<青春時代>
飛び込んできた赤い風が、教室にいた青い彼へ突進する。
直線状にいた生徒はさささとどき、気がついた青いほうは微笑んだ。
「政宗殿ー!!」
飛びついた幸村は座っている政宗に抱きついて、彼の肩にぐりぐりと頭を寄せる。
「受かりました……某、受かりましたぞ!!」
「Good job, 幸村。良くやったな」
おお! と周囲が声を上げる。
誰からともなく拍手が沸き起こった。
時期としては、受験勉強で全員がぴりぴりしていることだった。
それなのでいち早く合格をもぎ取った幸村が祝福されるということは、彼の人望を語っている。
……だけではないのだが。
「よかったな幸村……! お前には絶対無理だと思ってた」
「よかったね真田君! ちゃんと名前は漢字で書けたんだね!」
「伊達の書いた小論文丸暗記できてたんだな! ほんと良かったぜ!」
涙ぐんで幸村を讃えるクラスメイトたちはひどいことを言っているが、全部事実である。
なにせ幸村はこの高校も推薦入試で入っているのだが、その時は試験用紙に自分の名前を間違えて書くという離れ技を披露している。
極度の緊張体質なのもあるだろうが、十五にもなって自分の名前を間違えるのは逆に離れ業だ。
「政宗殿……政宗殿!」
一番号泣しているのは幸村で、よしよしと頭を撫でている政宗をぎゅうぎゅうと締め付ける。
「よかったなあ、幸村。これで政宗と一緒に大学いけるもんなあ」
しみじみと誰かがいい、全員がうんうんと頷いた。
伊達政宗と真田幸村と。それからもう一人。
この三人は校内の人間ならば誰でも知っているトリオである。
三人とも顔がいいとか言うのも理由なのだけど、とにかく見ていて面白い。
伊達は超有名会社の御曹司で、頭もよければ運動も出来る万能人だが、なんとなく親しみやすい。ぶっちゃけ人と色々違って面白い。
真田は超がつくアホの子である。ついでにドジ。いつも熱血で正直で直球なので生徒教員全員に可愛がられている。
「うるさいよ、旦那。俺様寝てたんですけど」
ひょいと教室の扉から入って来た赤毛の彼は、政宗からようやく離れた幸村の頭をくしゃくしゃ撫でた。
「おめでとう。頑張ったね」
「しゃすけぇ〜!」
「うわ、ちょ、重い汚いッ!!」
正面から涙とかもろもろでぐしゃぐしゃの顔で抱きつかれた佐助は悲鳴を上げたが、クラスメイトはほのぼのしい光景だと思って誰も止めなかった。
猿飛は可もなく不可もなく。全体的に平均的な生徒である。年の割りに大人びているというか飄々としてはいるが。あと真田のオカン。
「よかったな佐助……息子が無事に大学に受かって」
「ほんと皆さんのおかげですよ〜って違うから! 俺様別にこの人のオカンじゃないから!」
「さすけぇー」
「旦那、顔を拭く! まさかその顔で伊達ちゃんにしがみついてないだろうね?」
取り出したハンカチで顔を拭われると、幸村はくるっと振り返って「もうしわけありませぬ政宗どのぉおおおおおおおお」と絶叫した。
……もうどうでもいい。
「あ、伊達ちゃん」
「……その呼び方そろそろやめねぇか猿飛」
「俺様をそう呼ぶのを止めたらね、独眼竜」
「そっちは人格を疑う。なんだ」
「俺様も同じ大学受けるね」
さらりと言われて、政宗はいんじゃねぇかと笑う。
「驚かないね」
「ああ」
「さすけぇえええ!」
飛びついてきた幸村の頭を押さえて、それ以上近づいてこないようにしながら佐助はにっこり笑う。
「別に伊達ちゃんでも旦那のためでもないんだ」
「知ってる。宿舎だろ。安いからなあそこは」
「………………聡いアンタはたまに嫌いだね」
感謝させてやろうと思ったのに、とにいと笑った佐助に、勝手にホザいてろと政宗もにっこり笑った。
当たり前だが、と現地へ向かう電車の中で政宗は言う。
なお幸村は前夜からはしゃぎまくって今は彼の横でくーすか寝ている。どこの子供だ。
結論を言うと、政宗も佐助もあっさり合格した。
特に政宗は余裕だったのだから当然か。
「俺は宿舎ははいらね−からな」
「……すっごい今更だけどさ、よく実家が許したね」
もう大学へ向かう電車の中ではあったけど、佐助はそう言って眉をしかめる。
政宗の実家は超がつく金持ちというか大会社の社長というかなにかで、親も結構過保護だったことを佐助は知っている。
それが一人暮らしなんて。
「俺の右腕が同じマンションにいる」
許可が下りたのはその所為だな、と笑った政宗に「右腕?」と首をかしげる。
「ああ。ま、近くには住むからたまには来い」
いいもん食わせてやるぜと笑われて、そりゃ楽しみと佐助も笑う。
電車が止まって、駅名がアナウンスされた。
「じゃあ、これからもよろしくな、佐助」
「……え?」
「県境越したぜ」
外を見て涼しい顔で笑った政宗に、佐助は思わず噴出した。
「うん、よろしく政宗ちゃん」
沈黙たっぷり三十秒。
「……いやおかしいだろ」
「あれ? なぜだか口が反射的にちゃんを」
「ふザけんな。殴り飛ばすぞ」
「いやん、政宗ちゃん乱暴ー♪」
「なら途中下車か。人生から」
「人生!? ちょっと待って! それはバイオレンス過ぎるよ!」
「かわいそうにな幸村。お前のお母さんは天国の星となるぜ」
「物騒すぎますから! あとオカンじゃないって……!」
「Good-bye, mummy. 息子の面倒はちゃんと見てやるから心配するな」
「調子乗りましたすみませんまー君!!」
「猿飛佐助。詰められるスーツケースは何色がいい?」
「イヤァアアア、怒らないでそういうこと言わないでダテムネ様!」
「しょーがねーな。かわいそうだから首の剥製でカンベンしてやらぁ」
「何でそんな物騒な方向にしか思考が働かないのかなぁ、この電竜は!」
「何でだろうなあ。たぶん俺の目の前に座っている猿頭の所為じゃね?」
にっこり笑顔で言った政宗によりかかっている幸村が小さく呻く。
彼がよりかかっていないほうの手を伸ばして、政宗は佐助の額にデコピンをする。
「った」
「黙れよ、佐助」
起きちまうだろ、と笑った政宗の顔は。
そりゃあもう綺麗だった。
(……あれだ、雪女かくや。夜叉姫だっけ)
「何余計なこと考えてんだ。寝れねぇなら寝かせてやるぞ永久に」
「寝ますお休み政宗!!」
***
こんなかんじの三人。
飄々としたオカンとその喧嘩友達的なフリーダム長男と甘えん坊オバカ次男。
この頃は佐助は小十郎との対面はない。