<無自覚のバカップル>
 



くしゃりと撫でてくる手が好きだ。
笑うと細くなる切れ長の目も、緩く弧を描く唇も。
耳朶に響く穏やかな声も、楽しげな音も、独特の口調も。

それが全部一緒にあるから、この瞬間が好きだ。


政宗の手がくしゃくしゃと幸村の髪を撫でる。少々癖のある髪は政宗曰く手触りがいいらしい。
だからこの髪を撫でるのは政宗のお気に入りでもあるのだ。幸村の方がもっとずっと気に入っている自覚はあるが。

「Let's go, 幸村」
「はい!」
手が離されるのは少しさびしいけれど、その後に見せる政宗の表情も幸村は好きだった。
笑顔で、けれど他の感情も混じっている。
それが何なのかはわからなかった。修行不足だ。

教科書を持って出口へと向かうと、入り口付近でクラスメイトと話していた佐助が振り返る。
「あれ、もう行くのー?」
「行かなきゃ遅刻するぜ」
時計を見上げて、そうでもないけどなあと笑った佐助はひょいと教科書と道具を手にして二人に並ぶ。
廊下を他愛もない話をしながら歩いていると、ふっと幸村を見た佐助がくすくす笑いながら指摘した。

「だーんな」
「な、なんだ?」
「用具、持ってないよ」
「! さ、先に行っていてくだされ!」
あわててくるりと背を向けると、「廊下は走ってはいけない」のでなるべく早歩きで教室まで戻る。
まだクラスメイトは何人も教室にいて、彼らの横をすり抜けて用具をとりに行く。

ちゃんと絵の具と筆が銀色の袋に入っていて、ほっと溜息をついた。
袋を持って踵を返そうとすると、くるりと振り返ったクラスメイトに声をかけられた。
「あ、なあなあ真田」
「なんでござろう」
足を止めて問い返すと、声をかけてきた人は残り二人を視線を合わせてから、小さな声できいてきた。


「お前さ、伊達の事どう思ってんの?」
「政宗殿は、すばらしい方でござるよ」
あれで本当に自分と同じ年なのか、といつも幸村は思っている。
佐助も佐助でしっかりしているし大人びている、とは思うのだけど、政宗は違う次元の凄さがある。
「そうじゃなくてさぁ……なあ?」
「おっしゃる意味がわかりませぬ」
きょとんとして聞き返すと、言いにくそうだったのだけど、しぶしぶ三人のうち一人が口を開いた。やっぱり小声で。

「だからさ、恋愛感情として好きかって聞いてるんだけど」
近頃のお前ら見てるとそうとしか思えないからさ。
続けられた言葉を理解するのに数秒かかって、次に感情が沸騰するのにもう何秒かかかった。
目の前が一瞬真っ赤になって、それから珍しく頭の中が怒りで渦巻く。
震えるこぶしを握りこんで、三人を思い切り睨みつけた。
「そ、そのような不埒な思いを抱いているように見えるのか!」
「あ、いや、悪い。そんな意味じゃなくてさ」
「ただ……なんてーか、あの」
「某を侮辱するならともかく、政宗殿まで侮辱するとは……!」
「いや、落ち着け真田、侮辱じゃないって」
「某、そのようなは、破廉恥な目で政宗殿を見たことなどございませぬ!!」

大きな声で叫んでしまって、教室に残っている全員の視線を全身に浴びる。
そのことに気がついて、幸村はあわてて教室を出て行った。

走ってはいけない廊下を走った。















授業にちっとも集中できなくて、ふらふらと教室に戻ってきた幸村は自分の机に突っ伏している。
心配そうに声をかけてくる佐助にうめき声だけを返していると、背後に馴染み深い気配が近づいた。
「お疲れ、幸村」
ふわり、と手が頭の上に乗る。
ほぼ反射で、幸村はその手を払い落としていた。
「…………っ、は、破廉恥!」
「……は?」
目を丸くした政宗にそれ以上何も言えず、幸村はガタリと立ち上がって教室を出て行く。

その後の休み時間も。
掃除の時間も。
下校時も。



幸村は政宗から遠ざかり続けた。
不埒な想像をされたのは幸村自身にも非があったはずだ。考えても理由はわからなかったが、近づきさえしなければ問題はない。
自分と不埒な想像をされることで政宗の評判を落とすのが何より嫌だった。

そのためなら、彼が隣にいなくてもいいと思ったのだ。



三日目。何かを察したのか教室に現れた幸村に政宗は挨拶しなかった。
ありがたいと思う一方で、彼の笑顔が向けられないのが寂しい。
わがままな子供だ、と自嘲して幸村は自分の席に腰を下ろす。

「だーんな、朝練お疲れさま」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………あの、旦那?」

おそるおそる佐助が幸村の顔を覗き込む。
いつもの教室なのに、政宗が隣にいないだけで、温度が下がったように感じる。
彼はそこにいるのに、すぐそばにいるのに。

こっちを見てほしい。声をかけてほしい。
笑ってほしい。頭を撫でてほしい。

「さ……さす、けぇ」
漏らした声は涙声で、幸村自身も驚いたのだけど、佐助は困ったような顔をする。
「……旦那」
「ま、政宗殿、は」
「旦那、なんで伊達ちゃん避けてたの」
「某、は、政宗殿を貶めたく、なかったのだっ……!」
漏らした言葉に、え? と佐助が目を丸くする。
「おとしめ、って……なんでそうなるの」
「某が、政宗殿を好きかと聞かれて」
「…………」
「そ、某はそのようなこと、ない……し、しかし、誤解されたのには某の振る舞いもあったのではないか、と……遠ざかれば、某が過ちを犯すことも」


「Fool……but sweet, ya?」


言葉の途中で、ぐいっと頭をつかまれる。
そのままわしわしと撫でられた。
「幸村、ヒトの言うことなんざ気にしてんじゃねぇよ。Coolじゃねぇぜ?」
くすりと後ろで笑うこの声は。
この手は。
「ま、さむ、ね、どの」
信じられなくて振り返ると、そこには笑顔の彼がいた。

「話は聞いた。あいつらが謝りたいってよ」
ぐいと親指で示されたのは、先日の三人だった。
なんだかちょっと青い顔で頭を下げていたので、気にするなと首を横に振る。
「某の振る舞いにも、問題は……」
「俺がねぇつってんだからno problem! だ。Okay?」
そう笑って政宗はもう一度幸村の頭を撫でる。
それが暖かくて、うれしくて、幸村はゆっくりと頷いた。

その承諾に政宗も満足したらしく、いっそう晴れやかに笑って、頭を撫でる手を止めずにこう言った。
「Don't worry my sweet. I'll be your shield」
幸村はちっとも意味がわからなかったのだけど。
政宗が笑っていたのでそれが嬉しくてまた笑った。




 

 

 


***
やってらんねー byその他のクラスメイト(含 佐助)