<Life Sever>
暗い暗い部屋の中。
蜂蜜色の髪を浮き上がらせて、琥珀の目を真っ直ぐ前に、下に向け。
座っているだけだったけれど、その背中はちゃんと伸びていたけれど。
無論涙などない。顔を歪めてない。激昂の声もない。
見事な無表情で、ただ怖いほどの無表情で彼はそこに座っている。
白い肌はスクリーンからの光にのみ照らされて青白く見えた。
青い画面には白い文字で。
"Error"
「……いるんだろう? リボーン」
甘やかに囁いてうっとりを目を細める。
癪なので姿は出さない。
たまに呼びつけたと思ったらこんな用事か。
「どうせ俺の頼みたいことなんかわかっているだろう。姿を見せろ」
静かに命令口調。けれどもこれは命令ではなかった。
その違いを理解しているリボーンは通信の間で座す。
実際は座るなんて行為ではないのだけれど。
「リボーン」
名前を呼ばれる。彼の言葉はいつも甘い。
それこそ、自我があったころから。
まやかしの仔。
そんなこと知っている。わかっている。
望んでそのまやかしにかかったのは自分だ。今もなお、電子の塊になってもなお、その網から逃れられない。
「リボーン……頼むから」
気弱な声に心が折れる。負けだ。負かされたことを承知で姿を現した。
『……なんだ、プリーモ』
「頼みがある」
知っている。それがほとんど命令に近いことも。
『犯罪行為は自分でやれ』
「俺にとって犯罪なんて言葉はない」
断言された。なんとも可愛げのないことだ。
「だけど“頼み”にする。XANXUSのところのセキュリティを代行しろ」
自分でやれ、とたたき返したかった。
だが画面を見る彼の目は揺れていた。彼の声も揺れていた。
そんなのは確実に演技だろう。この程度のことで彼の心が揺れるはずがない。
そんなこと、わかっているのに。
なのに。
「やってくれ……お願いだ」
その一言に、陥落する。
自分は世紀のアホだろう。そんなこと百も承知だ。
『……こんなこと、パイパーにでも頼んでおけ』
苦く返すと、ゆるりと視線が持ち上がる。
そこで丁度リボーンと視線が合って、ないはずの心臓が高く跳ねる。
「お前にだから、頼めるんだよ、俺の黄色」
優しく甘く。残酷で。
無邪気で狡猾で子供で老獪で。
『了解』
それだけ囁いて、接続を完全に切った。
ぐらぐら揺れる自分を捕まえようと手を伸ばしたけれど、ゆれが心地よくて止める。
黄色。
それはリボーンへジョットがつけたコードネーム。
#06だったリボーンへ、ジョットがつけた小さなニックネーム。
――お前は黄色にしよう。
他の色がないかと不満に言った自分に、どうしてと目を丸くして。
――藍も赤も青も、緑だって許してくれたよ。
消去法じゃねーかと不貞腐れた自分に笑った。
――お前は黄色だよ、強くてやさしくて、けれど卑怯な黄色。
強くて優しくて。
そして卑怯で。
それはそのまま彼だったから、彼へ抱く皆の思いだったから。
光栄な名前だと、そう思った。
ジョットは黄色だ。赤でも橙でも緑でも青でも藍でも紫でもない。
彼と同じで、嬉しかった。
同じ黄色が、嬉しかった。
黄色と呼ばれた。
それは、この二十年で、初めてだった。
電脳の中をリボーンはたゆたっていた。
今のリボーンはトカゲの尻尾に似ている。
本体はちゃんと頑丈なセキュリティ下に守られ、XANXUS家のセキュリティをゆっくりと侵食中だ。
こちらのリボーンは自我はあるが劣化コピーのようなものだ。
能力も演算速度もずいぶんと劣る。
その代わりたとえ消去や破損を受けようとも、本体へのダメージは限りなく少ない。
リボーンは電脳戦争用に創られたアルコバレーノの中でも、第一の実力を誇る。
純粋な情報収集や情報操作に関してはバイパーやスカルが、潜入に関しては風が、破壊に関してはコロネロやラル・ミルチが、修復・防御に関してはルーチェが優れている。
だが総合力やシステムの「抹消」に関してはリボーンが遥かに上だ。
システムの代行を行うということはセキュリティを通すものの選別をリボーンがするということだ。
通常セキュリティはオートで最高ランクになっていて、基本何も通さない。
出て行くことは可能だが入ることは不可能というつくりだ。
ボンゴレのやっていることを思えば当然の措置。
情報を盗まれたら命取り。
接続端末にウイルスでも仕掛けられたら接続した瞬間即死する。
代行するということは。
ナニカを通すということだ。
それがなにかは、薄々察した。
だからイヤになったのだ。バイパーに情報操作でもさせておけ。
ただでさえ一般人はアクセスできないレベルにいたのに、さらに下層に潜った。
リボーンはそれを薄皮を捲るようなイメージで行えるが、普通は硬い壁である。
もう一つ。
もう一つ。
そして、次の一つは捲れなかった。
「ここまでか」
逆に言えばここが最深部の一歩手前だということだ。
硬いガラスのような感触のそこに指先を下ろして、ゆっくりと足の裏全部をつける。
冷やりと感覚が伝わるが間違いなく紛い物だ。
膝をつけて、ノックをするように手を形作る。
コンコン、と。
ガラス音を響かせ、壁が揺れた。
振動が完全にいきわたってからもう一度。
深い青とも黒とも透明ともつかなかった硬質のそれが、ゆっくり揺らめく。
リボーンの足元にふわりと白い輪が出現し、そこからひょこりと黒い何かがでた。
見たところ髪の房。もしかしたら黒い草。あるいはそういう生命体なのかもしれない。
『おやおや、アルコバレーノですか』
声は低い男のものだった。
「情報屋か」
『そうですよ。どうぞお気軽にむっくんと呼んでください』
クフフと男の声が笑った。
下から聞こえてきているわけではないので、なんとなく不愉快だ。
そう思うとソレが伝わったのか、ふわりと黄色い球体がリボーンの目の前に浮かび上がった。
『それではこの姿でお相手いたしましょう』
「なんだこれは」
『Ananasです』
「普通に人間の姿があるだろうが」
舌打ちしてそういうと、クフフフと笑い声が反響する。
笑っているのはゆるく発光するパイナップルだ。叩き切りたい。
この光ってしゃべるパイナポーを平然と自分の姿のかわりに映し出しているのは、ボンゴレお抱えの情報屋だ。
彼の名前は六道骸。その正体は大罪人。
彼は電脳で「戦争」が始められたころ、まだネットワークもセキュリティも甘かったあの時代。
彼はそこらじゅうのセキュリティに潜入し大量殺人を繰り返した。
電脳にいる状態の彼にウイルスを進入させ自由を奪い、本体はボンゴレの所有する研究室の地下の水槽の中に捕まっているはずだ。
『それで、僕には何のご用ですか?』
「情報リークを頼む」
『おや、珍しい。ボンゴレのセキュリティは固いですからねえ。些細な情報でも高く売れるんですよ』
表向きはフリーの情報屋をしている骸は報酬を二倍受け取っていることになる。
だが六道骸のことを知っている者の方が絶対的に少ないのだから、疑われることもないというわけだ。
『で、何を漏らせばいいんですか?』
「恐らく、ツナの情報だ」
『綱吉君ですか。可愛らしい子ですね』
二人が(ツナにとって)悲劇の邂逅をしていたのは知っていたので、リボーンはそのセリフには黙り込んだ。
その時のことを話した綱吉は本気で怯えていた――のと同じ勢いで怒り狂ってもいたのだが。
リボーンの沈黙を誤解したのか、六道骸は明るく聞こえる声で言う。
思いやったのか嫌がらせかは不明だが全力で後者のほうに賭ける。
『大丈夫ですよ、彼は可愛らしいから誰も殺そうなんてしません』
「現実世界に体があったらとっくに殺してるな」
正直に答えると、クハハハと笑われた。面白かったらしい。
これ以上話すのは面倒だったので、リボーンは浮上準備に入る。
ぺかぺか光る果実がくるくると回った。
いっちゃなんだが、早々の撤退を決めたのにはコレに大いなる原因がある。
非常に精神状態に悪い。
『そういえば綱吉君は』
なれなれしく呼ぶパイナップルに腹が立ったが、聞き流す。
もう少しで声が聞こえなくなるはずのところまできていたのに、それだけが打ちぬいたように鋭く響いた。
『まだ目を覚まさないんでしょう』
すうと頭が冷える。
同時に体が沈む。
「なんで知ってる」
『「戦争」には詳しいんです』
「なんでだ」
静かに尋ねる。怒りで身が沸騰しそうだったが堪えた。
綱吉はまだ目覚めない。もう三日目だという。
心配したディーノは毎日泊まり込んでいるとか、仕事が手につかないボスのためにヴァリアーの仕事をセコーンドが肩代わりしているとか。
ふざけた冗談だ。何をしているんだとすっ飛んでいってひっぱたきたいが、生憎と綱吉の精神がどこにいるかはリボーンもわからない。
だから六道骸がなぜそれを知っているかは重要だ。
綱吉が倒れた事は知っていてもいい。
六道骸は「戦争」の電脳空間に在住する存在だ。
だが彼が「未だに起きない」事を知っている道理はない。
リボーンは電脳で意識を見抜く術がある。
相手がパイナップルではあったが、かまをかけていないことぐらいは察した。
と言うことは、彼は知っているのだ。
「教えろ、ツナはどこだ」
『イヤですよ』
ゆらり揺れたパイナップルをわしづかみにする。
震えて逃れようとしたがそうはいかない。
ここから声を出しているということは、これが少なからず六道骸の象徴であるならば。
「あまりオレをナめんなよ」
掴んだ先からアクセスをたどる。
まさか端末からハッキングされるとは思っていなかったのだろう、リボーンはあっという間にそこに辿り着いた。
「出て来い」
命じて、手を引き抜く。
パイナップルが砕けて、苦笑する青年が立っていた。
「やれやれ、さすがですねアルコバレーノ」
「どこにいる」
「意識プールのずっと底です」
「プールナンバーは」
即座に切り返したリボーンに、六道骸は苦笑を深めた。
まったく動揺しない彼に驚いていたのかもしれなかったが、そんなことはどうでもいい。
「No113です。三桁からの生存確率は対して高くありませんよ?」
分かっていると舌打ちした。
電脳はいくつかの深さに別れる。
深ければ深いほど他の意識との通信具合は良くなる。
しかし長らくい続けると自己と他者の境界線が曖昧になり、個人の「意識」は失われる。
綱吉はもう三日。
ゆっくり落ちて行ったにしても、もう三桁まで落ち込んでいる。
急がなければいけないとリボーンは今度こそ意識を浮上に切り替えた。
百時間滞在後のプールナンバー二桁からの生存確認は今のところない。
三桁だって、五割がいいところだ。
プールに沈んだのは判っていたので捜索はしていたはずだったが、113番とわかったのは大きい。
外部と通信できるだけ高く浮上して、ボンゴレの末端の端末を装ってジョットへ直接情報を送る。
『113』
それで十分だろう。意識プールのナンバーさえ分かれば、底を浚うように探すことは用意だ。
今ならまだ間に合うはずだ。
彼はジョットの血を引くボンゴレの精鋭なのだから。
「……ああ、さすがだぜプリーモ」
ようやくその考えに思い当たって、溜息が出た。
リボーンに不可解な事をやらせた彼の思惑はこれか。
だとすればリボーンも六道骸も上手く誘導されたものだ。
***
たぶん最初で最後の先生視点でした。
別にライフセーバー→黄色→先生 って連想ではアリマセン。
ところで「目を覚ました綱吉とXANXUSの感動の再会」はやるべきでしょうか。