<真田幸村の話>

 



なぁ母さんや。
唐突に真横の男に言われた言葉に佐助は瞠目した。
ナニソレ。
「ええと、俺様に言ってるのかな伊達ちゃん」
「てめぇ以外にここに誰がいるんだよ」
へっと笑った政宗と佐助がいるのは1年教室だった。
部活が終わりかけようとするこの時間帯、まだ教室は施錠されはしないがもうこの階に生徒はいない。
「言っとくけど俺は旦那のオカンじゃないからね」
「そろそろ認めろよ。でだな、猿飛」

西日の差し込む教室の中、政宗は自分の席に座って足を机の上に上げている。
行儀が悪いが佐助に注意してあげる義理はないので放置した。
「ちょいと気になったことがある」
「なに? てか旦那のこと?」
本人に直接聞けば、と佐助がいうと、聞けないから今聞いてんだよ、といわれる。
幸村は現在ここから見え……ないグラウンドで走っていることだろう。

「真田のな」
「うん」
「一人称は昔から「某」なのか?」
「…………なんで?」
少し不自然な間が空いたが、佐助は顔色を変えず問い返す。ついでに付け足した。
「あの喋り方は小さい頃時代劇にどっぷりはまった名残だって言ってたよ」
「Answer my question」
政宗が流石にごまかされてくれなかったようだ。佐助はため息をついて首を横に振る。
「いえないよ。旦那が伊達ちゃんに知っててほしいこととは思えない」
「猿飛。俺が何も調べず聞いてると思ってんのか?」
「…………調べたの?」
「お前らと同じ中学出身の奴らは何人もいるからな」
調べたことを否定しない政宗に、佐助は肩をすくめた。


「じゃあ、話すからさ」
話すから。
「……旦那は、悪くないんだよ」
「I know」


ぼそりぼそりと、佐助は語りだした。





俺様も違う小学校なんだけどけどねえ、旦那は小学校の時はまるっと「ああいう」感じだったらしいんだ。時代劇の影響ってやつだねえ。体が小さくてさ、中一で150センチぐいらいだったのかなあ。伊達ちゃんも知ってのとおりね、旦那はまあちょっと天然ボケだけど別に頭が悪いわけじゃないし、凄くいい子なんだ。
小学校はね、人気者だったんだよ。あのとおり明るいし元気だしスポーツ万能だしね。その頃からもう敬語使ってね。先生ウケもよかったらしいよ。ほら、伊達ちゃんも知ってるだろうけどさ、旦那は両親いないじゃない。そういう子って先生はちょっぴり気を使ってみてるわけね。

でもね、中学校でね。確か入学式とかだったと思うんだよね。俺様と旦那、同じクラスになってさ。ほら、真田と猿飛じゃない? だから席が前後だったわけ。旦那はねくるりと後ろを向いてさ。明るく俺にね、よろしく頼むって言ったの。可愛かったよ。今でも可愛いけどさ。
けどね、子供ってさ。いや今でも俺達子供だけど――些細なコトが気になるんだよね。まああれは一種の嫉妬心だったのかな。とにかく、俺様と同じ小学校出身の奴がさ。いきなり旦那に言ったんだよ。

"それがし、とか変なやつ!"

旦那はぽかんとした顔してたね。今までそれを言った人がいなかったんだと思うよ。小学校からの付き合いの何人かが怒って反論してた。旦那はそれでいいんだって。それが旦那なんだって。何がいけないんだって。……今思えば、そいつらは凄いね。だってまだ十二歳だよ。一ヶ月前まだランドセル背負ってたのに、もうそんなこと言えるんだよ。
とにかくね、大体学年の半分は旦那と同じ小学校出身だから別に皆が旦那にあれこれ言ったわけじゃない。むしろ大多数の人はかばってくれてた。でもね。

些細なことばかりではあったよ。体育の時にグループを組みたがらないとか。通りすがりに悪し様に言われたりとかね。でも旦那、スポーツは何でもできたからやっぱり目立つ。あの顔で、小さくてさ、女の子への人気もかなりのものだったわけ。それがあいつらにはますます面白くなかったんだろうね。些細だけど、エスカレートしだした。
……旦那は、真っ直ぐに育ってきた人なんだよ。だから最初は信じてた。そういうことをしてくる人でも、いつかきっと判ってくれる。だから何かといわれるたびにちゃんと反論してね。見てるこっちが苛々するぐらい愚直に対応してた。

けれどね、堪えた様子のなかった旦那の態度にあっちもいらだったのかなあ。ドコから仕入れてきたか知らないけどね、根も葉もない噂が立ちだしたんだ。旦那はさ、両親いないから。捨て子だとか実は親が浮気して駆け落ちしたとかね。一番酷かったのは……両親が犯罪者で死刑になった、だったかな。その噂には流石に旦那も怒ってね。そりゃそうだよ、自分のことならともかく両親を侮辱されて怒らない人じゃない。毎日ね、ホントに毎日、かわいそうになるぐらい走り回って噂をしてる人一人ずつにね。ちゃんと説明して回ったんだよ、わかる? 一人ずつだよ? それも自分のことをあまりよく思ってない人のところへ、毎日毎日毎日行くんだよ、しかも一人で。俺も他の旦那の友達も自分達も手伝うっていうのに、自分がやらなきゃ誠意が 伝わらならないとか言って一人でやるんだよ全部。
そんなことがあったのが、秋でね。
運動会とかあってさ。旦那も元気そうだった。楽しそうだった。
けど、ね。限界だったんだ。

――旦那は、その冬、壊れた。

家から出てこないんだ。家からっていうか自室から。布団からはかろうじて出れるけど、下手すると一日中布団の中だ。俺様が遊びに行くとね、部屋の中ではそれなりに普通に過ごせるんだよ。人生ゲームとかやってね、俺様に勝って笑ったりするんだよ。でもね、でも。
学校には、行けなくなった。
信じられないかもしれないけど、本当に部屋から出れないんだ。最初は風邪だったんだよ、熱が出てね。でも熱が下がっても部屋から出れない。無理に出ようとしたらしいんだよ、何度もね。ああいう気性だから。でも無理だった。廊下を出てね、玄関を見るともうだめ。ガタガタ震えて蹲っちゃう。下手するとその場に吐いちゃう。旦那のお祖父ちゃんも担任の先生も、何も言わずに好きなだけ休ませた。そりゃそうだよ、あんな旦那見たら学校に行けっていえないよ。しかも旦那は額を畳にこすり付けて土下座するんだよ。申しわけありませぬって言うんだよ。出れないのが一番辛かったのは旦那だよ。

風邪とかじゃないからね、俺様が毎日友達の誰かを連れて見舞いに行ったよ。一緒に宿題してね、学校であったこととか話してさ。給食にヤキソバが出た日は旦那はちゃんと悔しそうな顔をしてくれたよ。そうこうしてるうちに、二週間ぐらいなのかな。家の中なら大丈夫になった。嬉しかったね。そのうち冬休みが始まった。そうしたら、あっという間によくなったね。家の外にも出れるようになったし、学校にも普通に行けた。職員室に駆け込んで大声で謝ったらしいよ。


冬休みが終わっても、旦那はちゃんと学校に来た。
ホントに、始業式に旦那の姿を見たときはびっくりしたね。でも旦那は笑顔で挨拶してくれた。その時俺は気がつかなかったんだけどね。
旦那は、変わっちゃったんだよ。
一人称を、「俺」にしたしあの敬語調なしゃべり方もなくなった。ビックリしたね、寂しくもあった。だけどあれは旦那なりの対処だったんだと思う。旦那としては相手が自分のなにを気に入らなかったのか理解できなかったんだろうね。だから最初に指摘されたしゃべり方を直した。それからちょっとずつ態度も変わったかな。何でも突進するようなとこは少なくなってちょっと周囲を見るようになった。もちろん幼い頃からのクセだたしゃべり方を直すとかさ、それが成長っていえば成長なんだろうけどさ、一気に色々変わりすぎて切ないぐらいだったよ。

そのまま、俺達は二年生に進級した。旦那への仕打ちは一時期ほどではないにせよ続いていたね。でももう旦那は反論しなかったし両親のことも祖父のことも弁解しなかった。ただ無表情になってやり過ごすだけになってた。その後で無理に笑うんだよ、俺は凄く悲しかった。俺は、旦那に何もしてあげられなかった。

まあでも、なんていうか。そのころは俺も色々あって……そこで旦那に頼っちゃって。旦那はますます誰にも弱音を吐いてくれなくなって、俺様は後で凄く凄く後悔した――けどもう、どうしようもなくなってて。



だからね、俺は一生旦那のそばにいてちょっとでも旦那を守るつもりだったんだ。もし今度旦那が助けが必要になったら、俺がなんでもするつもりだったんだ。けどさ、ほら、伊達ちゃん言ったじゃない。まだ四月の頃に、旦那がぽろっとさ。

"ま、待て伊達! 某はそのようなことはないでござ……っ!"
"……それがし? Hey, cool だなあそれ!"

褒めてくれたじゃない。かっこいいって言ってくれたじゃない。旦那は凄く喜んでた。その日の帰り道はずっと伊達ちゃんのことばっかりだった。本当に本当に旦那は喜んだんだよ、伊達ちゃんが自分の言葉遣いをかっこいいって言ってくれたことが本当に嬉しかったんだ。今思えば中学で俺様そんなこと一言も言ってなかった。旦那が ほしかったのはその言葉だったんだね。
その次の日からだよ、旦那が今の言葉遣いに戻ったの。小学校からの知り合いに話したらすごいほっとしてた。よかったって喜んでた。やっぱり真田はそうじゃなくっちゃ、って。





だからさ俺様は、旦那のことは伊達ちゃんに任していいんだなあって、思ったんだよ。
言葉を結んで佐助は窓の外へ視線を向けた。

「お前も必要だろ」
オカンなんだからよ、と政宗に笑われて、佐助は複雑な表情を浮かべる。
「ドコに息子にすがって泣くオカンがいますか」
「そんなことしたのか」
「そこでさらりと聞きかえすか普通。絶句しろよ絶句」
「Pardon, こういう性分でな」
「伊達ちゃんは謝罪の言葉を軽率に使いすぎ。ちゃんと本心こめろ本心」
「元々pardonに深い意味はねぇよ。あのな猿飛。頼り頼られは当然だろダチなんだから。俺だって今後真田やテメェに頼って泣くことあるかも知れねぇだろうが。ここ三年間で真田に頼られてないからって今後何年あいつと付き合うんだアンタは」
「……旦那じゃないけど、極稀に伊達ちゃんはすごいなあと思うね」

そうやって普通は言い切れないもんだよ、と佐助ば寂しげに言うと、言い切れるとか切れないじゃねぇよと相変わらずの涼しげな顔で返された。
「言い切れ。自力でぶった切れ、信じてりゃそれが真実だ」
「……うーん、伊達ちゃんってばアメリカン」
適当に囃し立てると、そりゃそうだろと苦笑された。そういえば伊達政宗は小学校は海外だったか。
「なんか辛気臭くなったね」
はーやれやれ、と佐助はわざとらしく溜息をついて鞄を持って立ち上がる。
そろそろ部活が終わる時間だから旦那を迎えに行かなきゃねぇ、と笑って教室を出ようとして。



「猿飛」

りんと響く声に呼び止められる。振り返れない。

「はしょられたてめぇの話は、また今度な」
それだけ言うと、さっさと佐助の横を通り過ぎて教室を出て行ってしまった政宗をぽかんと見つめることしばし。
「ちょ……なんだって!?」
「ごまかすんじゃねぇ、っつーかネタはあがってんだ」
「……っ!」
「気持ちの整理ついてから、もっと後でもいい。でもいつか話せよ」
「………………えーと、一言ここでいい?」
先に廊下を行っていた政宗は振り返ると、Come on.と笑う。
その余裕ッ面に佐助は思い切り舌を出した。

「伊達ちゃんのかっこつけ!」
「元々だ」
微笑でさらりとかっこつけられ、佐助の拗ねは行き場を失った。




 

 

 



***

サスダテサスとかいうわけではないのですが、この二人は幸村大好き+ちょい捻+調子良い+ツッコミ+口が回るみたいな共通項が多いので書いていて面白いです。
相変わらずどうでもいいコトを捏造中。佐助については後日。


ところで幸村が政宗に惚れたのは実は↑のエピソードなんじゃねぇかとうっすら思いました。
政宗が幸村に惚れるのはもう少し先です。