<海へ行こう!>
「なんなんだこのカオスな面子は……」
車に乗り込むかすがを見ながら元就は呟く。
「今日はよろしく頼む」
「Okay. Let's GO!」
「飛ばすなよ伊達」
無駄かもしれない念押しをした助手席の元就に、Of corseと返した政宗は、愛車のアクセルを踏み込む。
もっともいつもより格段にゆっくりな運転に、ほうと息を吐く間もなく、助手席に座っている元就は後ろからがたがたと揺さぶられた。
「ちょ、や、やめろさると、」
「なんで俺様が片倉さんの車じゃないのさ!?」
「仕方ねぇだろう。アンタがアミダで俺の車引いたんだ」
ちらりと視線を流してくる政宗に、佐助は涙目で訴える。
「だって!! 俺様……俺様、付き合って初めての週末なのに!! なんで政宗達とお出かけなの!?」
「日ごろの行いのせいだろう」
ゆったりと後部座席に背中を預けていたかすがに言われ、佐助はふにゃりと眉を落とす。
「かすがまでそういうこと、言う……」
「そもそも遠目でしか見た事がないんだが、片倉小十郎とはどういう人なんだ?」
「ダメ! かすがが惚れたら困るから教えない!」
なんなんだ貴様は、と胡散臭いものを見る目つきになったかすがに、ダメったらダメ! と佐助は首を横に振る。
「片倉さんはカッコイイし優しいし強いし頭も良いし凄い人だから!」
「……きもちわるいくらい惚れているのは承知した」
だからもうそのとろけた顔をやめろ、と言われたのに佐助の勢いは止まらない。
「仕事もできるし野菜も美味しいし料理もできるし、ああ……なんで俺様片倉さんの車じゃないんだろう……」
「Sush.だいたい、小十郎の車に乗ったら上手く話せねぇんじゃねぇのか」
「う」
「じゃあ文句言うな」
「うう」
ううう、と黙り込んだ佐助を一瞥して、政宗はハンドルを回しながらにやりと笑う。
「それで、元就」
「なんだ」
「チカにいつ告るんだ?」
「………………は」
目を丸く見開いた元就は、次の瞬間頬を真っ赤に染めて政宗を睨みつけた。
「な、な、何を言っておるか貴様はっ!!」
「そーだよ毛利ちゃん。チカちゃんにはいつ告るの?」
ねー、と後部座席から首を伸ばしてきた佐助の頭を叩いて、元就はぷいっと窓の外を向く。
「な、何の話をしておる! わ、我がも、元親に好意を持っているなど、な、なんという」
あわあわしながら弁明を始めた元就を、かすがは一蹴した。
「さほど親しくない私でもわかるのだから、バレバレだと思うのだが」
「な……な、な、な!」
「アンタら幼馴染なんだろ? 十年以上同じだって聞いたけどよ」
「ち、違う! 小学校は別だったのだ! だからまだ六年しか」
振り返った元就は、にまにましながら自分の言葉の続きを待っている政宗にカッと耳まで赤くなる。
「我で遊ぶなうつけ!」
「いーじゃねーか。佐助のノロケは聞き飽きたからな」
別の話題を求めてるだけだぜ、としれっと言い放った政宗に、元就は全力で噛み付いた。
「貴様こそ真田とはどうなのだ!」
「幸村の情緒の成長が追いつくまで待つ」
「…………」
で、アンタは? と爽やかに切り替えされて、元就は口を開いたり閉じたりさせたが、言葉は出てこない。
「わ、我があのうつけを好きなわけ、あるわけがなかろう!」
「では長曾我部にはそう言っていいのか」
「いいみたいだねぇー。じゃあ俺様達でそう言いますか♪」
息ぴったりのかすがと佐助の追い討ちに、元就はふるふると拳を震わせる。
「貴様らっ……!」
「Hey, 元就。人間素直が一番だぜ」
「我は……我はあのような単純馬鹿など……!!」
「じゃあなんだって今日来たんだ? アンタ日光の下に三十分もいると倒れるんじゃなかったか?」
「そ、それは……それは貴様が」
「俺はなーんも言ってないぜ。なあ佐助」
「俺様もなーんにも言ってないよ。毛利ちゃんを誘ったのはチカちゃんだもんね」
「存外あっさり来るのだな」
「黙れ黙れ黙れっ!」
声を張り上げた元就は、はーはーと肩で息をしながら助手席に沈み込む。
「………………貴様が、来ると聞いたから……」
「え、誰? もしかして慶ちゃん?」
「…………」
「私か」
かすがが自身を指差し言うと、元就は小さく頷く。
「あやつが……嬉しそうに貴様のことを話すから」
「…………毛利ちゃん、それって嫉妬?」
「……」
「私に嫉妬してどうするのだ」
「あ、あやつはろくでもない男よ! 相手にするでないぞ」
ふん、と鼻を鳴らしてかすがはえらそうに足を組む。
「頼まれてもあのような野暮男相手にするものか。私は謙信様を心よりお慕いしているからな、時間の無駄だ」
「ソコを堂々と言い張るのもどうかと思うけど、かすがの言うとおりだよ毛利ちゃん!」
うるさい、と力ない声を返して、元就はもぞもぞと体を動かす。
「我は寝る。着いたら起こせ」
「Okay. つっても一時間ちょっとだぜ」
ちらりと政宗が横を見ると、もう元就は思い切り背中を向けていた。
どうやらすねたらしい。逃避のための寝たふりなのだろう。
「元就は寝たな。まあ苛めすぎたか」
「あ、じゃあ俺の話聞いて!! あのね昨日ね片倉さんとね」
「Ah-, 俺はdriveに集中するから忙しい」
「私は昨日謙信様と交わした通話内容を反芻するのに忙しい」
「ちょっとなにそれ!?」
酷い! とぎゃいぎゃい喚く佐助を黙らせるために、政宗はちょっぴり強くアクセルを踏み込んだ。
青い海、白い雲、晴れた空。
素晴らしい天気に素晴らしい海……………………人ごみ以外は。
「ってどうしたんだ? なんで日陰、なんで本?」
パラソルの下に陣取っていた元就は、そう尋ねてきた慶次にうっとうしそうに手を振る。
「我はここにいる。勝手に遊んでこい」
「えー? 皆で遊びにいこうよ」
「いいと言っておるだろうが」
目を細めた元就になんで? という顔をした慶次の肩を元親が掴む。
「あー、慶次、いいって。元就は日光にあんまり当たると倒れちまうからよ」
「え、そーなの? そりゃ難儀だね」
ごめんね、と謝った慶次の後ろから出てきた元親は、ざっと座っている元就を眺めて苦笑する。
「なぁ元就……その格好さぁ」
「なんだ」
「いや…………いくら焼けると腫れるからって、水着の上から白いパーカーしかもロング丈って……」
ぼそぼそ呟きながら視線を逸らした元親の肩を慶次はぽんぽんと叩く。
「大変だなあ」
「他人事だな……」
「恋っていいねえ」
「そういうことは小声で言え」
笑った慶次のわき腹を肘でつついた元親は、背後で二つ目のパラソルを立てていた幸村と佐助を振り返った。
「政宗と片倉さんとかすがは?」
「政宗と片倉さんは車を停めに行ってちょっと遅れる。かすがは更衣室。旦那、ちょっと曲がってるから押して」
「こうか」
「あ、そうそう」
よいしょっと、と二つ目のパラソルをたてた佐助は、下にシートを引く。
持ってきた荷物をひっくり返すと、ころころと日焼け止めが落ちてきた。
「毛利ちゃん、日光に当たらなくても塗っておかないと辛いよー」
「わかった」
頷いた元就にぽいと日焼け止めを一つ放って、佐助はすでに水着のみの入水スタンバイな幸村に視線を向ける。
「旦那もちゃんと日焼け止め塗ってね。ずるずる皮むけるから」
「わかったでござるよ」
「チカちゃんと慶次君は?」
「俺は持ってるからいーよ」
「俺も持ってるぜ。用意いいな佐助……」
苦笑した元親に、なんででしょうねえと微妙な表情を見せた佐助だったが、立ち上がって伸びをしてから、あ、と手を振った。
「かすがー!」
「いい場所じゃないか」
金髪を揺らしてやってきたかすがは、上にピンクのパーカーを羽織っていた。
それでも彼女のバツグンのプロポーションは人の目に止まる。
「……視線を感じる。やはり海は良くなかった」
「自分で来ておいて何言ってるんだよ」
佐助の言葉に、かすがは眉を寄せて元親となにやら話している慶次を指差した。
「あの男が、謙信様の前で私を誘うから。「たまにはともとあそんできなさい」と言われたら断われるわけもないだろう……!」
私だって、来るなら謙信様と!
そう言って拳を握ったかすがに苦笑して、佐助は手にしていた日焼け止めを一つ差し出した。
「塗った?」
「……いや、背中が残っている」
「俺様が塗ったげようか?」
どうする? と首をかしげた佐助から、座っている幸村と元就、立っている元親と慶次へと視線を移したかすがは。
最終的にその視線を佐助へと戻して、溜息を吐いた。
「…………そうするか」
「はいはーい、じゃあそこに座ってパーカー脱いで」
わかったわかった、とかすがは座って肩をはだけて。
ちょうどその時、幸村が雄たけびを上げた。
「まさむねどのぉぉおおおお!!」
「幸村ぁ! Nice placeじゃねぇか」
自分の荷物を持ってやってきた政宗は、シートの上に荷物を置くなり水着姿になる。
「よし、行くぜ!」
「政宗日焼け止め!!」
佐助の突っ込みに、ぴたりと足を止めると荷物をの中をあさって日焼け止めを取り出す。
「Oh, 忘れてた」
「……ちゃんと塗りなさい」
まったくもう、と脱力しながらも佐助も立ち上がる。
なんでかと言うと。
「俺はこの辺にいるから貴重品は置いていってかまわんぞ」
パラソルの下に入って来た小十郎が、どすんとクーラーボックスを置いて言う。
「片倉さんは泳がないの?」
せっかく水着なのに、と言いながら小十郎に駆け寄った佐助に、小十郎は海の方を見やった。
「海ではしゃぐ年でもねぇ」
「……そっか」
ちょっぴり残念で佐助は肩をすくめる。
しかし小十郎の場合は、車が足りないという理由で同行してくれただけでも僥倖だ。
「猿飛」
ぽん、と頭を撫でられる。
「少しなら泳いでもいいぜ」
「ほんと!?」
「だから飛ばしすぎて倒れるなよ」
「うん!」
頬を染めて頷いている佐助の横で、政宗は指先に日焼け止めを取る。
大抵の箇所には自分で塗れるが、背中だけは全員どうしようもない。
ので、互いに塗りあう格好になったのは仕方ないのだが……
しばらく指先を凝視してから、政宗はぺたりと指を彼の首筋に這わした。
「ひうっ!」
「大人しくしてろ幸村」
「こ、ここは自分で塗ったで、ござ……ひゃうっ」
肩甲骨やわき腹をなぞって幸村で遊んでいると、真っ赤になった幸村ががばっと振り返った。
「く、くすぐったがりの某を苛めて遊ぶなど、ひどいでござる!」
「Oh, sorry」
「仕返しでござる!!」
がばりと政宗の手から日焼け止めを奪い取った幸村は、自分の手に乱暴にとるとそれをぺたりと政宗の胸に押し当てる。
「Ha?」
何してんだこいつ、という政宗が余裕で笑っているのに幸村は口をへの形にした。
「そこ、不純行為禁止」
ひょいと幸村の手から日焼け止めを奪った慶次は、苦笑しながらそれを政宗に返す。
「政宗もあんまり幸村で遊ばない方がいいんじゃない?」
「遊んでねーって。俺はいつでも本気だぜ?」
「……えーっと、それタチ悪いから」
日焼け止め塗れたらあっち行こうよ、と言いながら慶次はその視線をかすがで止めた。
「かすがちゃん、それ脱ぐ?」
「……まあ、一応」
「かすがちゃんスタイルいいもんねえ、何でも似合いそう」
「こ、これは……貴様に見せるものではないぞ!」
うん、それはわかってるよ、と慶次はへらりと笑いながらビーチボールを脇に抱える。
「でもさ、可愛い女の子が可愛い格好してるのはやっぱり見てていいものだよ。ねえチカちゃん」
「たりめーだろ。男ばっかでムサくなるとこだったからな。潤いがいて感謝感謝」
「持ち上げても何もでないぞ」
不審者を見るような目をしたかすがは、ぱらりとパーカーを脱いで丸めて荷物のところに置く。
真っ白な肌を一層映えさせる黒い水着に、どこからか凄い音がした。
それは全く無視して、佐助はにこにこ笑顔でかすがに近づく。
「かすが、黒も似合うね。かわいい」
「だ、だからそんな事を言っても」
「ほんと、良く似合ってるねー。シンプルだけどかすがちゃんには映えるなー」
「Coolじゃねぇか」
「おおー、やっぱ女の子はビキニだな」
「チカちゃんそれたぶんセクハラ」
佐助に肘鉄を食らった元親は悪ぃと苦笑する。
どうでもよかったかすがが曖昧に首を横にすると、慶次がかすがの手首を掴む。
「じゃあ行こうよかすがちゃん」
「あ、ああ……」
パラソルの日陰から出る時に、かすがはちらりと後ろを振り返った。
本を読む元就、パラソルの位置を調整している小十郎。
その横でクーラーボックスを開けている佐助。そして浜辺に突っ伏している幸村がいた。
「……旦那、大丈夫?」
声をかけた佐助に、幸村はのろのろと立ち上がる。
「は、破廉恥……」
「見慣れなさい。かすがで慣れなさい」
きっぱりと言われて、幸村はしゅーんと肩を落とした。
「しかしあれは破廉恥……」
「普通です」
「だが体を隠す布地が」
「男はもっと露出してます」
「しかし……」
「つべこべ言わないで追いかける」
びしっと指を皆が去った方向へ突きつけて命令すれば、はっとした幸村はばっと走り出す。
待ってくだされぇええええええぇぇぇという雄たけびが遠ざかって行ってから、佐助はちらりと小十郎を見た。
趣味のせいなのか他に理由があるのか、小十郎の体はサラリーマンなのに筋肉質だ。
露になっている上半身は厚みがあるし、腕も太くて肌の色もやや黒い。
かっこいいなあと思いながら自分を比較してげんなりしていると、さすがに視線を感じたのか振り返られた。
「なんだ」
「片倉さん、か……かっこいいな、って」
「そうか?」
素で首をかしげたであろう小十郎に、佐助はあっけにとられてからくすくす笑う。
「かっこいいよ、片倉さん。女の子がさっきからちらちら見てるもん」
「そうか?」
こきり、と音を立てさせて首を回してから、小十郎は佐助を見下ろした。
「ここは任せておけ。遊んで来い」
「いい……のかな」
「構わん。来たかったんだろう」
海、と言われて佐助は小さく頷いた。