<走れ!>
 

 


トラックを延々と回り続ける赤い姿をずーっと見ていた政宗の横に、どすんと鞄が落とされる。
「よぉ、チカ」
「ずっといんの?」
「いや、三時間ばかりだ」
「…………それはずっとだろ。なにしてんだよ」
ああ、と生返事が帰ってくる。元親は呆れて隣に腰をおろした。

走っているのは幸村。平たく言えば政宗の想い人だ。
互いに実らない恋をしていると意気投合したのがなれ初めな気もするが、生憎と政宗と元親では全然立場が違ったというか……

「延々練習?」
「今度ウルトラマラソンに出るらしい」
「ウルトラ? 42.195kmじゃなくて?」
「おう。100km走るらしいぜ」
「……もはやそれは車で移動する距離だろうに」
そもそもマラソンの距離とて、伝令が走った距離なのではなかったか。そしてその伝令はその後死んだのではなかったか。
死ぬんじゃねえかそれとか思いながら走る幸村を見る。
……まあ、死にそうな感じはない。
「今のところのアイツのBestは6時間20分ってとこだな」
「……それは速いのか? 遅いのか?」
むしろ人間の走る時間じゃねぇと思いながら突っ込むと、早ぇよと返された。
「世界記録が6時間13分33秒だからな。調子が良けりゃ迫れる」
「……はあ……」
それはそれは、と溜息をついてトラックを見た。


幸村は長距離専門、というかマラソン選手である。
初めて見た時は「熱血具合からして短距離なんじゃ」と思ったが、近場のマラソン大会を応援半分冷やかし半分で見に行って、その溢れるスタミナにひっくり返るほど驚いた。
なにせ42.195kmである。容赦なくきっちり42.195km。
なのに幸村はゴールテープを「勝利でござらああああ」絶叫して一位をとり、その後崩れこむのではなくそのままダッシュしてコーチに抱きつき、「勝ちましたぞお館様ぁあああ!」と絶叫し、さらに目ざとく政宗を見つけて、客を掻き分けて……


なお1時間ほど休んだらもう走りたそうにしていた。
そんな幸村を徹底的に倒すには、たしかに100kmぐらいはいるかもしれない。



「政宗はさぁ。幸村のドコがそんなに好きなんだ?」
「さぁな」
笑みの浮かんだ顔で即答された。
さぁなてお前なぁと呆れると、うるせえと政宗の目は幸村を追う。

なんだかその横顔を見ているのがいたたまれなくて、元親は話題を四方山話に切り替えた。
淡々と進む会話が途切れた時、政宗はふいと口を開く。
「綺麗だから」
「は? え?」
「アイツが。真っ直ぐで、綺麗だ。俺とはぜんぜん違う」
だからだ、と政宗は言った。


元親は彼の横顔を見たけど、夕日に照らされていて顔が赤いかどうかはわからなかった。
まあこの人はそんな可愛げなさそうだが。
「きれい、ねえ」
そんなのあっちだって思ってんじゃないかとか元親は凄く真っ当なことを考えたが、そんなこと言ったって政宗の耳に届きやしないだろうと思う。
「ないものねだり?」
「たぶん、な」
そう言って、政宗は笑った。
反応を見てやろうと横顔を観察していたこと元親が後悔するぐらい、

哀しげな、横顔だった。



「……あ、……」
何をいえばいいかわからなくて思わず頭が真っ白になる。
傷つけた? この唯我独尊俺様な政宗を? いや、そういう訳ではないのだろうけど。
「その、おれ……」
「政宗殿!」
謝罪しかけたところで、ダダダッと走りよってきた幸村は肩で息をしながら元親には目もくれず、政宗に話しかける。
「どうされたか!」
「W...What? どうもしねぇぜ」
「否! 疲れていらっしゃる! 休んでくだされ!!」
叫んで幸村はぐいと政宗の腕をつかんで立ち上がらせる。
そのままぐいぐいと引っ張って、トラックから去ろうとした。
「大丈夫だって。ほら、練習に」
「戻らぬ! 今日は終いにします!」
なんだか幸村の声の調子がいつもと違う。
怒っているのかな、と元親はぼんやり考えた。
「Hey 幸村! コーチに言われて」
「帰ります!」

疲れているのだろうか。
隣にいたけど元親にはよくわからなかった。
彼は良く無茶をしている、のだとは思う。
けれどそれをおくびに出さないから「伊達政宗」なのだ。

「判った give up だ。降参。大人しく帰る。Okay?」
幸村の説得に政宗がようやく応じると、「良し!」と幸村は頷いて政宗に背を向ける。
「某もすぐ準備してまいりますのでお待ちくだされ!」
「……結局待つんじゃねぇか」
含み笑いして、政宗は座っていた場所からやや離れて立っている。
そこから幸村がたったったと走ってきて、ふいっと身体を元親の真後ろで沈めた。


「元親殿」
「あ、なんだ」
くるりと振り向くと、茶色の目が細められていた。
「……政宗殿になにを仰りましたか」
「…………え」
政宗に聞かせないためなのか、やたら低く響いた声に元親は思わず固まる。
ええと、なにこれ。
「気をつけてくだされ。あの方は思いのほか繊細なところがありますゆえ」
低い声に物騒な成分は含まれていなくて、ちょっとほっとした。
ブラック幸村かと思ったじゃねぇかと呟く元親はマンガの読みすぎだ。
「悪かった。俺が失言したっぽい」
「気をつけていただければよいのです」

では、と去ろうとした幸村に元親は思わず尋ねた。
「……おまえ、よくあの距離で政宗の変化なんかわかったな」
勘、とかそんな返事なんだろうかと思っていると、立ち去りながら振り返った幸村は何を言っているのだというような表情で首をかしげる。
「無論。某はいつも政宗殿を見ておりますので」
「…………そうですか」

更衣室へ幸村が消えていくのをみながら、元親は空を見上げた。


(……両思いじゃねーか)

ああくそ、うっとうしい。





 


***
そういうお前らも両思いだよby政宗

まだ政宗は幸村の恋心には気がついていませんが、幸村→政宗のラブゲージはすでにMAXです。