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幼馴染(と呼ぶと本人は冷ややかな一瞥とともに腐れ縁だ馬鹿者と詰る)の毛利元就は酒乱だ。
世間でいうところの泣き上戸に入る。
かといって、どこまで酔わせても「生まれてきてごめんなさい」な自虐に行き着くのではなく、延々と愚痴を吐き続けるので、絡み酒も入っているのかもしれない。

しかし酔った元就というのは、赤く染まった頬だとか涙で濡れる目だとか、男だとわかっていてもヘンな気分にさせられるような容姿をしているので、元親は元就になるべく酒を飲ませないようにしている。
本人も自分の性質を分かっているからあまり酒を好んでいないのが僥倖か。

飲んでせいぜい政宗達とつるむくらいで、もしくは元親と二人で差し向かって飲むくらいだ。
一人で飲むと味気ないだろうというのは元親の言で、つまみの用意と後片付けをする奴が必要だというのが元就の言だった。

そうでなくとも、元就に友人と呼べる者は少ないから、酒を飲む機会とて早々あるわけではない。
学部内でも変人の部類に入れられている元就は、本当に必要最低限の交流以外は避けている節がある。

だから酒を飲む時は大抵が二人で、その度に元親は元就の愚痴を延々と聞かされていた。
その大半は小さな頃からのプログラムに関する、もしくは元親とつるんでしでかした事に関するもので、元親としても既知あるいは耳にタコができるくらい繰り返されたエピソードだった。
何年も酒の相手をしていれば、話題だってループする。

それでもそれに付き合って世話をし続けているのは、もう二桁もの年月の間元親は元就に方恋慕しているからだった。
そうでなければいくら腐れ縁であっても、甲斐甲斐しく世話をして愚痴を聞いて……などしていない。

散々政宗達にはせっつかれているが、脈がまったくない現状では告白をして今の関係をぶち壊すよりも、なあなあとこの関係を続けていく方が元親には心地よかった。
あと半年あまりで大学も卒業だが、その後もこの縁は続いていくものだと思っていた。








「――我にも本命くらいおるわ」
馬鹿にするな、と半ばキレ気味に吐き捨てた元就に、元親は一瞬対応が遅れた。
ここで普段ならば「へえ、そんなコいたんだ? 教えてくれねーだなんて水くっせえなあ!」と軽く返すべきだった。
けれど、馬鹿みたいに沈黙した後にようやく喉から搾り出したのは「へ、ぇ」という間抜けなもので、笑みも自覚できる程度に引き攣ったものだった。

「元親?」
「あ、ああ悪ぃ。ちょっくら用事思い出した」
明らかに不審だと分かっていて、それでも立ち上がって元親は元就の家を辞去した。


もともとは元親の手癖の悪い(男も女も)に対して元就が吐いた小さな毒で、普段であれば軽くいなせるようなそれを、たまたま虫の居所の悪かった元親は上手く流せなかった。
遊んでばかりで本命の一人もいないのかという言葉に、本命くらいいらぁと自棄で返し、そういうお前はどうなんだと聞き返した。

――その、返事である。
「いる」などと返ってくるとは思っていなかった。
いつも電子世界にしか興味を持っていないように見えた男が、現実に興味を惹かれているという事を、想像した事もなかった。



梅雨明けの、湿気を含んだ熱気が足元からじわじわとまとわりついてくる外を歩きながら、元親は煙草に火をつける。
煙を肺の奥まで吸い込んで、それからゆっくりと吐き出しながら、空虚な気分に駆られた。

元親の本命は元就で、元就の本命はどこかにいる。
告白しなくてよかったと思うと同時にもっと早く告白しておけばよかったと後悔した。

もし元就が本命に出会うよりも前に告白していたら、まだ望みはあったかもしれない。
けれどそこで関係が断たれてしまっていたら、家に入り浸ってプログラムについて議論をして、世話を焼いてふざける事もできなかったかもしれない。

告白をしない事で、元親は元就の腐れ縁と友人のポジションを維持できていて、これからもそれを続ける事で、それなりに近くにいる事ができる。
けれど友人はあくまでも友人のサークルから抜け出せず、いつか元就の一番近くの位置は、誰かに取られてしまうだろう。

今はまだ元親が元就の一番近くにいて。
これからもずっとそれが続けばいいと思っていた。

遠ざかるのが嫌で、近づくチャンスを棒に振っていた自分が今更悔やんだところで仕方がない。
残されたのは、誰かが一番近くに行くのを友人としてのカテゴリ内から、指を加えて眺めていることだけだ。
その居場所にどれだけの空しさを感じていたとしても。


――ほらみろいわんこっちゃない、と政宗あたりには呆れられそうだ。

一人ごちて、元親は雲がまばらに散った空を見上げた。

 

 

 




***
筆頭は「バカな悩み事してやがる」と一蹴すると思うがね。