確実に濡れぬ位置に陣取ろうとした。したのだ、三人が振り向かなければ。
「片倉さんもこっち!」
「……いや」
「来なされ片倉殿」
「だから」
俺は行かねえ、と主張しようとしたのに。
「来い、小十郎」
主に笑顔で手招かれては、行くしかなかった。

かくして。
ユーモラスというかどことなく哀愁すら漂う前座のアシカショーの後のイルカショーは大盛り上がりだった。
イルカ達が水面から飛びそしてまた潜る姿は圧巻だった。
それはもう、大きなイルカが一頭。堂々と飛び、そして頭からではなく全身を水面に打ちつけるようにして水の中に潜った瞬間のテンションは最高潮だった。
最前列の三名ほどに限定するが。
「……」
無言でハンカチを取り出した小十郎の頭に、ぱさりと政宗がタオルを投げる。
「用意が良いですな」
「もっと褒めろ」
得意げに笑った政宗は、佐助にもタオルを投げている。
「ほら、ちゃんと拭け幸村」
幸村の頭の上にかけたタオルを引っ掴んでわしわしとやる政宗に、自分でできるでござる! と幸村は頬を赤らめる。
「政宗殿こそ濡れていらっしゃる!」
きちんと拭かなくては風邪を引きますぞ! という幸村はじゃあ濡れないように最前列から退くと言う発想はなかったのだろう。そんな幸村に微笑んで、政宗も自分の髪を拭く。
客もあらかた出て行ったころに、ようやく落ちてくる雫がなくなって、四人は会場を出た。
「よし、じゃあな小十郎」
入口前で爽やかに政宗が言い切った。
「政宗殿、某はもう一度マンボウを見たいです!」
「Me too! んじゃ、三時間後に土産店前で!」
「あ」
すたたたた、と走っていってしまった政宗と幸村を止めきることなどできず、あっさりと二名は走っていってしまう。
もちろん残されたのは佐助と小十郎だった。
「行くか」
「あ、う、うん」
溜息をついて小十郎が歩き出せば、後ろからとことこと佐助がついていく。
意識せず大股になっていた小十郎の後ろからぱたぱたと走る音が聞こえて、漸くそのことに気が付いた。
「片倉さん」
ゆっくり回ろうよ、と笑われて、小十郎は苦笑して歩調を落とした。



真っ暗なコーナーに足を踏み入れて、佐助は唐突に不安になる。
前を行く人の背中がかろうじて見えるところで、慌てて駆け寄った。
「へえ……」
左右に並ぶ水槽の中にいる生物はどれもこれも面白い形をしている。
深海魚コーナーだけあって、奇怪な魚達が多い。
そして当然のように照明は最低限に抑えられていて、ぼうと暗闇の中に浮かび上がる魚達がやけにくっきりと見える。

小十郎は熱心に水槽を覗き込んでは、説明を読んで納得するような顔をしている。
水族館なんて子供っぽいかとわずかに危惧していたのだが、思いのほか楽しそうだったので佐助は少しほっとした。
「凄いねこれ」
「ああ」
「…………」
思いっきり生返事を返されて、佐助はくすりと笑った。
この人のこういうところは嫌いじゃないのだ。
けれど会話が交わされるわけでもないので、佐助の視線も魚へと向かってしまう。
それはもちろん楽しいけれど、なんだか少し惜しい気がした。

佐助は無言で手を伸ばす。
小十郎は優しい人ではあるけれど、猛烈にテレ屋でもあると思う。
ぎょっとするぐらい恥ずかしいことをしたりもするけど、基本的に人目につくところで手をつないだり抱きしめたりされたことはない。
もちろん佐助もそんなことを積極的に望むほどではないけれど。

恐る恐る伸ばされた手が小十郎の腕に触れる。
何も言われないのをいい事に、そっと彼の腕を掴んだ。
腕を組むほどじゃないけど、薄暗くてみんなの視線が水槽にいっているんだから、これぐらいならいいよね、と自分に言い聞かせる。
「か、片倉さん」
「なんだ」
「ううん」
振り返った小十郎は佐助の手を振りほどくなんて事はしなくて、それだけで凄く幸せになれた。
もっとも、一歩明るいところへ戻るとさっさと解かれてしまったのだけど。













***
2009年の夏コミで、幻水スペにも関わらず隣ホールでBASARAをやっていたので無料配布していたブツ。の前半。
さすが人気ジャンルというべきか、幻水にいてもはけました。

当初はサナダテを書くつもりだったらしいです。
後半にちょっとありました。
それが事実かは、あの時もらっていってくださった方々のみが知っているって事で。