<夢の跡>





刃が肉にめり込む感触がした。



幾度も味わったから分かる。よく研がれた輪刀が、布を断ち肉を割き血管を潰して骨を砕いた。
刀の抜けた場所から赤黒い血がばたばたと落ち、黄色に染まった砂を濡らした。

始まった頃は白々と輝いていた太陽は、すでにその身の半分を海の向こうへ隠そうとしている。
だんだんと濃くなる夕日が照らす砂浜で、先程まで戦っていた二人は、いまはただ立っていた。
これ以上戦う必要はないと判断した。
夕日色の砂を更に赤く染める血は元親が流すもので、その傷は元就が与えたものだった。
すぐに手当てしたところで助かる見込みは薄かった。つまりは致命傷だ。

半日近くに及ぶ戦いは、毛利元就の勝利をもって終了した。



「……俺の負けか」
だらりと腕を落とした元親が、己の死を前にして、それでも笑った。
傷口を手で覆うでもなく、片手はなおも武器を手放そうとしない。
最期まで堂々とした佇まいでいようとするのはこの男らしいと元就は思った。


ずるりと武器を持つ手が滑る。
血色の砂に膝を突いて、それきり動かなくなる元親に、元就はゆっくりと歩み寄った。
己も随分と消耗していて歩くのがやっとの状態だ。
血に濡れた輪刀を手放し、覚束ない足取りで、動かなくなった男の前に立つ。

それを不用意だと咎める部下はいない。
この男とだけは何の介入もなしに決着をつけたいと、部下は遠くへと離した。
どこぞの独眼竜と炎槍使いを笑えもせんわ、と戦いの前に自嘲の笑みを零していた事が遠い出来事に思えた。


膝が震えて、元就は元親の前に膝をついた。
同じ目線になって、空ろに開かれたままの目が見えた。
瞼はぴくりとも動かない。先程まで荒く息を吐いていた胸は微動だにしない。なんの動きも感じられない身体は、ただの骸と成り果てたのだとすぐに分かった。

動かない躯に手を伸ばして、顔を摺り寄せた。
まだ温もりの残る頬に手を当てて、呟く。


「……愚か者が」

「愚図。戯け。阿呆。痴れ者」

「調子に乗ってばかりおるからこうなるのだ」

「海賊ごときが、陸にあがろうとするから」


吐き出した暴言は黄昏の海に消える。
いつも「酷い」だの「もやしみたいな貧弱な奴が何言ってんだ」だの返ってくる言葉はない。
小憎たらしい笑みを浮かべて人を見下ろしていた顔は、今は抜け落ちた表情で、元就の近くにある。

「……馬鹿が」



太陽が海の向こうへと消えていく。
月のない、闇が覆いつくす世界で、元就は最後の温もりを奪うように唇を合わせた。
その頬を静かに雫が伝う。


太陽のない世界で、元就は己の想いに別れを告げた。















起きたら頭が重かった。
気だるさに顔に手を当てると、湿った感触に元就は目を細める。
どうやら寝ている間に泣いていたらしい。

何か夢を見ていた気がしたが、それがなんだったかはあまり覚えていない。
ただ思い出したくない程度には鬱になる内容だったらしく、胸の奥が締め付けるような感覚が残っていた。

夢を見て泣くとはどんな体たらくだと無造作に手の甲で拭い取って、元就は自分の横で正体なく寝ている男をベッドから蹴り倒した。
「――てぇ!?」
「いつのまに潜り込んだこの変態が」
「だからって寝てるところをベッドから落とす奴があるか!?」
熟睡状態で床に激突した元親は、目覚めもよろしく起き上がった。
頭を押さえているところを見ると頭から床に落下したようだ。
寝起きにも関わらずぎゃんぎゃん騒ぐ元親を見て、元就は満足気にベッドへと入りなおした。

「お前また寝る気か」
「まだ起床予定時刻ではない」
お前のせいでとんだ時間の無駄をした、と元親に背を向けて元就は答える。
目を閉じて、大きく息を吐く。
そうすれば短くない時間で再び訪れる眠りへの誘いに身をゆだねていると、背後で溜息と、動く気配がした。

横になっている元就の頭がくしゃりと撫でられ、気配はそのまま近くに固定される。
床で寝たら体が痛いと喚くのは自分だろうにと今までの経験から思いながら、それでもベッドを譲るつもりも分けてやるつもりもなかったので、元就は意識を溶かしていく。

目覚めた瞬間に残っていたもやもやとした感覚など、とっくに消えていた。






 

 

 


***
はっぴーばーすでいというのに悲恋。
そもそも瀬戸内の対戦も二次もロクに見ていないのに。
というわけで戦国時代は軽くスルーで。


……ナリはちょこっとだけ記憶があったら可愛いなぁと思いました。