<ターニングポイント(後)>
家具屋は途方もなく広かった。
電脳だから可能な技なのだろうが……地平線がかすんでる?
「綱吉、こっちだ」
ガイドシステムが作動しているので、迷うことだけはないのが救いか。
だだっ広いそこは、あまりにもたくさんの家具が陳列されていて思わず眩暈を感じた。
「凄いな」
「ね、広いね!」
「これだけの数の家具を電脳化してるのが凄いだろうが」
……それもそうだった。
家具は当然オフラインで使うものだ。
でもその性能を理解できるようにオンラインに質感・手触り・色、エトセトラを入力しなくてはいけない。
「あ、ベッドだー」
順路の途中にあった大きなベッドに思わず綱吉は飛び込んだ。
見かけ通りのしっかりしたスプリングが体を支える。
「ううーきもちいいー」
両手を思いっきり伸ばしてもぜんぜん余裕のある大きなベッドにごろっとして、綱吉はぱんぱんと枕を叩く。
「枕も気持ちいー」
しっかりと押した形に沈む。綱吉の好みはもう少し柔らかめだが、ものめずらしくて何度か押した。
横たわったまま見上げると丁度XANXUSがいる。
「気に入ったか」
尋ねられて綱吉は頷いた。
「気持ちいーし、おっきーの最高!」
たぶんキングとかクイーンとかいうサイズなのだろう。
ご機嫌にごろごろしていると、XANXUSが近くにあったパネルを触る。
「はい、なんでしょう」
すぐに販売員が飛んできた。
何をするのだろうと思っていると、XANXUSはくいっと綱吉をさしていう。
「あのベッドをもらう」
「はい、かしこまりました。フレームとマットはセットでございますが、他はどういたしますか?」
「おい」
いきなり呼ばれる。
XANXUSが言ったことに目を白黒させていた綱吉は、漸くそれで我に返った。
「え、な、なに!? 買うのこれ!」
「気に入ったんだろうが」
「いや、別にほしいとは……」
もごもご口の中で呟いている間に、XANXUSが販売員に何か言う。
「ではこちらです」
ぱっと目の前に何種類もの布が現れた。
何の話をしているんだ。
「好きなのを選べ」
「え、ええーっと……」
どれも妙な光沢があって、綱吉は躊躇した。
いや、今XANXUSの家で綱吉が寝ているのは大人しくシングルの綿のシーツにベッドカバ−なんだけど。
そういえばXANXUSの寝室に入ったことがない。
「ねえ……これ、もしかして」
「最高級のシルクでございます」
販売員が先に教えてくれた。
綱吉は溜息をつく。
「いや……絹とか」
そんな高級品、と言いかけたが思わず目がベッドの価格を捕らえてしまった。
「げ」
……そんな値段だったらダイブしなかったよ。
なんかケタおかしくないですか? 一つ……いや二つ間違えているような。
「ざ、XANXUSいいよ! 高いよ!」
「はあ? そうでもないだろこんなもんだ」
「嘘だ!」
「じゃあ黒で」
「黒ぉ!?」
やめてシーツにそんな色。
思わず拒絶反応をした。自分の中のどこかがそれは許せない。
「なら何がいいんだ」
「普通白だろ!」
「だそうだ」
販売員は笑いながら、ではそれで、と注文を続ける。
しまった、買うこと自体を止めるべきだった。
後悔した時はすでに遅し。
「カバーはいかがなさいますか」
「黒と赤どっちがいい?」
「二択かよ!」
前のめって突っ込む。
黒と赤って。もっと緑とか青とかないのかベッドだぞ?
「赤」
「かしこまりました」
綱吉の意見を聞かないままXANXUSがぽんぽん注文を続けていく。
「ベッドスプレッドはいかがなさいますか」
「何がある」
「このワイン色などいかがでしょう」
「それで」
かしこまりました、と頭を下げて販売員は手にした電卓(何で持ってる)に数字を打ち込んでXANXUSに見せる。
「枕カバーはサービスさせていただきます」
それを見て、XANXUSは頷いた。
ああ、絶対それ頷いてイイ額じゃない。
「一括だ」
「かしこまりました。カード認証をお願いします。あちらのカウンターまでお越しいただけますか」
XANXUSはちらっと視線を綱吉へ向ける。
「まってろ」
「はーい……」
たぶん、もう何を言ってもベッドの購入は決定なんだろう。
綱吉は頷いた。駄々をこねても意味がない。
まあどうせXANXUSの金だし。
XANXUSの部屋に置くのだろうし……
……ん? だよな? でもそうすると「お前が気に入ったからだろうが」というXANXUSの言葉の意味がわからない。
もしかしてコレは綱吉の部屋に? けどこんなデカいベッドを入れたらそれだけで……いや十分広い部屋だけど。
「クフフ、昼寝ですか? 沢田綱吉」
「!?」
思わず跳ね起きた。
目の前には――男。
たぶん年は綱吉より少し上。
「だ……誰!?」
「その顔、よく似ていますね? さすがと言うところでしょうか」
「だ、誰と?」
素で返すと、男はクフフとまた笑った。
なんだかとても――変態臭い。
まさか日中堂々と変態にお会いするとは。
逃げれるように肘に力を入れる。
XANXUSのいるところまで全力で走ればたぶん大丈夫。
「ボンゴレ総帥とですよ」
ボンゴレ――総帥。
それは。
(な、なんだこの人!!)
違う、そうじゃない、気がついた。
そんなことじゃない、だって綱吉は今女の子に見えているはずなんだ。
それを見て「顔が似ている」だなんていえるはずがない。
ここへ歩きながらXANXUSが説明してくれたが、声や互いの呼び名(綱吉にも偽名がある。教えてはくれなかった)もきちんと修正されて周囲に聞こえるようになっているらしい。
じゃあ――どうして!?
「クフ、気がつきましたか?」
「な……なんで……」
「クハハ、僕は少々物知りでしてね。君の護衛のあの物騒な男のことも知っていますよ――XANXUS、でしょう?」
「!」
にこりと男は笑った。
顔が整っているがゆえに――その笑みは綱吉の背筋を寒くさせる。
「お、お前は誰だ!」
「僕ですか?」
男は笑う。
「六道骸といいます。またお目にかかりましょう――Arrivederci」
そういうと、すうっと男の姿は消えた。
そしてそこに何もなかったみたいに。
「……」
もちろんここは電脳だ、それは可能ではある。
でも――彼は言い当てた、綱吉の正体を。
「どうした?」
背後から声をかけられて、綱吉は振り返る。
販売員と一緒にXANXUSが戻ってきていた。
「XANXUS」
あの男のことを話すべきか迷う。
綱吉を知っていた、XANXUSも知っていた。
ジョットのことも、知っていた。
もしも、綱吉が狙われているのなら、彼は――
「どうした……綱吉」
XANXUSがベッドに座って手を伸ばしてくる。
そっと髪に触れられて、綱吉はこみ上げてくる何かを噛み締めた。
「XANXUS……」
頬を掠めた手を握る。
怖かった。
「……なにか、あったか?」
「うん」
頷くと、引き寄せられた。
頭を撫でられながら、XANXUSの腕に抱きしめられていることに気がつく。
「言えるか」
「あ――うん、でも、おなかすいた」
「……棚は」
「今日じゃなくてもいい」
本当は空腹になっただけじゃない。
なんだか無性に――
「パイナップルが食べたい」
「はあ?」
「パイナップル。できればガシガシ切ってるところ」
「……」
黙ったXANXUSの前で、綱吉はうんうんと頷いた。
そうだ。あのヘタをざっくり落とされている瞬間が見たらたぶん気分はマシになる。
パイナップル解体劇場はなかった。
不満だったがXANXUSがパイナップルケーキを買ってくれたので少し気分が浮上した。
かぶりつくケーキは美味しい。
「うん、美味しい」
「なかなか腕がいいな」
XANXUSもチョコレートケーキを食べている。
電脳での食べ物は全てプログラムだ。
食感、味、その他もろもろ。
それを上手く一つにし開発して売るというのはなかなか大変なのだ。
「本物も買えるがどうする?」
「ううん、いいや」
桃饅頭を作ってもらう約束だし、と心の中でつぶやく。
忘れてないか心配だったが、今までそんなことはなかったのでたぶん大丈夫だろう。
「ねえ、XANXUS」
「なんだ」
「ううん、なんでもない」
「……なんだそれは」
疲れたような顔をされたけど綱吉は満足した。
呼びかければこちらを向いてくれる、それがわかるのがどうしてこんなに心地いいのだろう。
「XANXUS」
「……」
「XANXUS」
もう一度呼んで綱吉は笑う。
XANXUSはフォークを置いて右手を伸ばした。
「ん」
がさがさと頭を撫でられる。
「えへへ」
「なに笑ってんだ」
「うーん、何でかなあ」
腹の底がそわそわする。
今綱吉はかなりワクワクしている、たぶん。
「ねえ、XANXUS」
「ああ?」
「名前呼んで?」
「…………本当にどうした」
眉を上げて尋ねられたが、綱吉は口を尖らせてねだった。
「ねえ、呼んでよ」
「……綱吉」
「うん。も一回」
「綱吉……頭が悪いなら病院に連れてくぞ」
なんだかかなり失礼なことを言われている。
本来ならここで怒鳴るべきなんだろうけどそんな気分にはならなかった。
綱吉は今気分がいいのだ。とても。
名前を呼ぶとくすぐったい。
名前を呼ばれてもくすぐったい。
「えへ」
「…………いや、なんでもないならいいんだが」
不思議そうな目で見られたけど、いいものはいいから別にいいのだ。
なんだかこんがらがってきた思考回路を整理するために、少し前のことを思い出す。
「そういえばヘンな人に会った」
「家具売り場でか?」
「うん。六道骸って名乗って、年は俺より少し上ぐらいの――」
さあっとXANXUSの顔色が変わると、向かい合っていた席を立ち上がって綱吉の隣に腰をおろす。
ぴったりとくっついた体に思わず頬を染めていると、顔までぐいと近づけられた。
「おい、もう一回言え」
「え、だ、だから」
「六道骸に会ったのか」
「う、うん」
「へんな笑い方をする黒髪の男か?」
「うん、そう」
急に変わったXANXUSの態度に綱吉は驚いた。
知っている? 六道骸を?
「六道骸は、国籍性別年齢全て不詳の情報屋だ」
「情報屋……?」
「普段は戦争電脳のスラムに住んでるいるんだが、一般電脳にまで踏み込むとはな……」
険しい顔を一瞬したXANXUSは、少しそれを緩めて綱吉を見下ろして頭をなでる。
「心配するな。お前は守ってやる」
「危険、なの?」
小さな声で聞いても、大丈夫だとしか言わない。
もう一度尋ねる。だけど大丈夫だと。
「XANXUS」
男の襟元を掴んで引っ張る。
「守ってもらうばかりじゃイヤだ」
「……しかし」
「言って。オレ、大丈夫だから」
確かに数時間前はみっともなく泣いた。だけどそれとこれとは別だ。
大丈夫、ちゃんと受け止められる。
受け止めてみせる。もうあんな姿は見せない。
「あれは……誰彼構わず情報を売り飛ばす。お前のことも、もしかすると」
「大丈夫」
頷くと、XANXUSの両腕が肩に回る。
人目につく、と言おうと思ったけどそういえば今綱吉は女の子に見えているはずだから。
だったらいいか、と思って、自分から相手の体に腕を回した。
「綱吉」
「うん」
XANXUSが顔を綱吉の髪に埋める。
少し頭を上げるとものすごく近くにXANXUSの顔が見えて。
「……っ」
XANXUSがすっと体を離す。
抱き合う状態だったのが一気に離れて、綱吉は少しだけ胸をなでおろして――少しだけさびしかった。
そのままXANXUSは立ち上がる。
座ったままの綱吉の頭を撫でた。
「そろそろ帰るぞ……時間だ」
「うん」
うなづいて立ち上がって外に出ても、XANXUSは手を差し伸べてくれない。
寂しくてかなしくて、慌てて追いつくと自分からぎゅうと握った。
「……」
振り返ったXANXUSを見上げて微笑む。
「迷ったら困るだろ」
「……まあな」
離される事はなくて、嬉しい。
けれども、帰路はそろって言葉少なになった。
一歩一歩歩きながら、綱吉は片手の温かさを握り締める。
(……さっき、キス、したいっておもった……)
息が感じ取れる距離にXANXUSがいて、頬が互いに触れるほどに近くて。
思わずキスしたくなった。唇にも頬にも他にも。
(嘘……だって、XANXUS男じゃん)
頭を抱えたくなる。
XANXUSは男で、綱吉よりずっとガタイがよくって、年も十も上だ。
しっかりしろ自分、クラスメイトの京子ちゃんが可愛いなーとかつい最近まで思ってたじゃないか。
自分はホモではないはずなのに。
でも、XANXUSの手が離せない。
「……XANXUS」
名前を呼ぶ。気がつかれるほど大きかったつもりはなかったけど、振り向かれた。
「どうした」
「ううん……」
XANXUSが足を止めて、綱吉を見下ろした。
「お前さっきからおかしいだろうが」
「なんでもない」
「心配するんじゃねえ。今日の相手は楽勝だ」
今から行く「戦争」のことでナイーブになっていると思われたらしい。
そう思ってるならそれでもいいと思う。
むしろそう思っていて欲しい。
「うん、ちょっと。大丈夫、ちゃんと戦う」
「だといいがな」
「大丈夫だよ!」
XANXUSはきっと、綱吉なんて相手だとも思ってないだろう。
大人だし、背も高いし、たぶん金持ちだし、料理も上手いし、気も効くし。
むやみとえらそうだけど顔もいいし。きっとモテる。
それに綱吉は一日の四分の一はオンラインで修行をしているのだ。XANXUSが誰かとその間に会っていたって気がつかない。
そうだ、誰かを抱きしめていたって、キスしていたって、わからない。
わからないし――尋ねる権利もない。
「……っ」
胸が痛む。涙が出そうになった。
「おい」
「うん……へいき、だいじょうぶ」
慌てて顔を伏せる、手を握る。
けれどごまかしきれなくて、XANXUSの指が顎にかかって上に持ち上げられた。
「何で……泣いてる」
「え、な、なんでだろ」
ごまかさなきゃ。知られたら困るんだ。
こんなにドキドキしていることも、本当はそのまま頬を触って引き寄せて欲しいことも。
さっきみたいに抱きしめて欲しいことも、手なんかじゃ足りないってことも。
「ざ、XANXUS」
「なんだ」
今はこれしか言えない、これだけ。
「オレ、頑張るからね」
「期待してねーよ」
笑われて、綱吉は小さく笑った。
それでもいいんだ、それでも。
いくつか確かめることがあるから先に戻っていろ、とXANXUSに言われたのでとっととオフラインになって、目を開けた。
暖かい、そう思って体に毛布がかけられていることに気がつく。
けれどもっとなにか――
「あ……」
隣にXANXUSが座っている。
座って、片腕を綱吉に回している。
何を考えてそうしたのか綱吉にはわからなかったけれど、抱きしめてくれていたことが嬉しくて、嬉しくて。
目を閉じて眠っているようなXANXUSの顔に自分の顔を近づけて。
「……オレね」
小さな声で、言う。
「XANXUSのこと……好きだよ、たぶん」
でも、言わない、迷惑になるだろうから言わないよ。
隣にいられるだけで十分だ。
「好きだよ……」
溜息をついて、顔を近づける。
答えのない唇に、そっとキスをした。
***
なんか綱吉君がひどいです。
前中後とあったのを前後にしたので長くなりました。
どうでもいいですがこれからしばらくお互い生殺しが続きます。