<嵐と雨と雲の場合>



とんとんとん、と組んだ腕を自身の人差し指で軽く叩きながら、雲雀は応接室の黒い革張りソファに座っている。
その機嫌は、常の彼としては上に入るもので、風紀委員以外の、しかも複数人を前にしては珍しい事だっだ。

その真向かいに並んで腰かけている獄寺と山本は、方や諦め、方や苦笑を呈している。
「初対面」は最悪だった彼らがそれなりに顔をつき合わせていられるのは、偏に彼らが共通して今後十年の記憶を共有しているからだ。

「まったく……どういう事か説明してほしいんだけど」
「いや、俺達にもよくわかってねーし」
「記憶の逆行、なんだと思うんだがな」
「何それ。新手の超能力かなにか?」
「知るか。十代目やリボーンさんは何も思い出したりはしていないらしいしな」
「この三人だけなんだよなー……あ、あとランボもなんだっけ?」
「笹川もらしいが」
「……ふぅん」
ざっとした現状の説明に、気のないように雲雀は応える。
最初から明確な答えは期待していなかったのだろう。

三人の情報をまとめて推測するとこうなる。
綱吉と会う……おそらくは「目が合った瞬間」に、二十四歳頃までの記憶が戻る。
しかもそれは守護者のみらしく、鍵となっている綱吉や、リボーン、ビアンキといった周りの者達に変化は見られない。
最初は妄想の類かとも疑ったが、ランボも含めて共通した記憶をいくつも持っているのは確認したので、空想というわけではないらしい。





退出する前に草壁が淹れていった緑茶の入った湯のみを持ち上げかけた獄寺が、その動きを止める。

守護者つながりで思い出したらしい。
雲雀も思い当たったのか、きゅっと眉間の皺を濃くする。
嵐、雨、雷、雲は記憶を戻している。
晴も直になるだろう。
さて、そうなると、守護者にはあと一人。

「……あいつもか」
「アレもなのね」
「骸はどうなんだろうなー」
一人けろりとしている山本だけがあっさりとその名前を呼ぶ。

記憶の終わりの方ではヘタだの南国植物だのと呼ばれ綱吉にこき使われ雲雀のいいストレス発散の相手となり、総合するとそれなりに役に立ちコミュニケーションも取れていた男だが、初対面時の印象はすこぶる酷い。
獄寺はその体を乗っ取られ、雲雀に至っては姑息な手段を使われて膝をつくハメになった相手だ。
もちろんその報復はきっちりしたが、それとこれとは話は別だ。
あの屈辱を二度も味わってたまるか。

「どうすんだ、アレ」
「僕がとっとと噛み殺せばいいんじゃないの?」
サクラクラ病にかからなければ問題ない。

が。
「……でも骸のおかげっつーか、あの戦いで、ツナが強くなるんだよな?」
「あ」
「…………」
そういえばそうだった。

骸を野放しにすると被害者も出るしこちらも色々と面倒だし、骸も復讐者に捕まって外に出してやるまでに紆余曲折があるから正直とっとと片付けたい。
片付けたいが、そうすると綱吉の成長の機会が減る。
骸との戦いで小言弾を手に入れるからこそ、あのリング争奪戦を乗り越えられるわけで。

ついでに骸を事前に説得するという選択肢は最初から存在していない。


「ほっとけばいいんじゃない」
さらっと雲雀が提案した。
「……まあ、俺らは前のように簡単にやられてやるつもりはないけどな」
獄寺が適当に同意した。
「骸、なんにも覚えてないから大変なのなー」
山本が陽気に同情した。


綱吉と骸が出会うのは、綱吉達が黒曜ランドに乗り込んでから。
すでに色々やらかした後の彼が、記憶を取り戻した時どんな反応を示すのか。

ぶっちゃけそれが見てみたいと思っている反応だった。


 

 


***
(記憶があるから当然骸の扱いも十年後版)