<残酷な現実>
綱吉は初めて出た戦場でまずまずの成果を収めた。
それを知ったジョットは、調子に乗った。
明らかにアレは調子に乗っている。
だからヴァリアー宛ではなく、XANXUS宛でもなく、綱吉宛に出撃命令が下るのだ。
「生きてるかぁ゛あ゛、綱吉」
目を覚ますと隣にスクアーロがいて、綱吉はこくと頷いた。
すぐにXANXUSがホットミルクを持ってくる。
気候はそろそろ夏に近づいていても、やはり温かい方がいいらしい。
「リボーンがさらにヒドくなった……」
ぼやいた綱吉の膝の上に飛び乗って、マーモンはフードの下から彼を見上げた。
「なにしょぼくれた顔してるのさ」
「うう……マーモン」
コップを置いた綱吉に抱きしめられて、マーモンは少しだけ居心地の悪さを感じた。
たぶん知らん顔していながら視線だけはこっちにとばしてるボスのせいだ。
「マーモンもアルコバレーノ……なんだよね」
「まあね。ボクはバカじゃなかったから大人しく消えてなんかやらなかったけど」
「ジョットが……メモリー送ってきて、見たんだ。リボーンやコロネロや、ラル・ミルチは……」
ぽたりと水滴の落ちる音がして、それで綱吉が泣いていることがわかる。
なんと言えばいいかわからないマーモンやスクアーロは、つかつかと大股で歩いてくる男に全部委ねることにした。
「なに泣いてやがる」
「……XANXUS」
「マーモンを離してやれ、つぶれてんぞ」
我に返ったらしき綱吉は慌ててきつく抱きしめていた腕をほどいた。
苦しくてぐぎゅううと呻いていたマーモンはそれで漸く解放される。
「ご、ごめんマーモン!」
「この体はデリケートなんだからね……で、ボス」
言葉を切って見上げた。
マーモンがここにきたのはXANXUSに呼ばれたからだ。
しかも大体セットで行動しているのを知っているはずのベルフェゴールは来させずに、代わりにマーモンをつれてきたのはスクアーロ。
スペルビ・スクアーロはXANXUSの腹心の部下。
沢田綱吉はXANXUSにとって重要な人物。
そしてアルコバレーノの生き残り、マーモン。
「ボクに、何の用?」
沈黙が落ちている。
綱吉の目は憐れなほど見開かれ、スクアーロは苦い顔でそんな彼を見ている。
そしてXANXUSは盛大に舌打ちした。
しかしマーモンは彼の言葉をさえぎるように言う。
「言っとくけど、ジョットについては何も調べない。ボクは強欲だ。彼の上をいく金額で口を割らせるしかないよ」
「……カスが」
轟くようなXANXUSの声に、その言葉が図星だったことを他の三人は知った。
「だいたい、ジョットの何を今更調べるわけ? あの秘密主義の魔王のことなら、ボクよりボスの方がずっと詳しいよ。二十五年間親戚やってるんだし」
XANXUSはその言葉にものすごく嫌そうな顔をしたが、マーモンは気にせず小さな口を動かし続ける。
「それに、ジョットのことはあの一族の「闇」に触れることになる。ボクは二度も殺されたくないからね」
と言うと同時に背後からいきなり締め付けられた。
「いたたたた」
「そんなこと言わないでマーモン! XANXUSっ、オレ、マーモンにそんなことさせるのイヤだからね!」
「しろつってねーだろうが」
「これからも言わないで!」
見上げる綱吉とXANXUSの視線がぶつかり合う。
スクアーロは何も言わないし、XANXUSもなにか言うわけでもない。
ただ、綱吉がぎゅうぎゅうとマーモンを抱きしめて潤む目で見上げているだけだ。
長い沈黙の後、音を上げたのはXANXUSの方だった。
「……チッ、じゃあ別の話だ」
「なになに?」
目を光らせて体を乗り出した。綱吉の手はもうとっくに緩んでいる。
お金になってジョットに関わらない話だったらマーモンは大歓迎だ。
「ボンゴレの現時点での、ランキングはいくつだ」
「最新?」
頷かれてマーモンは即答する。
「一位」
「なんの?」
横から綱吉が尋ねると、スクアーロが説明した。
「「戦争」をおこなう傭兵の評価だぁあ゛」
「強い、ってことだよね」
「まあなぁ゛」
しかしボンゴレが一位なのはもともと明白だ。
問題は、どれだけ圧倒的に一位なのか。
「全体のおよそ四割の勢力だね」
「きっちり言え」
「本日付で四割三分」
その返答にXANXUSは顔をゆがめる。無理もない。
強すぎるものはなんであろうと、いつか排除される。
とある国のことわざで「出る杭は打たれる」とあるがまさにそれ。
ボンゴレは出すぎた杭だ。出すぎていてそうそう打たれないが、打とうとする存在だってある。
四割。
一団となれば全てと拮抗しうるボンゴレは十分に脅威。
世界を制する力となっている。
「カスが」
「……ねえ、ボス」
マーモンはこの家の固有電脳に瞬時に接続し、それを通じてXANXUSの脳にハーフラインになる事を促す。
スクアーロから細かく説明を受けている綱吉には知られないように、XANXUSにだけ言葉を飛ばす。
『気をつけてあげなよ』
『どういう意味だ』
『そのままさ。ジョットが調子に乗ってる最大の理由、わかる?』
『……あのやろうは、綱吉を』
そうだ。マーモンは先日彼が楽しげにこういうのを聞いた。
『Decimo。ジョットは確かにそういった。彼は綱吉を十代目にするつもりなんだ』
返答はない。XANXUSは微動だにしなかった。
わかっていたことなんだろう。覚悟していたことなのだろう。
『どうするの、ボス』
『……俺に止めることはできねえ。綱吉の、選択だ』
『……そう』
意外だったけれど、声にも行動にも思考にもそれを滲ませずにマーモンは接続を切った。
部屋に入ると、小さな体をソファーに沈めた。
ベルフェゴールが戻るまでまだしばらくあるけれど、待てる程度だろうから大人しく待つ事に決めて、オンラインした。
ふわりと体を浮かせて、プログラムを呼び出した。
幾重にも重ねられたマーモン専用のスペースに接続されたプログラムたちが、その姿を現す。
「どうした、コラ」
「なにかあったのか。緊急呼び出しなど珍しい」
「おいバイパー。オレは忙しいんだぞ」
現れたのは三人のアルコバレーノ。
あのときのままの姿の彼らに、マーモンは知りえた事を話した。
淡々としたマーモンとは裏腹に、途中から我慢できなくなった一人が声を荒げる。
「どういうことだコラ!?」
「黙っていろコロネロ」
「けどラル!」
「……ボクは、ジョットを止められない。止めようとも、思わなかった。けど、ボクの今のボスはXANXUSだ。ボスは、綱吉のことを、気に入っているから」
喧々諤々と口論をしだしたコロネロはある国の防衛の要に、その相手のラル・ミルチは隣国の秘密研究所に、リボーンはボンゴレ所有のプログラムに。
それぞれ自身の思考のカケラをプログラムして残していた。
ただ一人、ほぼ完全にオフラインの世界でも動けるようにしたマーモンは一人ずつ彼らを見つけ出して、秘密の連絡網を作っていた。
我等はアルコバレーノ、電脳で人を越えるために作られた存在、そのようなことは容易い。
「それはつまりアレか? あのボス猿はツナんことを」
育成プログラム時とは違い、八頭身になっているリボーンがくいっと帽子をかぶりながら口を開く。
それにコロネロをやり込めたラル・ミルチが振り返って警告した。
「やめとけリボーン。お前だって結構気に入ってたくせに」
「そりゃあいつはオレの生徒だしな」
「それだけならいいんだが。で、バイパー。どうする」
「そうだコラ! どうやって止めるんだコラ!」
「止めないよ、止められない。ボクだって止めたいさ」
笑ったリボーンが足を組む。彼の手の中にコーヒーカップが登場した。
「矛盾してるぜバイパー。大体、俺達はアルコバレーノだ」
アルコバレーノ。
類稀なる虹、人の限界を超えた存在。
それは作られた存在。破棄された存在。
彼らを造ったのはどこかの研究者だ。
命じたのはジョットの父親か。
そんなことはどうでもいい。
「俺達がジョットに逆らえるわけないだろうが。お前がそうするなら、俺は今、ここで、銃を抜く」
言うと同時にリボーンの銃がマーモンへ突きつけられていた。
コロネロもラル・ミルチも何も言わない。
当然だろう、ジョットはアルコバレーノを愛し慈しんだ本人だ。
マーモンとて覚えている、どれだけ当時少年の彼に尽くしてもらったか、など。
「けれどボクはヴァリアーだから」
答えて、マーモンは拳を握る。
電脳でもマーモンの体は赤ん坊そのままだ。
これは自身が選んだ道。このような姿になっても生きながらえて、仲間達の思いを遂げるために。
「ボクはこのくだらない戦争をなくすって、誓った。だけどボクは」
「言うな」
リボーンの銃が、火を噴いた。
それはマーモンの頬を掠めて、後ろへ飛んでいく。
「バイパー」
「ボクは、マーモンだよ」
「アルコバレーノの藍色。ツナを守りたいなら勝手にしろ。だが、ジョットの計画に影を落とすな」
「そっちこそ考えてよね! ディーノや綱吉は鍛えるのはジョットが命令したから? それでいいの?」
コロネロとラル・ミルチの目が窺うようにリボーンへと向けられる。
アルコバレーノはどの存在も押しも押されぬ実力を持っていたが、わずかに実力差はあった。
それゆえについた序列では、リボーンがNo1、マーモンがNo2.
No4のコロネロに、不完全ゆえに欄外のラル・ミルチは二人の戦いに口を挟めない。
そしてNo1は、緩やかに笑っていった。
「いい」
「リボーン……っ!!」
小さな手を握り締めたマーモンに、リボーンはなにを思っているのかコーヒーカップを手の中から消すと帽子を深くかぶりなおす。
「俺は忘れていない。あの頃のクソガキだったジョットを忘れていない」
「だがあいつは変わってしまった」
ラル・ミルチが呟いて、痛ましげに首を横に振る。
「あれはもはやジョットではない」
「人間がそう簡単に変わるかよ。ましてやあの泣き虫が」
「……二十年だぜ、コラ。二十年たってるぜ、コラ」
冷静なラル・ミルチの指摘にも、力のないコロネロの指摘にも、リボーンは反論した。
「俺はわかる。ジョットはジョットだ」
「リボーン」
「……たとえ俺に以前のように呼ばれることを拒んでも、本心を誰にも明かしていなくても、泣いていなくても」
あれはジョットだ。
アルコバレーノの大空の、ジョット。
そう言ったリボーンの言葉に、でも、とマーモンは言えなかった。
あの綱吉だって、まるで大空で。
ジョットより脆くて、弱くて、幼くて。
「でも、綱吉は」
「バイパー。二十年前のジョットは、十五だ」
今の綱吉と、同じ年。
二十年前彼は、壊れて砕け散った。
それから、這い上がって復讐した。
「……俺は見てるぜ、コラ」
コロネロがそういうと、腕を組む。
隣に座っているラル・ミルチも頷いた。
「俺も同意する。もし綱吉が心底拒むのならば、継承は行われないだろうしな」
リボーンの視線が真っ直ぐにマーモンに向けられた。
「俺も静観する。余計なことは一切しない」
「……わかったよ」
諦めて、マーモンは接続を解除する。
彼らを説得できるとは思っていなかったし、マーモン自身も本気でジョットをどうにかしようとは思っていなかった。
ただ、連絡の取れるアルコバレーノたちの意思を確認しておきたかっただけだったのだ――たぶん。
「マーモン、起きた〜?」
顔を覗き込まれて、マーモンはつうっと視線を上に上げ、同居人の姿を認める。
「寝てないよ。オンラインしてただけさ」
「そーなの? しししっ、ツナヨシはどうだった?」
「うん……きっと、「継承」されるとおもうよ」
ぴたり、とベルフェゴールは動くのを辞める。
それからしげしげと見下ろして、小声で聞いた。
「……ウソ?」
「ホント。ボスは許さないかもしれないけど、ジョットはやる気だ」
口をへの字にして、ベルフェゴールはドスンとマーモンの横に腰をおろす。
そのまま手を伸ばした彼に抱き上げられたマーモンは、すっぽりと彼の腕に抱きしめられた。
「イヤだ……」
「うん」
「ツナヨシといるの楽しいもん。よく笑うし、優しいし、可愛いし」
「ボクもいやだよ」
「……いやだよ、マーモン」
駄々をこねる子供そのままの声で、ベルフェゴールは繰り返した。
「オレ、いやだよ、ツナヨシが死んじゃうなんて、いやだぁ……」
「……ボクだって、いやだよ……」
抱きしめられて、マーモンはベルフェゴールの腕に額を乗せた。
***
うっかりマモ視点にしたらアルコさんが再登場\( ̄▽ ̄)/
リボさんがジョット派になったことに誰より私が驚いた!