<スベードとジョーカー>
膝を地面につけたのは初めてという顔をしていた。
まだ戦闘意欲を失っていない事を、睨み上げてくる目の奥に感じ取って、ジョットは唇の端を吊り上げる。
見る者の肌を粟出せさせるような、王者の覇気を剥き出しにしたそれに、青年は怯む事無くジョットを見ていた。
それがますますジョットの被虐心に火をつける。
「……お前、名前は?」
「それを聞いてどうするつもりです」
殺す者の名を覚えておく趣味でもあるんですか、と青年は酷薄に笑う。
体のあちこちから血を流して、立つ事もすでにままならないというのに、性格だけは一人前かそれ以上だ。
武器はすでに手にはない。そもそも武器を持つ手は、ロクに動かしもできないだろう。
そもそも意識を保っているのが不思議なくらいなのだ。そうさせているのは、彼の矜持だろうか。
面白い、とジョットは彼と対峙してから幾度としれない感想を抱く。
ここまでしてまだ歯向かうその気迫に、ジョットは悪戯を思いついたかのように目を細めた。
「殺すならとっととおやりなさい」
「いや、お前は殺さない」
「なっ……!?」
ジョットの宣告に、青年は自身の血で赤く濡れた目を見開いた。
映るのは、驚愕と怒気。
「……殺す価値もないという事ですか」
「逆だ。お前は殺すには惜しい――俺はお前が気に入った。俺の守護者になれ」
「…………は、い?」
何を言っているのだ、と表情が如実に語っていた。
先程までの冷酷な仮面が剥がれて、その下の感情が露出する。
「そ、そんな事を言って油断でも……」
「油断をさせる意味がないだろ。その気になれば一撃で葬れるんだぞ?」
「…………」
くつりと笑ってやれば、青年の表情が冷たくなる。
ああ楽しい、と心中で呟いて、ジョットは銃をしまった。
「あ、あ、あなた……本気ですか? 僕はまだあなたを殺す事を諦めてなんていないんですよ?」
「守護者になった方が近くにいやすくなる分、狙いやすくもなるが」
「……死にたいのですか」
「あいにくと、まだ当分生きる予定だ」
ポケットに手を突っ込んで、尊大にジョットは言った。
「さて……お前、名前はなんだ?」
「…………」
「守護者にするのに名前くらいは必要だろう」
「…………」
「言わないのなら、ポチにしようか、タマにしようか」
敗者に拒否権などないと言外に言ってのけたジョットに、青年はたっぷりの沈黙をした後に、観念したようにぼそりとそれを言葉にした。
「……D・スペードです」
「トランプに強そうだな」
そうとだけ言って、ジョットは踵を返した。
後ろにいる青年がこれからどう出てくるかが、楽しみでならなかった。
「正直、その後もなにかって俺を殺しにくるかと思ってたんだけどな」
テラスでティーセットを広げた、空の下でのお茶会にて、ジョットはそう言って過去話を締めくくった。
「ジョット、お茶請けはどうします? クッキーですか? ケーキですか?」
甲斐甲斐しくジョットの身の回りの世話を焼くスペードの様子を微笑ましくかつ温い目で見ながら、雨月はジョットのついでに出された自分の茶を飲む。
いかんせん慣れない味ではある。
「緑茶が飲みてぇなぁ」
「なんだ、そっちのが好みか……スペード」
「はい」
「緑茶が飲みたい。俺と雨月の分だ」
「わかりました」
言いつけられるのが嬉しい子供のような顔をして、スペードは室内に戻っていく。
「見事に懐いてんなぁ」
「予想外で、これはこれで面白かったが……」
呟くジョットは不機嫌そうで、雨月は首を傾けた。
「いいじゃないか、命を狙われる危険性が薄れたんだし」
「俺としては「裏切り者に背後から狙われるどっきどっきスリリングな生活★」を夢見てたんだ」
「…………」
「あれじゃそれは望めなさそうだ」
本人が聞いたらむせび泣きそうな言葉を吐いて、ジョットは茶器を傾ける。
やっぱり本場だからなのかジョットだからなのか、そういう仕草がサマになるなぁと雨月はほよほよと思った。
「ま、でもあいつの淹れる茶は美味いから、多少の及第点はやるとしよう」
優しいんだか厳しいんだかわかんねぇなと笑いながら、なんだかんだで自分の大空は、霧を気に入っているらしいと雨月は判断した。
***
初代霧はツンデレです。