<前夜祭の場合>



ホテルの一室。
豪奢な内装と煌びやかな照明とは裏腹に、そこにいる全員の顔は沈痛の色が浮かんでいた。
明日から並森中で、ボンゴレリングを賭けた争奪戦が始まる。
その片陣営が居並んでいるというのに、覇気というものが一切なかった。

「で、どうすんだよー」
プリンをつつきながらベルフェゴールが沈黙に飽きたといわんばかりに声をあげる。
それを一睨みしたXANXUSは、しかし何を言うでもなく椅子に座ったまま目を閉じた。
ひっつめていた髪を下ろした姿は年齢に多少近づいて見える。少なくとも、夕方綱吉達と見えた時よりはずっと印象が違った。

全員がここまでやる気がないのは、単に明日から開始されるリング争奪戦で何が起こるかを知ってしまっているからだ。
今まで復讐に燃えていた炎は、綱吉を見た瞬間に消えてしまった。
向こう十年の記憶と引き換えに。



ここでもしもその未来が気に喰わないものであれば、これ幸いとばかりにぶち壊しにかかっていただろう。
けれど、どこをどう捻っても、彼らの十年後に不満というものがなかったのだ。
仕事が少ないだの書類仕事が多いだのお茶の呼び出しを受けるだの細々とした不満はいくらでも浮かんだが、ではその生活を十年後の自分達が嫌がっているかといえば「否」だった。
どことなく客観的に自分の記憶を見れるからこそそれは明らかで。
ヴァリアーとしては、このまま記憶の通りの未来になってもらいたいという事で意見がほぼ一致していた。

けれどリング戦を完全に再現するのは無理だろう。
そのあたりの記憶の細部はXANXUS達もうっすらとした残っていなかったし、同じように動いて向こうも同じように動いてくれるとは限らない。
スクアーロの言によれば、少なくとも獄寺と山本は自分達同様記憶を持っているらしいが。

「もしリング戦で私達が勝ったらどうなるのかしらねぇ」
「そしたらツナヨシがいなくなるじゃん。俺そんなのやだー」
「ボスがボスになる事に異論はない」
「あいつがヴァリアーボスにはならねぇだろうしなぁ゛」
「…………」
「僕はやるよ」
ぱりぱりと5円チョコを頬張っていたマーモンが、珍しく自分から口を開いた。
「あら、珍しくやる気ねぇ」
「今度こそあの南国果実に一泡吹かせてやるんだ」
マーモンは静かに闘志を燃やしていた。
リング争奪戦の最終結果は同じとしても、そこに至る過程が多少変わっても問題がないと考えているらしい。
なるほど向こうにも記憶持ちがいるのであれば大丈夫かもしれない。
とすれば個人の雪辱戦ができるわけだ。

「……なるほど、それなら私も頑張っちゃおうかしら」
「……俺は俺のベストを尽くすだけだ。ボスのために」
「しししっ、王子はまた勝つもんねー」
「確か最終的に大空戦で決着つけるんでしょ。ならそれまではどうでもいいよね」
「適当だなぁ゛……」
行き当たりばったりすぎんだろ、と溜息を吐いたスクアーロに全員の視線が集中して。

そして。



「「スクアーロは死なないようにね」」

「……お゛う」





 

 


***
(心配はしてもらえた)