<兄弟の約束>
「綱吉が継承を承諾した」
青い顔になった弟分に、セコーンドは溜息をついた。
そのまま外に飛び出して行きそうではあったが、幸いというか手回しよく、彼は優しくしかし徹底的に拘束されている。
起き上がることも無理だろう。
「なっ……」
「迷わなかったそうだ」
「んなバカな、あいつは」
静かにしておけ、と言ってやっても静かになるわけなどないのだ。
判ってはいたがセコーンドは彼を止めた。
「綱吉の選択だ」
「本当にあいつの本心か」
「ジョットに強要されるような奴じゃない」
そんなことは彼が一番わかっているはずなのに。
嘘だと、違うと思いたいのか。
揺れている心はセコーンドには垣間見えなかったので、静かに言わなくてはいけないことを続けた。
「……ここに、来るそうだ」
「危険だっつってんじゃ」
「ジョットがいるなら問題ない」
「あいつが誰かを護るヤツか!」
「XANXUS、」
往生際が悪い従弟に、セコーンドは平らな声で伝えた。
「「プリーモ」が「デーチモ」を連れて来るんだ。意味はわかるだろう?」
「…………」
黙ってしまったXANXUSの胸中は知らぬが、その意味の重さは誰よりセコーンドが分かっているつもりだ。
すべての始まり、始祖たる「I」
それを受け継ぐ弟、二番目の「II」
その二人は「ボンゴレ」にとって特別な二人だ。
実際特別なのは「T」だけだとセコーンドは思っているが、対外的にはそうではないようである。
そして電脳戦争が激化しつつある昨今、「ボンゴレ」は「世界」に大きな影響を持っている。
ボンゴレの頂点に立っているとおぼしき者は、当然注目を集める。
連なる者、十番目の「X」
彼もまた、ボンゴレの業を背負い、役目を背負い。
悲劇を背負い、痛みを背負う。
それがどれほど苦しいのかセコーンドにはよくわからない。
自分は強さも優しさも、とっくに投げ捨ててきてしまっていたからだ。
真実、綱吉の今後を知るのはジョットだけだろう。
だが彼は何も言わないに違いない。これまでだってそうだった。
ただ一言、継承を決めた相手に言うだけだ。
「……っ、ザけんな……リスクは話したのか」
「だろうな」
「なっ……」
「ジョットはすぐに継承はしない。決意は揺らぐもの、それをよくわかっている。だから時間を置き、本人が迷っている時にそっと、教える」
それは悪魔のような一言だ。
迷い怖気づく者に、ぽつりと最後のとどめをさすように。
それは一つの優しさでもある。
それを理由に、退けるように。
それが理由と、思えるように。
「綱吉はそれを承知し、継承を決意した。俺達に言えることはない」
「俺は……反対だ」
「知っている」
「俺が、継承する」
呟いたXANXUSを見下ろして、セコーンドは薄く微笑んだ。
何者も寄せ付けない子供だった。その彼が今、ここまでして守ろうとしている存在がある。
セコーンドはそれが嬉しかった。
「XANXUS」
「……」
視線を合わせようとしない彼の黒髪を撫でた。
「俺達は似ているな」
「……」
「俺もきっと、そうしただろう」
綱吉は優秀なボンゴレの一員として、すでに各国にマークされているだろう。
戦闘用電脳で外見を偽ることは不可能に近い。
綱吉の写真は出来うる限り隠したはずだが、それは公式のネットワーク上でのこと。学校等の書類に張ってある顔写真等は隠し切ることは難しい。
どうやってかは知らぬが、「沢田綱吉」を特定するのは不可能ではない。
敵はそれをしたのだろう。そして彼の在籍している学校まで突き止めた。
その結果が獄寺隼人と山本武への襲撃だ。
それを追ったXANXUSは返り討ちにあって負傷した。
その程度のことがジョットの予想の範囲外なわけがない。
恐らく「こういうこと」を了解した末で、綱吉を「戦争」に出したのだろう。
そして「あえて」情報操作も行わなかった。
どう考えても、綱吉が「継承」を断わるわけがない。
現に、これまでの八人の継承者達は、セコーンドを含め、誰一人として継承を蹴ってはいないのだ。
ジョットの「優しさ」は真実とどめでしかないのだろう。
しかし、継承を受けボンゴレに入ることが決まっていたなら、今後のことも考えて綱吉の情報操作はなされたはず。
――ということ、は。
「……っ」
ぞくり、と寒気がした。背筋を這い上がったそれは予感か、それとも。
「継承は、させない」
ギリと歯を噛む音に、セコーンドは視線をそらす。
似ていると言ったが、XANXUSとセコーンドはある一点で徹底的な乖離がある。
すなわち、綱吉はXANXUSの庇護下にあるが、ジョットはセコーンドの庇護を必要としないという事だ。
その一点が、酷く、うらやましい。
そしてその一点でXANXUSを哀れに思う時もある。
彼らに庇護は必要ない。
アレは一人で、単体で、戦場に立てる生き物なのだ。
こんな事はしたくなかったのだと言えれば楽だったのだろうか。
言えても、同じか。
「XANXUS」
「……」
「少し、寝ていろ」
言うと同時に点滴のパネルに数字を打ち込む。目を見開いたXANXUSは即座に腕に刺さっている針を抜こうとしたが、両手両足を固定されていては叶わず、急速に鎮静剤の効用を受ける。
「く、そっ……た、れ……」
最後は唇だけの動きになりながら、悪態をついて眠りに付いたXANXUSを見下ろして、小さく溜息を吐く。
それと背後の扉が開くのはほぼ同時だった。
「死んでいるか寝ているか?」
現れた金髪は、ゆっくりと近づいてくる。その人影は一つだ。
「綱吉は」
「医者から話を聞いている」
安全なのか、と問いかけようとして愚問だったことに気付く。
XANXUSが入院している時点でこの階のセキュリティは万全だ。
すたすたと歩み寄ったジョットはベッドサイドに佇んで、眠りに深く叩き落されたXANXUSを見、細く小さく溜息を吐く。
「……馬鹿が」
「指示通り眠らせた……良かったのか?」
「ああ。今綱吉と会わせてみろ、心臓発作でも起こしそうだ」
それとも俺が殺されるかだな、と笑って言ったジョットをまじまじ見下ろして、セコーンドは呟く。
「まさか……」
嫌な予感に喉が鳴る。
ジョットは心の準備など与えてくれず、すっぱりと淡白に言い切った。
「継承は終わった」
「継承したのか!」
思わず声を荒げる。
「何だその目は? 俺が決め、綱吉が受けた。それ以上でも以下でもない」
珍しく激情に任せ、ジョットの肩をつかんで揺さぶった。からからと細い首の上に乗っている頭が揺れる。
「死ぬんだぞ! 三代目も、四代目も、五代目もっ……!」
「ああ、死ぬな。九代目も死んだ。それがなんだという?」
俺は生きている、とジョットは声に出さず呟いた。
「お前は……なんとも、思っていないのか」
震える声で尋ねると、肩においていた手の片方をつかまれる。
逆らえぬ力で肩から下ろされたセコーンドの手に、ジョットはゆっくりと口付ける。
「俺にとっての「家族」は、貴様だけだ、愛しいセコーンド」
「……っ!」
唐突な告白なのか、珍しい彼からの優しい接触なのか。他の理由なのか。
ジョットの華奢な手に捕まれた手が振り払えない。
手の甲に押し当てられた唇の熱から、手を遠ざけることができない。
「愛している、俺の弟」
くちゅりと音がする。
「な、にを」
「愛しているんだ」
視線を伏せたまま、ジョットの舌が、指が、セコーンドの手を犯す。
くちゃくちゃと撫でられなぞられ、関節を軽く吸われて思わず声が出そうになる。
「貴様を失いたくない。アルコバレーノのように、俺の霧のように」
「…………」
静かに語られる言葉は、間違いなく、曇りなく、ジョットの本当の言葉だ。
……珍しく。
「だから終わらせる。このくだらない争いを」
「だから、綱吉の情報を。隠していなかった、のか」
「抗争は激化するだろう。ボンゴレは大きくなりすぎた」
「担ぎ出すのか、あの子を。そして、殺すのか」
綱吉が死んだらXANXUSがどうなるのか考えるだけでも、セコーンドには悪夢だ。
口に出してはいないが、セコーンドにとってのジョットと同じぐらい大切にしている事は分かる。
セコーンド自身とて、ジョットを失ったらどうなるか想像がつかないのだ。
壊れるとは思うのだが。
「俺は、反対する」
「俺の決定だ」
従え、と命令された。
それは命令だったので、セコーンドは従うしかない。
「わかった」
「そうだ、それでいい。貴様は悲しまずとも、苦しまずともいい」
セコーンド、と甘く甘く呼ばれる。
毒の入った砂糖菓子が、セコーンドの首を抱いて引き寄せる。
「約束しろ」
それも命令だったので、セコーンドは躊躇したが、最後にはジョットの背中に手を回して頷いた。
「わかった」
「貴様は力を振るうな。けしてだ。俺が死のうとも、絶対に」
「…………」
「わかったな」
念を押すように重ねられた言葉に、セコーンドは答えなかった。
きっとジョットの命令を守るであろう自分に嫌悪もあったし、いっそ鮮やかに裏切って彼ををかばったりして死んでやろうかとも思った。両極端の状況を考えてから、それでも答えられなかった。
「…………」
耳元で微かな声が聞こえる。唇が耳朶に触れて、温い息と同時に聞こえる。
「……わかった」
擦れた声で答えて、腕の中にいる存在を力いっぱい抱きしめる。
「いい子だ」
満足そうに頷いた兄の頭を抱きながら、セコーンドは目を閉じた。
耳朶から唇が離れる時、今となっては誰も呼ばない名前を、確かにもう一度呼ばれた。
***
セコプリになりました。
次回、ようやくザンツナに話が戻ります。