<凶弾に倒れるのは>



綱吉の小さい足が、地面を踏みしめる。
相変わらず荒野だ。

そしてあの時より、現実は腐っている。


「XANXUS」
ちゃんとついてきてよ、と振り返った綱吉が言う。
XANXUSはそれに首を横に振った。
拒絶ではなく諦めの境地にいるので拒否ではない。
「作戦は覚えたか?」
「うー……」
隣に並んで聞いてやると、唸って首を横に振る。
「いちいち転送してもらう」
「……ひでぇ指揮官だな」
「ざ、XANXUSもフォローしてよ!?」
必死な顔で見上げてきた綱吉の頭をくしゃくしゃなでる。
少し、手触りが違う。
演算の関係で他を優先しているのだろう。

そんなことを思いながらわしわしと撫で続けていると、綱吉が困ったように眉を寄せる。
「ざ、XANXUS……髪、くしゃくしゃになっちゃう」
「普段となにが違うんだ」
「あ、あーっ! そういうこと言うのか!! もうXANXUSには触らせないっ!」
パッとXANXUSから身を引いて、綱吉は自分の頭を手で押さえる。
顔を背けてたったと先に行ってしまっている彼に苦笑していると、いきなり通信が入った。

『ボス、配置完了だ』
「そのまま待機してろ」
『XANXUS、ツナが班長やるってマジ!?』
いきなり割り込んできた声にXANXUSは眉をしかめる。
聞き間違えるわけもなく、これは――
『なんで!? いくらなんでも早すぎじゃね!?』
「るせぇ、カス馬」
『配属どこだよ! まさか前線じゃ』
「……俺の補佐の班だ。わかったらぎゃあぎゃあ騒ぐのを止めろ。間違っても綱吉につなぐんじゃねぇぞ」
『でも! だって! それでもさ!』
喚き続けるディーノにXANXUSは簡潔な措置をとった。

「カス鮫。カス馬のコンタクト監査権限を一時譲渡する。綱吉へつなごうとしたら容赦なくぶった切れ」
XANXUS自身が止めるのが一番早いが、「戦争」が始まればXANXUSは忙しくなる。
対して、今回はXANXUSの補佐ではなくディーノの補佐として動くスクアーロはそこそこ暇だろう。
というかいちいち監査とかめんどくさい。
そんな本音を含んだ譲渡だった。


譲渡を終えた瞬間、甲高く、けれど不愉快ではない音が身体を貫く。
開始だ。「戦争」の。戦いの、殺戮の。
『In bocca al lupo』
低く真摯に響く声が、耳朶に響く。
それはただの言葉、単語の羅列。
だが神を持たざる自分達には祈りの言葉でもあるかもしれない。

――そんな沸いたことを思って、XANXUSは銃を取り出した。




















指示を飛ばす。
余程のことがおきなければ大抵は作戦通りに進んでいくものだが、何せ相手も生身の生きている人間だ。イレギュラーはいくらでもおこりうる。
そのために、ボンゴレの司令塔はしっかりとできている。

現場の指揮を取るのはおおむねセコーンドかジョットである。
だが、二人が戦場に姿を現すことはほとんどない。
よって現場の最高司令官は精鋭ヴァリアーを率いるXANXUSや、エース級のキャバッローネを率いるディーノになる。
もっともディーノとXANXUSならばXANXUSの権限の方が大きい。

XANXUSの指揮下にはヴァリアーが、さらに小隊を抱えている。
なお副指揮官は鮫である。その彼も部を複数動かしている。
隊には隊長が、複数の隊をまとめるのは部隊長が。
そのようにして命令系統はできている。

今回は、鮫がディーノの方へ援助に向かった。
そして残された一隊を仕切るのが綱吉の役割となったわけだ。
「綱吉、敵に変化は」
「ない。大仰な編成の割には敵が弱いな」
両手から噴出する炎で飛びながらそういった綱吉に、XANXUSは警告する。
「あのジョットが闇雲に大仰な編成をするかよ」
「……判ってる。油断はしない」
頷いたように見える綱吉の横顔は無表情だ。
一瞬たりとも同じ表情をしない彼と、戦いの中で冷静でい続ける彼と。
どちらが本物なのだろうとこの姿を見る度に思う。

否、本体は断じてあの泣き虫の綱吉だ。
ではこれはナニか。

「XANXUS」
涼やかな声に呼ばれて、XANXUSは唸る。
ああ、この声も。同じ声のはずなのに。なぜだかあの殺したい親戚に似ている。
「帰ったらムースが食べたい」
「……は?」
「そろそろ暑いだろ。桃のムース。甘めで」
そう言ってくすりと綱吉は笑う。
一瞬だったが、その笑みにXANXUSは呆気に取られた。

だが、そこは意地でもすぐさま切り返す。
「じゃあせいぜい腹をすかしてろ」
「わかった」
楽しみだ、と言って。
綱吉は速度を上げた。



競うように敵の陣営の最深部へと食い込む。
本当に陣営のど真ん中へ、たった二人で降下した。

台本をなぞっているように見事なパニックになった敵部隊を悠々と蹴散らしながら、本丸へと二人で進む。
オフラインではありえない翼や鳥などが使える以上、上空からの攻撃は判定内のはずだった。
だがこの敵は、匣兵器の波長を捉えるプログラムを滑り込ませ勝利を掴むというのが常套手段だ。

ならば匣兵器は使わず、自力飛行できる者を送ればいい。
プログラムの探知に頼っているせいか、実際上空からの攻撃への防御は紙同然だ。上空からの襲撃は間違いなく成功する。
それがジョットの作戦だった。
常々乱暴だが――XANXUS好みでもある。
「綱吉、隊は動かしたか」
「ああ」
斥候として送り出された綱吉の隊は無事に撤退したらしい。
それと入れ替わりにヴァリアーとキャバッローネというボンゴレの誇る精鋭が突入しているはずだ。

「行くぞ」
雑魚を蹴散らし、XANXUSと綱吉は前に進む。
人の壁の中、真青になりながら。
戦場にいるのは仕方がない。
「戦争」中は外からの干渉がどだい不可能になるからだ。

「テメェだな」
笑って銃を上げる。
彼を殺す。それで終いだ。


わなわなと震えるターゲットに標準をあわせる。
遺言など聞く気はない。

トリガーを引き。


「XANXUS!!」

名前を、呼ばれる。
振り向こうと身体を動かす。わずかな隙だった。

「危ないッ!!」

悲鳴のような叫びとともに、小さな体がXANXUSにぶち当たる。
さすがに身体がよろけて、一歩下がる。
飛び出てくる彼。
一直線に……武器との間。


「綱吉!」

前に出ようとする、間に合わない。
武器で……否、それは無意味な行為だ。
XANXUSの武器は弾丸を熔かせるが、この距離では意味がない。



遅れてパァンと耳に響く。

花のように散った赤が、ゆっくりと空中に浮きながら、舞う。

対照的に身体は早く倒れる。
受け止めて、重さに愕然とした。

「XANXUS……ぶ、じ?」
赤に染まった顔で綱吉は微笑む。
手を伸ばそうとしたが、上手くあがらなくて、XANXUSの腕の上にぱたりと落ちた。
「ああ」
「なら、よか、た。オレ、補佐なのに役に立たなくて……ごめん」
「そんなことはない」
「守れ、て、よかった。前、守って、もらっ……」

声が聞き取れなくなって、唇が動かなくなって。
薄茶の目がゆっくり閉じて、息がだんだん細くなる。

「綱吉……」
血にまみれた彼の身体を抱える。
抱えて立ち上がると、すでに綱吉を撃った敵は武器を取り上げられ、床に這いつくばらされていた。
「XANXUS、どーする」
細めた目でディーノが言う。
彼の取り出した拳銃が敵の頭を真っ直ぐに狙っている。
「殺していいか」
鮫も剣の切っ先を喉元に向けていた。
男の背中の上にはベルフェゴールが座っていて、同じくナイフを首へ。

「ボス、殺しやしないよね? ……まだ」
ふわり、と男の前にマーモンが下りてくる。
フードを小さく動かして、術師は嗤う。
「ボクらじきじきにお礼、していいよね」
「好きにしろ」

そう言って、銃を一丁だけ構える。
出力を調整しながら引き金を引き、XANXUSは綱吉の身体ごと空へ飛び上がった。




















細かく刻む。
大きく刻む。
沸騰しかけたピュレを混ぜつつ、ゼラチンが溶けたか確認した。
「ええと……XANXUS、なに、してんの?」
覗き込んだディーノは無視して、XANXUSは残りのピュレをフードプロセッサーから注ぐ。
さっさと色が均等になるように混ぜてから、トンと横に置いて今度はボウルに生クリームを泡立てだす。

「XANXUS〜?」
もしもーし? とか言っている馬は無視しつづけ、XANXUSはガガガガと七分ほどに泡だった生クリームの中にピュレをいくらか入れる。
ざっと混ぜてから、残りのピュレの入ったボールへと流し入れて、今度は丁寧に混ぜる。
「あのー……ちょっとスペルビ、XANXUSが変だよ!」
「ほっとけぃ」
でもでもー! と叫ぶディーノに鮫がキッチンへと来る。
顔を突っ込んだ二人には目もくれず、XANXUSは泡だったメレンゲをピュレに投入していた。

さっくりと泡を潰さぬように混ぜて、あらかじめ刻んでおいた白桃の缶詰のみじん切りを混ぜて。それからボウルにラップをかける。
それを冷蔵庫にいれてから、ようやくキッチンの入口に立っている二名を振り向いた。
「何だ」
「なんでそんな、料理とか……ツナ、重症なのに……」
「るせぇ」
「ボス、セコーンドから連絡は」
「ねぇ」


綱吉の傷は、重症だった。
ルッスーリアの治癒を最大限に受けてもなお、綱吉の傷は重かった。
もっとも入院するほどではない。そこらはルッスーリアの腕が救った。

綱吉は現在、昏睡状態にある。
彼の意識はオンラインしたまま途絶えた。だからオフラインできていない。
無理矢理オフラインにすると脳に何らかの影響が残りかねない。
しかも「戦争」をした特殊な場だ。
だから、「戦争」の舞台を一時凍結、綱吉の意識が戻るまで更新を行わないことにした。

意識はいつか戻るだろうというのがセコーンドの見立てだった。
それが今日なのか明日なのか数週間後かはわからないが。

「XANXUS、いーの?」
「……
今日で二日だ。
綱吉は二日目の昏睡状態だ。


何も良くない。
XANXUSをかばって負傷して昏睡など冗談ではない。
かばうのならXANXUSのほうがはるかに適任だ。
体の厚みがそもそも綱吉の倍はある。
鍛え方も違う。筋肉の量も違う。
あそこで綱吉が撃たれる必要はなかった――。

「……チッ」
作りながら忘れていた怒りが戻ってくる。
苛つく。攻撃を許した自分に。適切な判断をできなかった綱吉に。
苛つく。

ボウルを甘党欠食童子に渡そうとして持ち上げかけて、気がつく。
彼はいま、ボウルを抱えて舐めて楽しむ状況にはいない。

「……」

苛ついたまま邪魔な二名を蹴り飛ばして、XANXUSの寝室へと入った。
大きなベッドに綱吉が寝ている。
彼の部屋に運ぶことも考えたが、どうせなら気に入っているベッドに寝かせようと思った。

目を閉じて、意気は安定している。
ただその目が開かない。

「おい、綱吉」
閉じた扉に体重を預けて、XANXUSは言った。

「早く起きねぇと腐っちまうぞ」

彼の瞼は動かない。

「……まあ、起きるまでずっと作ってやるが」

呼吸の速度は酷く遅い。
小さな寝息も、酷く儚い。

近づいて手を当ててようやく息をしていることがわかる。
そのまま手を近づけて小さな顔を包み込んだ。
体をかがめて、耳に囁く。
「綱吉……早く、戻って来い」



頼む、と最後に小さく言った。

自分にも聞こえないぐらいの声で、けれど確かに言った。




 



***
XANXUS→ツナはもはや隠す気も焦らす気もない。
結果が同じなら過程はどうでもいい(よくねぇ


ところでXANXUS、自分そっくりのセコーンドがツナそっくりのジョットをくっついているという現実をもうちょっとちゃんと直視しろよ。