<戦闘狂と雷撃隊長>
いつもの通り、そこは荒野の中の町だった。
隣には鮫がいる。
「ボス」
「なんだ」
彼はXANXUSからしばらく離れたところで、ベルフェゴールやマーモンと話している綱吉をちらりと見てから、声を極力潜めて聞いた。
「……本当に連れてくのかぁ」
「ジョットの決定だからな」
逆らうことは許されないボンゴレの皇帝の決定だ。
たとえその親族であっても、暗殺部隊隊長であっても、XANXUSであっても。
反対できるのならばしたい。文句を言えるのならば言いたい。
だがジョットの決定は覆せない。そんなこと、わかっている。
「綱吉! 用意できてんのか」
「うん」
XANXUSの声に振り向いた彼は、たったと駆けてくると小柄な背でめいっぱい見上げてくる。
「XANXUS」
「ああ?」
「オレ、頑張るよ。それと、XANXUSを守」
「んな余裕はねぇぞ」
話を途中で折ると、どうして? と首をかしげる。
……おいあの守銭奴、ちゃんと説明したのか?
「今回お前はこのカス鮫の補助につける。任務は外へ出てきた敵の始末でそれ以上では」
「XANXUSは!?」
突然声を大きくして、綱吉はXANXUSの服を引っ張る。
怖がっているのか、その大きな目は少し揺れていた。
「XANXUSは? XANXUSはどこなの?」
「俺は中だ。ビルをカッ消す」
「お、オレもXANXUSと一緒がいい」
XANXUSとて、好きで綱吉から離れるわけではない。
できれば連れて行きたいと思っているが……
「中は危険だ」
「だから! オレはXANXUSの傍で、XANXUSを守りたいの!」
「お前に守られるほど落ちぶれちゃいねぇよ」
でも! と綱吉は首を振る。
「オレが……オレがそうしたいの。ね、XANXUS……お願い」
見上げられてXANXUSは言葉を詰まらせた。
自覚している。彼にはとことん甘いらしい。
「しかたねーな」
「ボス」
声をあげたスクアーロを無視して、XANXUSは綱吉の頭を撫でた。
「俺の命令には従えよ」
「うん!」
嬉しそうに笑って綱吉はXANXUSの腰に抱きつく。
顔を硬いヴァリアーの服にこすり付けてから、掴んだままの袖を引っ張る。
「XANXUS」
「少し待って――」
いろ、と言いかけた時に。
地面が揺らいだ。
空の色が鮮やかな青へと変わり。
一つ警笛が鳴り響く。
「XANXUS……?」
見上げてきた綱吉に頷いた。
「開始だ」
腰の銃を引き抜いて、XANXUSは声を張り上げて号令を出す。
「全てカッ消せ!」
答えはない。
すでに黒衣の集団は全員散会している。
それを確認するとXANXUSは赤い目を軽く閉じる。
「OPERAZIONE rabbia di Satana」
唇に乗せた命令は速やかに実行される。
体中に力が宿る、それは血が呼ぶ力なのかもしれない。
目を開けると、隣にいた綱吉もすでに準備を整えている。
鋭くなった視線が向けられた。
「どうすればいい」
「着いてこい。全てなぎ払って」
簡潔な命令と共にXANXUSは空に飛び上がる。
あの琥珀の目を向けられると体中がぞわぞわして、なんだかむやみに腹が立った。
ジョットの執念が取り付いているようで、あの男が背後でほくそ笑んでいるようで。
「綱吉」
隣で飛んでいる彼の名前を呼ぶ。彼のはずの名前を。
「なんだ」
「……降りる」
返された目の色は綱吉のものなのかジョットのものなのか。
それともXANXUSがなれなかった十代目のものなのか判然としなかった。
あらかじめ決めていたポイントの真上で降下するため、炎の噴出をやめる。
当然、XANXUSはまっさかさまに落ちる。
もし、綱吉だったら。
あの泣き虫の甘ったれのお人よしだったら。
XANXUSが落ちるのを止めるだろう。たとえそれが何の危険のない行為だとわかっていても。
「…………」
手は伸ばされない。XANXUSは――落ちる。
何かが吹っ切れた。あの状態での綱吉は……綱吉では、ないのだ。
「くそっ」
舌打ちをする。腹立たしい理由なんてわかりきっていた。
惹かれたのは、本当にあのガキなのか。
それとも、スクリーンを通して憑かれるように見ていた――
(違う……違う!)
感情が沸騰した。
XANXUSの場合、それは全て怒りだ。
相手へ、自身へ、世界へ。向ける先は違えど、全て怒りだ。
「XANXUS」
落ちながら掌の光球を放とうとした瞬間、すいと隣に並ばれる。
「やめろ。それは被害が大きすぎる」
「テメェ……」
明るい色の瞳でちらりと横を見て、綱吉はXANXUSの手に自分の掌を重ねる。
温度は綱吉のもので、しかしその顔も口調も彼のものではなかった。態度さえ。
「っ」
振りほどこうとしたが、重ねているだけに見えた綱吉の力は強かった。
「っ、放せっ!」
「嫌だ」
「!?」
ぼそりと聞こえた声は、綱吉の声だった。
思わず視線を向けると、いつもの彼がいた。大きな目を潤ませて。
「オレ……XANXUSが誰かを殺すところ、見たく、ないんだ」
「お前……」
「わかってる、わかってるんだ。だけど、オレに任せてほしい……から」
耳元を銃弾が掠める。
反射的にXANXUSは綱吉を抱き寄せ、その体をかばいながら銃から炎を噴射した。
ギリギリのところで二人の体はビルの屋上におちるが、敵もすぐさま反撃を行う。
「綱吉!」
「……零地点、突破」
低い声が、響き。
そして屋上は氷柱だらけの場所と化した。
視線にいる限りは最後の相手を蹴り飛ばして、XANXUSは全員に合図を飛ばす。
『終了だ。退避開始』
『SI』
聞こえた返答に頷いて、踵を返すとビルの外へ出る。
残党はまだいるがそれはヴァリアーの仕事ではない。他のカスの仕事だ。
「綱吉」
立ち尽くす彼に声をかける。振り向いたのはいつもの彼で安堵した。
「XANXUS……」
その声が震えていたので、小さく笑う。
「怖かったか」
「……少し。でも……オレ」
ぎゅうと綱吉は自分を抱きしめる。
うつむいた彼が何を思っているか、XANXUSはわからない。
争いを好まない綱吉は、その身に流れる血をありがたいとは思わないだろう。
XANXUSは適正があったことに喜んだが、彼は望んでいないことなのだろう。この場にいることでさえ、ジョットの血縁でなければありえなかったのだから。
「オレ……オレ、オレ……オレ」
涙が落ちて、綱吉は泣きじゃくりだす。
その場に突っ立ったままで、子供みたいに……子供なのだろうか。
「綱吉」
まだ残党は残っている。引き上げるほうが賢明だろう。
「綱吉、行くぞ」
泣いている彼の肩を抱き、引き寄せるとふらっと小さい体は倒れこんでくる。
歩けないのか、ぐったりと体重を預けてくる様子にXANXUSは眉をしかめると抱き上げた。
「うえっ……ぐ」
情けない声を上げて綱吉はXANXUSの首にしがみつく。
涙に濡れた頬を押し付けられたが、仕方ないと軽く揺らす。
「おい、もう大丈夫だ。戻るぞ」
「うう……」
泣くな、と言おうとした。
どうして泣いているかはわからないが、泣くなと言いたかった。
泣くぐらいなら、来なければ良かったのに――とも、思った。
しかしXANXUSが何か言う前に、背後に突如現れた気配に全部分投げることになる。
「そういう趣味だったのか」
「開口一番がソレかテメェは」
振り向かずに答えると、相手は楽しそうに笑った。
背後で殺気が膨れ上がる。相手をしている場合ではないというのに。
「残ってるカスを相手にして来い」
「あの子はもう帰ったの? さっきはいたのね」
「……いねぇよ」
「残念。ボンゴレが来る時はいつも待ってるのに」
それで遭遇率が高いわけだ。頭痛がした。
「ざ、XANXUS……? その人、誰……?」
いつの間にか正気にもどった綱吉が、XANXUSの肩越しに後ろを見ていた。
とっとと立ち去っているべきだった。
自分のやった失態に頭痛がする。
「いるじゃないか」
「こいつは違う」
「そう。よく似ているのに。残念」
案外あっさり引き下がった相手に安堵して溜息をつく。
すぐに背後の気配は消えていた。恐らく残党を狩りにいったのだろう。
『ボンゴレを下がらせろ。雲雀が来た』
『了解よー』
ルッスーリアに指示だけ出して、XANXUSは綱吉を抱えたまま、戻りだした。
「XANXUS……今の人、誰?」
「……雲雀恭弥だ」
「ヒバリさん? あの人はボンゴレ?」
「いや。なんというか……天災だな」
勝手にやってきて勝手に見て、気が向けば勝手に参戦する。
ボンゴレの敵も倒すがボンゴレも倒す。
彼はこの国を潰そうとする輩と……あとなんでも咬み殺す。
「……まあ、いい。綱吉、戻る前に治療を受けていけ」
ここは電脳だ。実際に傷を負っているわけでも実際に傷を治すわけでもない。
だが電脳で出来る限りの治療をしておけば、その分オフラインに戻ってからの反動が少なくて済む。
「XANXUSも」
「かすってすらいねぇよ」
呆れて言うと、えへ、と小さく綱吉は笑った。
彼の両腕も足も顔にも傷がある。
……頭から敵に突っ込めば嫌でもそうなる。
「お前、遠距離攻撃を会得した方がよさそうだな」
「遠距離? ムリムリ、オレ、銃はからっきしだったし」
あのリボーンに匙を投げられたのは知っているから、XANXUSとてそれは認めるしかなかった。
諦める事にして、ずりおちかける綱吉を抱えなおす。
「ああ、そうだ」
背後から雲雀が、いきなり呼びかける。
XANXUSがさすがに顔色を変えて振り向くと、どさりと地面に落とされた黒装束があった。
それがナニかを察し、XANXUSは黙り込む。
「躾のなってないバカは大嫌いだ」
ソレを落として雲雀は笑う。
だが彼の目は笑っていなかった。
ソレがよほどのことをやらかしたのだろう。
――関わるなと言ってあったはずなのに。
「いきなりこの僕に掴みかかるなんて、身の程知らずも程がある。きっちり咬み殺しはしなかっただけありがたく思いなよ?」
そう言うとまたもふいっと姿を消した。
XANXUSは綱吉の無言の圧力に耐える気はさらさらないので、足元の小石を蹴っ飛ばして落ちているモノにぶち当てる。
ソレは小さく呻いたので息はあるらしい。それで綱吉には十分だろう。
「ねえ、あの人、誰? 隊服だからヴァリアー……だよね?」
「アレはカスだ」
「XANXUS……名前覚えてる?」
何故だが溜息をついた綱吉に問われて考えたが、アレはカスとしか覚えていない。
妙にガタイはいいくせに影が薄くて、能力も大した事がないというかなんというか。えーっと、格闘技のルッスーリアに切裂き魔のベルフェゴールに術者のマーモンに剣士の鮫と……
「ああ」
「思い出した?」
「雷撃隊だ」
「……それは隊の名前だよね?」
本人の名前は覚えてないの? と眉をしかめた綱吉にXANXUSはんなわけねぇだろと返しておいた。
興味はないが、生憎と仕事柄人の顔や名前を覚えるのは得意だった。
しかし綱吉が気にするのはやや不愉快だ。どうせたまに出てきたと思ったら雲雀恭弥にとっ捕まって咬み殺されるアホのことなど、彼に考えさせる必要はない。
とっとと立ち去ろうと歩き出したのに、綱吉が待って! と声を出す。
「動いてるよ! 立ち上がったって! おーい、大丈夫ですか!」
「構うな」
「でも!」
足をじたばたさせた綱吉は、XANXUSの腕の中から落ちてしまう。
引き止めることも出来ず、するりと華奢な体を逃してXANXUSは慌てて彼の腕を掴もうと振り向いた。
「大丈夫? うわ、凄い怪我して……」
「プリーモ!!」
立ち上がったレヴィは綱吉の両肩を掴む。そして力任せに揺さぶった。
「何をしている! こんなところに出てくるな! この場はボスのものだ!」
「え、ちょ、な、が、あう」
揺さぶられ続ける彼にレヴィの口から唾が飛ぶ前に、XANXUSは綱吉を引っ張ると自分で抱き込む。
「引っ込めカスが」
「ぼ、ボス……!」
「担当区域もできねぇでおまけに雲雀恭弥に捕まりやがって」
「う……」
そう言ったXANXUSの声にはさぞかし凄みがあったことだろう。
破れた綱吉の服の間から捕まれた跡が見えた。赤くなったそこは、痛々しい。
「XANXUS……この人」
「行くぞ」
「ま、待って」
待って、と繰り返した綱吉の声をXANXUSは聞かずに、彼を抱き上げて抱えて抱きしめた。
「……綱吉」
「え……な、な、なにかな!?」
顔を真っ赤にして慌てふためく彼に、XANXUSは少し笑う。
「アレは問題ねえ。ヴァリアーだからな」
「う……う、そ、そう?」
「ああ」
気まぐれに綱吉の髪に顔を埋めると、ふえええっと奇妙な叫び声を上げて、彼は両足をばたつかせる。
その反応も面白くて、顔を少し動かして額にそっと唇で触れる。
「ざ、ざ、ざ、ざ、ざんざすぅ!」
ふるふると細かく震えた彼を抱き上げなおし、小さく揺らす。
真っ赤なお顔で睨んでいたが、そのうち表情が緩んで元に綱吉に戻った。
「つなよし」
ささやくとなあに? と見上げてくる。
その表情にあの時の面影はない、ないけれど。
「……ちゃんと、治してもらえよ。いいな」
「うん」
「俺は先に戻ってるからな」
「うん」
さっきと逆だね、と言った綱吉の言葉の意味がわからなくて、数秒考え込んでから漸く行き着いた。
通常電脳にオンラインした時のことを言っているのか。
まああの時はXANXUSがこの戦争の作戦の関係があって少しあとから戻ったのだが。
「甘いの食べたい」
「わかった」
うん、と頷いた綱吉をゆっくりと下ろす。
救急処置場であるそこに彼を送り込んでから、XANXUSは踵を返した。
目を開けると、隣に彼がいた。
固く閉じた目はもうしばらくしなければ開かないだろう。
「……綱吉」
柔らかい髪の毛をかき上げて、顔を露にする。
彼の腰に回していたもう片方の腕に力を入れて、引き寄せた。
「綱吉」
着ているシャツの襟元を緩めて、肩をはだけた。
レヴィの指が食い込んでいたその場所を、ゆっくりなぞる。
数度なぞった後で、労わるように触れるだけのキスをした。
シャツのボタンを元の通りにしてから、XANXUSはソファーから立ち上がる。
少し揺れたけれども、綱吉は目を覚ましたりなどはしない。
顎に指をかけて持ち上げて、体をかがめて――
「ま、明日からは同じベッドだしな。こいつはお預けにしておくか」
肩をすくめて、キッチンへ向かう。
今朝作っておいたベイクドチーズケーキを切り分けて、彼のために甘い甘いホットミルクを作っておこう。
***
……アハハハハ。
悩んだ挙句こんな登場の仕方ですヒバリさん。
とレヴィ。