< 本音<虚勢<本心 >





こういう時は酒に頼るに限る。
蒸し風呂での散歩をしてから、コンビニで酒を買い込んで再訪した元親を、元就は後姿で出迎えた。
「帰ったのではなかったのか」
「まあまあ、酒飲もうぜー」
コンビニの袋を掲げて笑ってみせれば、元就は溜息を吐いてPCに向き直った。
これは了承の意と取って抱きつくと、ぱしりと払われる。
「……貴様、汗臭い。近寄るな」
ちらりと向けられた顔を顰められて苦笑する。数時間外を歩きっぱなしだったから、そりゃ汗も凄いだろう。

いつも通りの反応に心の中でだけほっと安堵の息を吐いて、風呂借りるぜと一声かけてシャワーを浴びた。
部屋を出て行く前の不自然なやり取りを払拭するにはいつも通りが一番だ。
このまま酒が入れば、しこりも残さず消せるだろう。というか消そう。



汗を流して出ると、机の上に汗をかいたグラスに入ったスポーツドリンクが置かれていて、ちょっと嬉しくなった。
「さんきゅーな!」
「飲んだらつまみ作りに精を出せ」
「へいへーい」
上機嫌に返して、そのまま元親はグラスを洗うついでにつまみをつくるべく流しに向かう。

だからPCに向かっている元就の顔がどうなっているかなんて気付けもしなかった。








つまみと酒が用意されれば、二人きりの酒宴が開かれる。
酒癖を知っているから普段セーブしている元就だが、もともと酒は好きなので強く勧めれば断らない。

元親にはすでに散々醜態を見せているから今更という思いもあってか、二人の時は結構かぱかぱ飲んでは早々に愚痴に入るのだが、今日の元就は妙に進みが遅かった。
ちびちびと酒を舐めるのは彼らしくないと、元親は自分のグラスを空けて首を傾げた。
やはりコンビニの安酒ではまずかったか。
けれど、一応置いてある中では美味いやつを買ってきたのだが。

「元就、飲みがわりーじゃねーか」
「……どのようなペースで飲もうが我の勝手であろう」
ぎろりと睨まれる。
目元は赤いが、まだ泣いてもいないし、口調もしっかりしている。酒をそれほど飲んでいないからかそれほど酔ってはいないようだった。
「ふーん……?」
「…………」
視線に負けて、元就がくいっと残りを飲み干す。
すかさずそれに新しい酒を注いで、元親はほらほらと促した。
「久々に飲み比べすっか?」
「ワクの貴様とでは勝負にならんだろうが」
認めるのは癪だが事実なのだから仕方がない、といった体で元就は言う。
それもそうかと笑ってやれば、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らされた。

――うん、いつも通りいつも通り。
笑いながらグラスを空けて、元親は笑った。
やっぱり自分は、この位置が一番いいのだと言い聞かせて。





「――であるからして……聞いているのか、元親」
「聞いてます聞いてますって」
吐き出される愚痴と毒を受けながら元親ははいはいと返す。
酒の入ったグラスは放さず、元親を背もたれ代わりにして酒乱モードに入っていた。
けれどいつものように零れるはずの涙が今日はなく、その目は乾いている。
「嘘だ、お前はいつも我の話を聞いていない」
「聞いてますって」
「きいてない」
「聞いてる」
「きいてない」
きいてない、と頭突きをかまされた。
肋骨のあたりに思いっきり突撃されて、思わずむせる。

泣きの代わりに暴力が入った、とげほげほ咽ていると、頭を元親の胸につけたまま、元就が搾り出すように呟いた。
「――我がどれほど遊びをやめろといったところで聞かなかったではないか」
「…………」
それは、と言葉につまる。

元親があまり褒めたれたものではない遊びをし続けているのは、本命への愛情を屈折した状態で晴らしていたものであり、止めろといわれてほいほい止められるものでもなかった。
止めたら元就に全部向かってしまいそうで。思いを堪え続ける事ができなくなりそうで。

人の事に口出しをしてこない元就が何度か諌めてくる度に、さすがにまずいよなぁと思いながらも止められなかったのはそういう理由だ。

それを今更持ち出されてもと思いながら、尚も咽ていると。
「それを見ていた我の心持ちなど知らないくせに」

「お前が馬鹿をする度に阿呆みたいに」

「女々しい自分に吐き気がする」

「――それでも十年も続けた方恋を、諦める事などできなんだ」


げほ、と咽ていたのが止まった。
というか思考が止まった。
ぱたぱたと自分のズボンに濃い染みを落とす涙は。



「も、とな、り?」
「この戯けが。愚か者めが。こんな阿呆に惚れた自分が情けない」
「ほ、れた、って」
「――痴れ者が」
ぎり、と膝にズボン越しに爪を立てられて、痛い。
それが、夢じゃないと実感させた。

「元就!」
「…………」
「もと」
「……ぐぅ」
「……………………」





寝やがった!

この状況で爆弾落とすだけ落としておいて寝やがった!


がっくりと項垂れつつ、寝息を立てている元就を抱きしめて、元親は肺が空っぽになるまで息を吐いた。

戯けで愚か者で阿呆で痴れ者でごめんなぁ。


起きたら一番に告げなければいけない事がある。
だからそれまではもう少し、浸っていよう。





終わりまでの秒読みを開始した友人関係に。