<趣味>
「よう猿飛」
「か、片倉さん!」
政宗のところに行く途中でばったり会った小十郎は、いつものようなスーツ姿ではなく、ラフなカッターシャツと綿パン姿だった。
スーツ以外も着るんだ、と当たり前の事に感動しながら、挨拶を返す。
ちらと少し大きめの鞄の口から軍手と小さな鎌が見えて佐助は思わず尋ねた。
「片倉さんどこ行くの?」
「畑だ」
「畑?」
ハタケ。顔に似合わない。と即座に思ってから慌てて打ち消す。
人の趣味は人それぞれだ。
でもその顔で鞄から覗く鎌は、いくらケース付きとはいえ少々イケナイ考えを呼び起こす……ノコギリとかよりいいですけどね!
「前にお前にゴーヤ食べさせただろう」
「あ、うん」
「それを作ってた畑だ」
「あ……ああ!」
そういえば食べさせてもらった時に、趣味で畑を持っていると教えてもらった気がする。
その時は自分のためにわざわざゴーヤを作ってくれた事が嬉しくて半分上の空だったけれども。
「俺も言ってもいい?」
「ああ? 構わねぇが……政宗様のところに来たんじゃなかったのか?」
「ん、別に約束してたわけじゃないから大丈夫」
嘘。本当は約束してました。旦那のレポートが危ないからそれの手伝いをしようって話になってました。ごめんなさい親愛なる政宗様俺は子供よりも恋を取ります。頑張ってください。
小十郎の後ろにくっついて今通ったばかりのマンションの入り口へUターンしながら、佐助はぽちぽちとメールを打って、送信ボタンを押すと、即座にマナーモードにした。
「あれ、車で行くの?」
「五分くらいだけどな。収穫したものを持って帰るのに、車のが都合がいい」
車のキーを片手に、回してくるから少し待ってろと小十郎は駐車場の奥に向かう。
内心で「うわー片倉さんの車だー!」と喜んでいると、携帯が震えた。
一瞬取るのを躊躇ったけれども後が怖いので取る。
『Hey,いい度胸してんじゃねーか』
「……あははー」
『あいつのお守が一人じゃ重いのわかってんだろーが!』
「だって片倉さんとデート!」
政宗の怒鳴りに即行で返す。
友情も大事だとは分かっているけれども、せっかくの小十郎からのお誘いをフイにできるかといえば別問題だ。
ちゃんと後で行くからと言えば、切羽詰っているのが分かったのか最初からただからかい半分に当たっておきたかっただけだったのか、電話口で苦笑されたのがわかる。
『わーってるよ。せいぜい頑張ってこいや』
「うん」
ありがとね、旦那よろしくね、と伝えて電話を切る。
鞄にそれをしまいこむのとほぼ同じタイミングで、車に乗った小十郎が玄関先に出て来た。
「失礼しまーす」
どきどきしながら、表面だけは頑張って冷静に助手席に乗り込む。
靴の裏に土がついてなかったろうかと乗り込んでからはっとしたが、小十郎は気にしなくていいと口元を吊り上げた。
「どうせ帰りには泥だらけだ。猿飛、その服汚れても大丈夫か?」
「うん、安いのだし」
というか汚れてはいけないような服なんて持ってない。
頷いてシートベルトをつければ、ゆっくりと小十郎はアクセルを踏んで車を動かした。
小十郎の借りている畑は住宅街を少し外れたあたりにあって、一人で手入れするにはちょっと大変じゃない? と思うくらいの広さだった。
小十郎はその隅に置かれている小屋からガタガタと肥料の袋や道具を出す。
軍手を一組受け取って手に嵌めて、何をすればいいか尋ねた。
「そうだな……そこのを抜いて、土をならす」
示して言われればしなしなになったものが約一列分並んでいる。
それを全部抜いて畑の隅に積んで、あらためて土を耕して肥料を撒くんだそうだ。
その間に別の野菜の様子を見ていると小十郎は向こうへ行ってしまう。
「よーし張りきってやりますか」
袖を捲り上げて佐助は威勢良く枯れた苗木を抜き始めた。
「なんだ、うまいもんだな」
「中学校の頃、園芸部だったんだよ」
様子を見に来た小十郎が感心したように言う。
褒められるとむず痒くて、佐助は小さく笑って鍬を深く土に差した。
佐助と幸村が通っていた中学には小さな畑と温室があった。
園芸部に入っていた佐助はその世話を三年間比較的真面目にやっていて、土いじりに関してはそれなりに知識も経験もある。
園芸部の頃は面倒だなぁと思う事もあったけれど、今は思う。
園芸部だった自分グッジョブ!
少し空が赤く滲む頃に作業のすべてを終えて、佐助は再び小十郎の車に乗せてもらってマンションまで連れて来てもらう。
「今日の礼だ」
「え、いいの?」
収穫した野菜が入った袋を手渡されて顔をほころばせる。
昨今野菜の値段も馬鹿にならない。しかも小十郎の手製だ。
大事に食べようと心に誓う佐助に、それからよ、と小十郎が切り出した。
「今度出張があるんだが……長期になりそうでな」
「うん」
「畑の様子を時々見にいってもらってもいいか」
「へ」
「手間取らせる分だけのモンは払う。お前なら任せても大丈夫そうだしな……無理にとは言わんが」
「やるやる!」
即答した。するしかない。ここでYesと言わずして何という。
片倉さんに頼られた! と心の中の自分が舞い踊っている。
「あ、じゃあ様子見に行くかわりに、野菜少し分けてもらっていい?」
「そんなんでいいのか」
「小十郎さんの作る野菜美味しいもん」
「そうか」
ふ、と。
自然に笑った小十郎の笑みに、不意打ちを食らって。
「猿飛?」
「あ、はい!」
「また詳しい事が分かったら改めて頼むと思うが、何かあったら連絡するから」
「あ、うん」
アドレス交換ね、と慌てて携帯を取り出す。
赤外線でやり取りをして、下の階にいる小十郎とエレベーターのところで分かれて、一つ上の階で降りた佐助は足早に政宗の部屋に向かう。
ピンポーン
「Oh,佐助……」
「政宗ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
出て来た政宗に正面から抱きついて、えへへあははと佐助は顔を崩す。
ここ数時間必至こいて平常を取り繕っていたのが全部外れた。
「あーもう俺様超幸せ!!」
「……あー」
怒る気も失せるわ、と政宗が肩口で溜息を吐いた。
***
佐助がへん。