<雲の守護者の場合>



そいつらが部屋に入ってきた時、言いしれない不快感があった。
黒髪の方は僕の姿を見てもへらへらとした顔を崩さないし、灰色の方はタバコを銜えたまま面倒そうな表情を崩さない。
縄張りに群れで侵入してきた事も、僕の前で堂々と校則違反をしている事も、不愉快だった。

「風紀委員長の前ではタバコ消してくれる?」
僕を前にして平然としているその顔が気に食わなくて、手っ取り早く噛み殺すことにした。
トンファーを繰り出し、足を踏み出す。
「消せ」
それは絶妙な位置でタバコを切り飛ばすはずだった。

だというのに、灰色はあっさりと身を引いて一撃を交わした。
「おー、すげーな獄寺」
「手がはえーのはそのままかよ雲雀……」
「なに人を呼び捨てにしているの」
名前が知れ渡っているのは知っているが、本人を前にして不遜すぎる態度だ。

不機嫌さを隠さずに言えば二人ともくつくつと笑う。
何がそんなにおかしいのか、僕の不機嫌さは上昇するばかりだ。

「へー、はじめて入るよ応接室なんて」
そこにのこのこと、一人だけ能天気そうな草食動物が入ってきた。
苛々をぶつけるようにトンファーをお見舞いすれば、避けるどころか気付く事すらできたのかどうか、彼はまともに喰らった。
――弱い、弱すぎる。
この二人の連れであれば受け身くらいは取ると思ったというのに、噛み殺すだけ無駄だとすら思える弱さだ。
こんなもので不機嫌が解消されるわけがない。

二人は一瞬きょとんとしてから、先程までとは全く違う色を瞳にたたえてこちらを見てきた。
仕方がないと子供を叱責する親のような色と、静かに怒りを湛えた色。
どちらにせよ向けられて気分のいいものではない。
けれど、僕の背筋はぞくりと粟だった。

――面白い。



二人はなにやら言葉を交わしていたけれど、僕の前でそんな余裕があるなんておこがましいとばかりに連続してワザを繰り出せば、二人はギリギリのところで避けた。
反応は異常に早いけれど、それに体の動きがワンテンポ遅れている。
それでも僕の武器は灰色頭の彼の前髪を数本持っていくのがせいぜいで、苛立ちに舌を打った。

どれくらい交戦していたのか。
交戦といっても、向こうは攻撃のひとつも寄越してはこず、いい加減舐められたものだと煮え滾っていたところで、むくりと倒れた少年が起き上がった。
思ったよりも早い。
思ったより浅く打ち込んでいたのか、それとも打たれ強いのか。

「いつつつ……」
「起きたのなーツナ」
「ご無事ですか十代目」
「なんだってんだよもう……」
軽く息を乱した二人が笑いかける。
赤くなった頬を押さえて顔を上げた彼と僕の目が合った。


その、数秒後に。

僕はトンファーを体の横に降ろして、「武」と「隼人」を睨み据えていた。
へらへらと武は笑っている。
隼人はやっとかというように、新しいタバコに火をつけていた。

先程までとは違う怒りが腹の底から湧き上がる。
遊ばれていたと理解すれば、後はどうするかなど決まっている。



「今日のところは見逃してあげる。とっとと帰るんだね」
「え、え、……?」
ツナヨシは事態を把握できていないようで、首を傾げている。
まだただの草食動物な彼とここで戦っても面白くない。
今日はあの赤ん坊も来ていないようだし。
それよりも今は、笑っているあの二人を相手にした方が楽しめるだろう。

ツナヨシを応接間から締め出して、ピシャリと扉を閉めた。
退路を断つ形で立っている僕に、武と隼人は笑みを僅かに引き攣らせる。


「さあ、楽しませてくれるだろう?」
「……もしかして雲雀、怒ってるのなー?」
「落ち着け、話し合おう」
「話し合いは苦手でね」
トンファーを掲げて僕は笑う。


――さあ、楽しい遊戯の始まりだ。


 

 

 

 


***
(遊ばれるのは大嫌いなんだ)