>>サナダテサナ
彼が自分を何時見つけたとか、そんなのはすぐにわかる。
「まあむねどのぉおお!!」
周囲が思わずヒくぐらいの速さで走ってきて、気がつけばすぐ目の前に彼がいた。
「政宗殿っ、待ってくだされ」
見てくだされと幸村は両手に抱えたサークル勧誘のチラシを見せた。
「食べ放題に花見にとたくさんありますぞ!」
喧騒の中、政宗は肩をすくめる。
「サークルははいらねぇな、会社が忙しい」
「……はいら、ない?」
理解できないとでも言いたげに目を丸くした幸村に、お前はどこにはいるんだ? と尋ねる。
「はいらない、のですか」
「It's pity, だが仕事サボったら他のやつらに迷惑かかるしな」
「……はいらない……のですか」
判り申した、と幸村は言って鞄の中にチラシをがさっと突っ込む。
「では某も入りませぬ」
「は? 何でだ」
「……今日でよくわかりました。サークルが同じならばと思いましたが、政宗殿が入らないのならば某も入りませぬ」
「Wait,話がみえねぇ」
勧誘の人ごみの中から抜け出しながら、幸村は政宗の手を取って走り出す。
「某、政宗殿と少しでもたくさん一緒にいたいでござるよ!」
「……あ、ああ」
突然すぎて頭が追いつかない政宗は、幸村の手に掴まれた手にちょっと力をこめる。
「だから、サークルにも部活にも入らぬ! だからお忙しくない時は某とともにいて下され!!」
入学式当日。
人のたくさんいる場所から離れている距離はほんの少し。
黒のスーツを着た幸村は、政宗の手を握ったままにっこり笑って。
大きな声で、そう言った。
「Okay.上等だ」
笑って政宗が幸村の髪をくしゃくしゃなでると、子犬みたいな嬉しそうな顔をする。
これで恋ではないらしいということなので、この男は大概残酷だ。
>>チカナリ
集中力皆無で配線をいじくっていた手を止めて、元親は机に突っ伏す。
反対側に座っている元就はそれに眉一つ動かさない。
「なぁ……元就」
「……」
「もーとなーりぃー」
「…………」
「疲れた、腹減ったー、メシいこうぜ」
「黙れ」
何度目かの(たぶん十度目ぐらい)元親の案を却下し、元就はパンッとキーボードを打つ。
いい加減飢餓を訴えてきた腹をさすって宥めすかしながら、元親は溜息をついた。
元就の綺麗な指がキーボードの上を走っているのを見るのは好きだけど、彼がスクリーンだけ見てるのは面白くない。
何かに夢中になっている彼はいつものつまらなさそうなところがないから、元親としては好ましいけど、いかんせん集中されすぎるのも微妙だ。
そんなことを考えている間に眠気が襲ってきて、元親は目を閉じる。
眼帯をつけているほうを下にして、うとりうとりしていると、冷やりとしたものが頬に触れる。
目を開けるのは億劫で、不愉快なほど冷たくはなくて、だから気にせずそのまま眠りと覚醒の狭間をさ迷う。
「……元親、寝たのか」
穏やかな声が聞こえてきて、心臓が跳ねたが狸ね入りを続ける。
冷たいのがなにかわかって、余計にドキドキ耳が痛い。
元就が、頬を触ってる。
「元親」
声の調子が変わった。
微妙すぎて説明できない変化だったが、それはいつもの彼の声ではなかった。
「…………すまない」
小さくて聞き間違えたかと思うぐらい意外な言葉を吐いて。
次の瞬間、椅子から蹴り落とされた。
「どぅったぁ!?」
なにすんだ!? とかろうじて守った頭を押さえて叫ぶと、カタリと元就は眼鏡を置いた。
立ち上がってジャケットを羽織る。
「元就?」
「食事に行くぞ」
「お……おう!」
もっと穏便に起こしてくれよと文句を言いながら、部屋を出る前に彼の指が触れていた肌をちょっぴり触る。
天然なのかわざとなのか、どっちにしたって最悪だけど最高だ。
>>コジュサス
遠めに見えるグレーのスーツの男は間違いない。
「片倉さん!」
名前を呼ぶと振り返られて、ちょっと嬉しくなった。
彼の気が変わる前にと全力で走って追いつく。
「めぇ……ず、ら、しぃ、はぁっ」
「……ちょっと落ち着け」
うん、ごめんなさい、と謝って肩で息をする。
全力疾走は疲れる。
「今日は」
息を整える佐助の横で小十郎は棚を見ながら、何か吟味するような表情だ。
「豚肉が安くてな」
「あ、うん、今日はね……って、そのためにこっち来たの?」
小十郎の家はこことは違う方角にある。
普通彼はそこで買い物をすることを知っていた佐助はちょっと驚いた。
「まあな」
吟味を終えたのか、小十郎は一パック手に取った。
お目当てはこのスーパーだけの特売品だったらしい。
便乗しようと手を伸ばして確かに手に取ったのだけど、ちょっと思いついて聞いてみた。
「片倉さん」
「何だ」
「ええと、今日はなに作るの?」
「ごぼうの豚肉巻きと……エンドウの味噌いためでも作るか」
「あ、あのさ!」
ちょっと裏返った声になりながら、佐助はまくし立てた。
俺様、明日明後日は土日だから短期のバイト掛け持ちでさ、まかない出るんだけどそろそろ危ないかもしれないきのこがあってさ、今日豚肉と蒸そうと思ったんだけどさ、絶対一人分じゃないんだよね。
だからさ、と一拍置いて、なのに何も言えなくなる。
「……まあ、うん、ええとね」
なんてザマだ、と自嘲する。
ここまで言っておいて言えないなんて。
「じゃあもってこい」
ぽつりと言われて、佐助は顔を上げる。
そっぽを向いている小十郎の表情の変化は判らなかったけど、その声は優しかった。
「う、うん、うん、持ってく。だから、食べてよ」
「お前、エビは好きか?」
唐突に聞かれて、佐助は目を丸くしたまま頷く。
「うん、好きだけど」
「じゃあごぼうは金平にしてエビサラダを追加するか……トマト買ってこねぇとな」
「え?」
「いつももらってるからな。たまにはうちで食っていけ」
「…………ま、さむねは?」
「今日は晴宗様と夕食だ」
「え、じゃあ、ええと、俺様、だけ?」
確かめるように尋ねてみると、当たり前だろうがと返されて。
トマトを買いに行く彼の背中を見ながら、佐助はうっかり零した涙を必死に拭いた。
残酷な優しさかもしれないけれど、それでもとても嬉しいんだ。